模擬訓練
翌日の朝。
ジンと合流したバートは、二人で早めの朝食をとっていた。
「安宿だからと期待してなかったが、中々いけるな」
ジンの前にはすでに何枚も皿が重ねられている。
今は通常の三倍ほどもあるステーキを相手に格闘しているようだった。
「流石はスカウトラインだ」
バートも巨大なハンバーガーにかぶりついている。
昨日ジャガーMkⅡのコックピットで夜を明かしたバートは、朝一番でジンに連絡して宿に押し掛けたのだった。
そこは路地に入ってすこしの場所にある小さな宿だったが、一階の食堂で出される食事は確かに舌鼓を打つに値する出来だった。
なんやかんやと小一時間続いた朝食が終わると、バートはコーヒーを頼んでから話し始めた。
「とにかく、そういうわけで今日の夜は俺は忙しい。歓楽街だか何だか知らんが、お前一人で行ってくれ」
「それは構わないが……」
答えるジンの言葉は歯切れが悪い。
「その、お前が昨日見たって娘、大丈夫なのか?」
「さっき言っただろ、全くの無傷だったって」
「そうじゃない。BAに轢かれて無傷って、それホントに人間なのかって話だ」
ジンはこの時、正直なところバートの話を信じていなかった。
離陸のために加速したBAは、地表での戦闘に用いられる軽戦車程度なら、元から何もなかったかのように吹き飛ばすほどの運動エネルギーを持っている。
それを受けて人間が無傷など、いや、人間でなかったとしたところで、人間大の物体ではどちらにしろ消し飛ばされるのがオチだ。
不合格のショックで不安定になったバートの妄想だろうというのが、ジンの結論だった。
「いや、実際無傷だったんだよ。この目で見たんだ。俺だってそんなことあるわけないと思ってるが、それで事実が否定されるわけじゃない」
妄想だとは思っていたが、バートを不合格にするため細工をした身としては、付き合わないわけにはいかない。
「分かったよ。なら今夜は別行動でいい」
結局ジンはそう言って、少しぬるくなったコーヒーを飲んだ。
「なぁ、昼間は暇なんだろ」
宿を出て、通りを行きながらジンが訊ねた。
スカウトライン本社は、スカウトライン社が事務拠点及び軍事基地として整備した、月ほどの大きさを持つ惑星である。
いかにスカウトライン社が大企業だからといって、業務用施設だけで星が埋まるはずもない。
土地のほとんどは、社員やその家族、社員でなくとも業務に関わりのある者――顧客や商人など――の住居や宿泊施設、娯楽施設に使われていた。
二人が今いるのも、そういったエリアだった。
「どこか行きたい場所でもあるのか?」
「ちょっとな」
そう言って地下への階段を下ると、地殻軌道シャトルに乗り込む。
厚い金属壁を閉じ、何本かある軌道の一つへ進めて、システムにエネルギーを通した。
少しづつシャトルが加速していく。
メーターが時速五千キロメートルをさしたところでシステムを閉じ加速を止めると、シャトルは速度を保ったまま一直線の軌道をどこまでも進んでいく。
それを確認してから、ジンは操作盤を離れバートに向き直る。
「最近、やってないだろ?」
手で銃の形を作り、にっと笑いながら言う。
バートは一瞬あっけにとられた後、
「……負けた方が相手に三ツ星料理をおごりだ」
同じように笑いながら答えた。
十数分後、シャトルがたどり着いたのは模擬訓練場だった。
ここは社員以外にも開放されているようで、まだ十五歳ほどに見える少年たちが楽し気に話しながら受付に向かっているのが見える。
そんな空間を凍り付かせるほどの集中と気配を放ちながら、バートとジンはハンガーへ向かう。
「実弾使用で、相手のコア出力が三十パーに落ちるまで続ける」
「あくまで地上戦、背面ブースターは使用禁止だ」
お互いに条件を確認しあうと、レンタル用の旧式機体に乗り込む。
シャトルの中のような軽い雰囲気はなくなり、どちらの顔からも表情は消えていた。
ハンガーの目の前に広がるアスファルトの大地で、三百メートルほどの距離をとって二機は向かい合う。
周りには模擬弾で戦っている機体が何機もいたが、その音は既に二人に届いていなかった。
戦闘システムを起動し、コア出力を高めていく。
機体の隅々にまで供給されるエネルギーが熱を持ち、機体が陽炎を立て始める。
それでも二人は動かず、どこまでも相手を待つ。
ギリギリまで溜まった熱にシステムが警告を立てる直前、ジンが動いた。
推進ブースターを一気に全開にし、吹き飛ばされたように機体が加速する。
旧式の減衝機構では殺しきれない衝撃がジンを襲うが、歯をくいしばったジンはそれでも口元をゆがめて笑みをつくった。
彼らパイロットにとって、この衝撃は戦闘の象徴であり、自らに眠る闘争本能を目覚めさせるトリガーなのだ。
二機の距離を一秒とかからずゼロにしたジンは、そのままの勢いで右手に装備した片手斧を振り上げる。
この機体に初期装備されている片手斧は、攻撃を防ぐ目的でも使えるよう、通常の倍以上の厚さを持っている。
その結果生まれた質量により、この斧はたとえ装甲に受け止められたとしても、相手に十分な衝撃を与えることができる。
そうして体勢を崩したバートを、一気に格闘で制圧するのがジンの作戦だった。
(作戦と呼ぶほどのものでもないがな。三百はBAにとって近すぎる間合い、相手の動きを見てから動くのでは遅すぎる! 先手をとって全開出力で一気に沈めるのがベストだ)
バートも反応して同じく片手斧を上げ始めているが、ジンの方が早い。
ダメ押しに腕部ブースターも起動し、この機体の出せる最高出力でもってバートの機体を袈裟に切りかかる。
そして斧が肩部装甲に触れた瞬間――
バゴォォォォォォ……!!
とてつもない真横からの衝撃に、ジンの全身が激しく揺らされる。
「何だ!」
怒鳴り、ノイズの混じったモニターで周囲を確認する。
バートの機体が、いつの間にか数十メートル離れている。
「いや、俺の機体が離れている……のか」
ジンは、右半身の消し飛んだ自分の機体に気づき一瞬で状況を理解した。
どうやったのかは分らないが、あの瞬間、自分の斧を回避したバートは、攻撃が空ぶりして体勢を崩した自分の機体を、オーバーシュートした左腕装備のライフルで打ち抜いたのだろう。
幸いコアは無傷だったが、半分なくなった機体からは急速にエネルギーが漏れ出し、すでにコア出力は二十パーセントを切っていた。
「降参だ。俺の負けだよ」
通信機能でバートの機体へ伝える。
昼はおごらなくちゃな……
そう覚悟したジンだったが、
「いや、俺の機体もダメだ。この勝負は引き分けだな」
帰ってきた通信は意外にもそんなことを言っていた。
よく見ると、バートの機体は両腕がはじけ飛んだ、ジンに劣らない壊れっぷりだった。
「いい加減教えろよ。さっきのはなんだったんだ?」
十分後。
人目を惹きすぎた(そしてレンタルの機体を大破させてしまった)二人は、慌ててシャトルに乗って宿へ帰っているところだった。
先ほどからジンはバートに詰め寄っているが、もったいぶったバートは中々口を開かない。
「こうゆうのは自分で考えるから意味があるんだろ?」
そう言って焦らすが、ジンが食い下がり続けると、段々と自分も言いたくなってきたようで、
「ならヒントだ。どうして俺の左腕が壊れてたのかはわかるな」
と、結局話す気になったようだった。
「ああ。ライフルをオーバーシュートしたからだろ?」
「そうだ。正直あの機体じゃ、短期決戦でいかないといつまでも勝負がつかなそうだったからな」
「一発で機体半分持ってかれたし、それはすぐに分かった。だけど、あの時お前は俺に切られる直前だった。俺の正面にいたんだ。それがいつの間にかお前は俺の右にいて、俺を撃った」
ジンは納得がいかないというように言葉を返す。
バートはここで敢えて少し間をおいてから、ジンに尋ねた。
「なぁ、なんで俺の右腕は壊れてた?」
「何でってそりゃあ俺が斧で。……いや違うな。お前まさか!」
「そう、右腕をオバーシュートしたのさ」
オーバーシュートとはBA操縦における技術の一つで、パーツに限界を遥かに超えた高エネルギーを意図的に加えることで、通常の数倍もの瞬間的な出力発揮を行うことを指す。
パーツがエネルギーに耐え切れず爆発四散しその後の作戦能力が大きく低下することから、一般には悪手にしかなりえないが、本来持持っている以上の性能を機械に発揮させることができると、第一次宇宙戦争時には盛んに行われていた。
しかし現在の機体では動力回路が最適化されたことでそもそも限界を超えたエネルギーを流すことができなくなっており、なかば失われた技術である。
「右腕を爆発させてその衝撃で俺の攻撃を躱したのか」
「機体本体をオーバーシュートすると武器でやるのの何倍も爆発するからな」
「そしてそのままライフルもオーバーシュートした、と」
「レンタル品が旧世代機で助かったぜ」
そう言ってハハハッと笑うと、バートは満足したようにどっかりと椅子に腰を下ろす。
「全く、やっぱりお前には敵わない」
ジンも反対の椅子に座ると、小さく笑みを浮かべた。
バートがその笑みを見て、小声でつぶやく。
「……お前もしかして、俺に元気出させるために誘った?」
「なに言ってんだよ、俺がそんなキモい理由で動くわけないだろ」
意図して、ジンは馬鹿にするように言う。
「……そうだよな、お前はそうゆう奴だ」
「ああ、そうゆう奴だ」
「ありがとな」
「はっ? だから違うっての」
「そうだな」
「そうだ」
「ありがとう」
「……もういい」
ジンは呆れたようにバートに背を向けたが、その顔に先ほどより大きな笑みがあることに、バートは気づいていた。
二人を乗せたシャトルの終点は、もうすぐそこだった。
お読みいただきありがとうございます。
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本文で拾えなかった用語紹介です
地殻軌道シャトル
「星は球であるから、長距離を移動するのに地表を進んでは遠回りである」
という昔の偉い人の発言により第一次宇宙戦争末期に開発された星内長距離移動手段。
二点を地殻をぶち抜いて直線で繋いだ軌道に、摩擦を極限まで抑えたシャトルを通すことで圧倒的な巡行速度を実現した。
しかし施工に高度な技術と大量の資金が必要なため、全ての星に普及しているかというとそうでもない。
もちろん(東京みたいに)軌道が何十本も通っている星も存在する。




