採用試験
(61) A.D.2231に計画されA.D.2239に実際に行われた、太陽からの直接のエネルギー獲得を目指した国際プロジェクトの名称を答えよ
(62) (61)の失敗により失速した国家連盟に代わり台頭した民間宇宙開発企業を総称してなんと呼ぶか答えよ
(63) A.D.2242に建設が開始され、現在も改修、拡張が続けられて……
途中で問題文を目で追うのを止める。
全部で百問あるこのテストのまだ後半に入ったばかりだが、バートはペンを置いた。
問題用紙を畳んで隅に移動させ、代わりに回答用紙を大きく広げる。
つい先ほどまで書き込んでいたそれは、(60)まではびっしりと文字が埋められていた。
そこに間違いが無いことを確認すると、問題用紙と同じように畳んで移動させスペースを作る。
そうやってできたスペースに腕を置く。
その上に頭をのせれば、準備完了。
あとは夢の中でフルコース料理でも食べていればいい。
(そういえば現実で最後にフルコースを食べたのはいつだっただろうか)
と、テストのことなど忘れて過去を振り返ったバートは、答えを出す前に眠りに落ちた。
テストの残り時間を示す時計の針は、まだ五分の一も回っていない。
他の受験者の字を書く音だけがする部屋のなかで、バートは結局、針が一周するまで起きることはなかった。
「いつまで寝てるつもりだ」
ジンが机に突っ伏したバートの頭を軽くたたきながら声をかけた。
「……」
ぞれで目を覚ましたバートは、すぐに顔を上げようとして止めた。
「もちろん、かわいい女の子が起こしてくれるまでだ」
突っ伏したままで言う。
「つまり一生ここで寝てるってことか?」
「お前みたいなブサイクに起こされると寝ざめが悪いってことだよ」
そう言って立ち上がる。
目の前には自分より幾分、いやかなり整ったジンの顔が。
バートは自分の容姿がどちらかといえば良い部類にあると思っているが、二人でいると女性の視線を集めるのはいつもジンで、バートではない。
気さくで腕のいいこの友人をバートは気に入っているが、その一点においてだけは、一生分かり合えないだろうと思っていた。
単にバートの器が小さいだけなのだが。
「へいへい、かわいくなくて悪いな。俺はかっこよさを極めてるからさ、それで勘弁してくれ」
ジンはバートをいなすと
「もう結果がでる時間だ。行こうぜ」
とドアに向かって歩き始める。
テスト中に二十人ほどがいた部屋には、今はバートとジンしかいなかった。
時計をみると、確かに結果発表の五分前。
わざわざこの時間まで起こさず寝かせてくれたのだろう。
テスト終了時に監督官から起こされなかったということは、提出もジンが済ませてくれたということだ。
何も言わずにここまでしてくれるジンにはもちろん感謝している。
「ただ、顔がな……」
バートは小声でつぶやき、小走りにジンを追いかけた。
スカウトライン社は、ここ第四星団圏における最大手傭兵派遣企業だ。
第四星団の傭兵の三分の一がスカウトラインに所属しているともいわれ、「全宇宙戦力評価システム」においても集団戦力ランクでAを獲得している、まさに一国に相当する戦力を保有する企業である。
そしてここはその本社であり、今日は社員採用試験日で、バート達は先ほど試験を受けた訳だが……
「ないな」
「あぁ、ない」
張り出された筆記試験合格者の表の中に、二人の名前はなかった。
「どうなってんだ……」
バートは呻きながら何度も表を見返す。
確かに六十問解いたはずだ。
事前に調べた限りでは過去五年間の合格ラインはすべて六十問。
問題の難易度は変わっていなかった、合格ラインが変わっているはずがない!
「どうなってやがる……」
再び呟くが、それで合格になる訳でもない。
多少の落ち着きを取り戻したバートは、ひとまずジンを連れてその場を離れた。
「いやぁ、参った参った」
苛立つバートとは対照的に、ジンは既に結果を受け入れているようだった。
明るい声で笑い、バートの肩を叩く。
「そう落ち込んだって仕方ない。ここは一つ、酒でも飲んで忘れようぜ」
「悪いけど、そんな気分じゃないんだ。今日は放っておいてくれ」
バートは普段より少し低い声で言い、早足に街の雑踏に消える。
焦ったようなその背中が見えなくなるまで、ジンはその場を動かなかった。
「お前の実力は俺がよく知ってるよ。俺なんかとは、比べものにならないってな。だからこそ、お前をあそこに入れるわけにはいかないんだ」
バートの回答を提出するとき、最後の一問の答えの答えを塗りつぶしたことを思い出しながらジンは呟く。
その声は喧噪に紛れ、誰の耳にも届かなかった。
その夜。
肌を打つ激しい雨の中、バートは一人、航空離発着場にいた。
少しでも早くこの星から離れるためだ。
スカウトライン本社は、巨大な建物ではない。
この星そのものがそれなのだ。
人類が宇宙世紀と呼ばれる時代に入り早百年が経つ。
その間人類の支配領域は拡大し続け、今や人の住む惑星は千を超えた。
大企業が星を丸ごと所有することは、決して珍しいことではない。
「この設備も、結局一度しか使えなかったな……」
最先端の技術と多額の資金によってなされた、広大な離発着場。
そこに置かれた愛機を眺めながら呟く。
所属の技師が整備してくれたのだろう、三十メートルを超す機体が新品同様に見えた。
しかし不合格となったバートには、ただ悔しさを感じさせる。
搭乗用に設けられた足場を無言で登る。
隣にはジンの機体が同じように整備されて停まっていた。
ここに来たときは自分の合格を疑っていなかったから、堂々と二人並べて機体を置いた。
しかし今は、もっと端の、誰の目にも止まらない場所にすればよかったと後悔している自分がいる。
雨が入るのも気にせず、ハッチを全開にした。
一本だけ残っていた使い捨てハーバーを取り出し指で挟む。
この貴重なハーバーという商品は、かつて多くの人類を虜にした「たばこ」なるものを再現しているらしい。
高価で日常的に使えるようなものではないが、バートは惜しむことなく火をつけた。
暗い雨雲の下、少しばかりの贅沢を済ませる。
燃え尽きて芯だけになったハーバーを放り棄て、コックピットに座、ろうとして、首を振って外に出る。
今の自分に、ここを少しでも汚す権利はない。
光に乏しい離発着場ではハーバーの芯を探すのは簡単ではなかったが、数分かけて見つけ出す。
ジャケットの胸ポケットにしまい、今度こそコックピットへ。
ハッチが閉まり、システムが起動する。
正面の大型モニターに周囲の空閨が映し出される。
すでに温まっているコアが機体を僅かに振動させ、背部からの排熱で機体から蒸気が立ち始めた。
この機体は僅か数百メートルの助走で、スカウトライン本社の重力を振り切るだけの速度に達するだろう。
最新の射出用カタパルトを体験したい気持ちもあったが、自機の性能だけで飛ぶことに決める。
滑走路へ移動し、コア出力を一気に高める。
「ジンには、悪いことしちまったな」
何も告げられず置いて行かれる友人のことを考えると、心が重くなる。
しかし、今の自分が一緒にいても結局ジンは辛いだけだと無理に気持ちを誤魔化し、更に出力レバーを押し込む。
コアが唸り、機体を宙へ放とうとする。
もう二度と、来ることもないだろう……
そんな感傷に浸っていたからか、或いは悪天のためか。
突然滑走路に現れた少女に、バートは反応できなかった。
しまったと思った瞬間には機体は少女の目前まで迫り。
圧倒的な速度と質量によって、彼女の肉体を消し飛ばした……
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