出会い
ジャガーMkⅡ。
第二次宇宙戦争末期に登場した人型高機動格闘機ジャガーを改良し、中距離対応能力を向上させたBAである。
瞬間出力に特化した機体構成がなされており、近距離での機動戦や中距離での広範囲攻撃に高い適正がある。
第五世代恒星コアにより生み出されるエネルギーは、戦闘時には機体を高温にし陽炎だたせる。
各国各企業の強襲部隊に隊長機として採用される、掛け値なしの高性能機体だ。
バートも所有し、パイロットとしての人生の半分を共に過ごしていた。
深夜。雨の滑走路。
今まさに飛び立とうと加速されたジャガーMkⅡの前に、少女が飛び出す。
周囲に注意を払っていなかったバートは、気づくのに遅れ回避が間に合わない。
しかし仮にバートが万全の状態でも、回避は難しかっただろう。
それほどまでに、少女が現れたのは唐突だった。
一瞬の後、少女がいる場所に機体は到達し、格闘機たるその性能でもって、彼女にぶつかる。
圧倒的な質量差によって一方的に相手を消滅させたジャガーMkⅡは、減衝機構によりコックピットに僅かの衝撃も伝えなかった。
「なっ……!」
突然の出来事にあっけにとられるバート。
しかしすでに滑走路の終わりが目前に迫っていたため、ひとまず機体を離陸させる。
すぐさま旋回し、大きく減速しながら元の滑走路へ再び着陸。
完全には速度を殺していない荒っぽい着陸だったが、スカウトライン本社の基幹施設である離発着場は少しも傷つくことなく機体を受け止める。
そんなことは気にも留めず、バートは先ほど少女がいた場所に駆け寄った。
凄惨な光景を覚悟したバートが目にしたのは、しかし何事もなかったかのように立つあの少女だった……
髪の長い少女だった。
百六十に届くかどうかといった身体の、腰元まで伸びている。
暗がりでよく分からないが、白、それもかなり透明に近い白だ。髪も、肌も。
薄い布一枚に包まれただけの彼女は、今にも空気に溶けそうなほどの儚さと美しさを併せ持っていた。
「「……」」
お互い無言で見つめあう。
色に乏しい彼女の身体で、その大きな青い瞳だけが闇夜によく見えた。
しばらくそのまま雨の音だけが世界に響く。
異常な状況に混乱していた頭がようやく多少の冷静さを取り戻したバートは、ともかく謝罪をと口を開く。
「さっきは」
しかし口をでかけた言葉は、喉の奥に飲み込まれることになった。
「私は気にしていないから、貴方もそうして。貴方は何事もなくこの星を去った。それでいい」
少女が遮るように言い、背を向けて歩き始めたからだ。
それが余りにそっけなく無感情な言葉だったことに、バートはまた混乱の波に溺れる。
自分は先ほどこの少女をひき殺したのではなかったのか?
あの出来事は一瞬のことだったから、彼女が吹き飛ばされるのをハッキリ確認できたわけではない。
そもそも広大な宇宙空間での戦闘のため製造されたBAにとって、数百メートルの加速行動など一秒とかからない作業である。
人が飛び出してきたことに気づいたとして、次の瞬間には通り過ぎているのだ。
しかしそれは、飛び出した人間に回避の余裕がないことも意味する。
確認できなくとも、少女にぶつかったことは確実だ。
それが少女は無傷で、しかも「気にしていない」とは、一体どうなっているのか。
バートは自分の疑問に全く答えを出せなかったが、少女がもうかなり離れたところまで進んでいるのに気づき、慌てて追いかけ始める。
今彼女を見失うわけにはいかない……
少女は離発着場から出るつもりのようで、バートがここに来た道を逆に進んでいく。
幸い彼女は歩いていたので、走ればすぐに追いつくことができた。
「なに?」
先ほどと変わらない、感情を感じさせない声の少女。
その顔にはなんの表情も浮かんでおらず、無機質にあの青い瞳で見つめてくる。
身体も年齢も一回り以上小さいにも関わらず、バートは自分が彼女に気圧されているのを感じた。
「いや、なんだ、その……。さっきは、悪かった」
そう言って頭を下げる。
「別にいい」
少女はまた歩きだそうとするが、バートは彼女の正面に回り込んで続けた。
「そういう訳にはいかない。何故かきみは無事だが、本当なら俺は殺人者だ。何か、償いをしなくちゃいけない」
「償い……?」
少女の顔に、ほんの少しの疑問の色が浮かんだ。
今までなんの感情も見せなかった少女から、ようやく人間らしい反応があったことに内心安堵しながら、
「そうだ、償いだ。俺はきみの命を奪いかけてしまった。だから、俺は命を懸けてきみに償う。償わせてくれ、頼む」
と必死に言葉を並べた。
半分は本心だったが、残り半分はこの不思議な少女のことをもっと知りたいという好奇心だった。
試験に落ちたあとで、多少の自棄も入っていたが。
とにかく、ここでまた彼女から背中を向けられるような展開を避けたかった。
少女はしばらく無言だったが、少し迷うように視線を動かしたあと、再びバートを見つめて
「分かった。償い、させてあげる」
と言った。
「本当か! ありがとう」
バートは自分でも不思議な達成感を感じながら、彼女に笑顔を向けた。
「でも今日はだめ。明日の夜、ここにきて」
「ああ、わかった」
少女は先ほどと同じようにバートに背を向ける。
少しずつ遠ざかっていく少女を眺めた。
傍からから見れば一度目と同じ状況だが、バートの心情は大きく違った。
(なんせ約束したんだ。明日どんな償いをさせられるとしても、構うものか)
一時間前までは今すぐに離れたいと思っていたスカウトライン本社で、まさか明日が楽しみになるとは。
そんな感慨に浸りながら、バートは頭を掻いた。
ふと、彼女の名前を聞きそびれたことに気づく。
「まあ、明日でいいか」
そんな風に呟くと、雨を逃れるため機体へ駆け戻る。
その足取りは、先ほどより、随分軽く感じられた。
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