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秋はとこしえ  作者: 白九 葵
命のつむぎ
20/37

1

 晴れた空に響く街の喧騒と祝賀の音楽は、静まり返った聖堂内にも流れ込んできた。

 窓から注ぐ光は柱の間をくぐり、蝋燭の灯りと混じって、堂内を柔らかく浮かび上がらせている。

 うつむきがちに立っていたリヨンの耳に、広場からの賑わいは、弦楽器の奏でる旋律にのって音楽のように響いた。

 瞼を伏せるとその声はいつでも、あの日の興奮に姿を変える。



 乾いた風が舞い上げる土ぼこりの向こうに、馬の背に乗った人影を見た。遠く揺れるふたつの影はやがて、その帰還を待ちわびていた彼らのもとへと近づいてくる。

 盟友の無事をまずは安堵したが、彼の携える報せに気持ちは固く強ばった。

 馬を近づけるレウカスの表情をはっきりとらえても、リヨンにはまだグメリンの返答に見当がつかずにいた。

 視線が合ってようやく、その軽い興奮の色に気がつく。背の向こうの一同の沈黙に、リヨンは彼の腹心の発する一言を、皆ひとしく待ちわびていることに知らされた。

「受け取られました」

 落ち着いた声だったが、辺りの静けさに明瞭に響いた。

 一瞬の沈黙の後、背後に歓声があがるのを聞く。その報せをすぐに信じられずに次の言葉を待ったが、レウカスはそんな彼へ眼差しを返しただけだった。しかし、それが答えでもあった。グメリンは講和の申し入れを受け取ったのだ。

 背後から馬を近づけたアユインの声がかかった。

「やりましたな」

 肩越しを見やりながらリヨンは、体の底から喜びが湧いてくるのを感じていた。

 この日が来ることを信じて、辛抱強く作戦を練った。それは一人の努力ではなし得ないものであったことを、彼自身がよく分かっていた。

「皆の、知恵と尽力のおかげだ」

「あなたの意志の力でございます」

 言葉を返したアユインは、視線をまっすぐリヨンへと向ける。彼を時に厳しく戒めることもあったアユインのその言葉に、熱い思いが込み上げた。目をそらすと、遠く地平の彼方に浮ぶ、ダンブリの城影を眺め見た。

 風が凪いで地表の埃がおさまると、ダンブリ城は沈黙の中に佇む。その影に目を細めながら、高揚を雑念の中に紛らわせた。



 司祭の読誦が途絶えて、リヨンは顔を上げていた。

 背後の少年から後ろ手で儀杖の剣を受け取った司祭は、片膝をついて身を屈めていた王太子へと、恭しく右腕を差し伸ばした。頭を深く垂れると、若い勇者は剣を受け取る。晩冬の柔らかな陽射しが、しんと張りつめた空気をほぐすように、柱の向こうから注ぎ込んだ。

 司祭が片手を差し向けた先で、近衛隊が整列を揃えた。それを合図に、父王ペタロを初め、皇太子妃とその父兄が露台に歩み寄る。遅れてリヨンも彼らの後を追った。

 王とその姻戚が柱の向こうに立ったとき、広場に集まっていた民衆の声が、空にこだまするように響いて届いた。

 人々の歓声に誘われるように、リヨンは足の先を露台へと向けた。

 熱気あふれる声は、断崖の上で眺めたグメリンの城影を思い起こさせる。あの時も彼の仲間たちの喜びの声に包まれて、その影に目を凝らしたのだった。

 約束は果たしたのだ。その思いが胸に込み上げた。幼馴染の少女を前にして誓った言葉であった。

——いつか必ず終わらせる。

 そのとき見返した彼女の、不安の混ざった不思議そうな眼差し。この報せを聞いて彼女は、約束が果たされたことに気付いてくれるだろうか。

 ひとつの季節が終わるのを感じていた。これから始まるのは、彼女のいない季節だ。

 建物の翳りから眩さの中に歩み出る。彼らを導く王の資質を若者の中に見いだした人々は、その勇姿にどっと歓声をあげた。

 眩い陽射しのもとで、父は手を広げて息子を迎える。その眼差しがもの言いたげであることにリヨンは気がついた。

 彼を迎えて両脇に立ったセウレウス家の面々は、いっそう厳しい視線を注いでいる。敵を欺くために婚礼を利用したことを、彼らはまだ許していなかった。

 戦争が予想よりも早く終結したことで、王への貸付けは頭打ちとなった。戦費の当てが外れたのは、まあよい。なにしろ今や娘は未来の王妃である。

 しかし、そうであっても彼らセウレウス家に一言の申し入れもなく、王太子は全くの独断でことを成し遂げたのであった。欺かれたのは敵ばかりではない。セウレウス家もまた、彼に嵌められたのだった。

 不機嫌な眼差しは不躾なほどに注がれた。彼は父王から目をそらすと、厳しく咎める視線を受け流して、広場の民衆へ向き直った。明るい冬の空の下に、人々のざわめきが広がっていく。

 長引く戦乱を終わらせ国に勝利をもたらせた英雄を、彼らは飽くことなく讃え続けた。

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