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秋はとこしえ  作者: 白九 葵
命のつむぎ
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2

 高地に向かうほど草原に岩場が混じった。馬を走りを緩めたリヨンに、ようやく追いついたレウカスが呼びかける。

「どこまで行かれるおつもりですか」

 背中に聞いた声に無言のままで、リヨンは馬を歩ませた。頬に切る風は冷たく乾いている。ほどなく足踏みに変えて、眼下に広がった光景を眺め入った。

 遥か向こうに白い峰が連なり、ふもとには鮮やかな秋の山が広がっている。

「昔この辺りまで歩いたことがある」

 その言葉に、レウカスが辺りをぐるりと見渡した。

「あそこからですか」

 答える代わりにリヨンは、遠くにかすむ屋敷の影に目を細めた。秋色の色彩に埋もれるように白壁が姿をのぞかせている。子供の足で歩んだ森の道を思い出して、自然と表情がほころんだ。

 ネフェリンがセウレウス家ゆかりの者の婚姻を断ったことを、帰還後しばらくしてから知った。

 受け入れたと聞いていたのは、今思えば、ごまかしであったかも知れない。シェネフ家は受け入れたが、彼女自身は時間をおいて拒否したのではないか。一時受け入れられたように伝えられたのは、彼に婚姻を決めさせるためだ。

 ネフェリンに婚姻の意思は初めからなかったのだ。しかしすぐに断ったと知れば、あのときリヨンの気持ちもどう傾いたか分からない。その結果をおそれたために、シェネフ家は婚姻を受け入れたふりをした。

 婚姻を断られた相手と同様に、彼もまた彼女の世界の外側に追いやられてしまったのだった。

 その推測は彼を寂しい思いにさせたが、一方で安堵もしていた。

 彼女の清廉さをどこかで願っていた。そう願える立場に自分がいないことも分かっていながら。

「なぜここへ?」

 尋ねられてレウカスへ視線を向けた。ゆるりと馬を歩かせながら答える。

「子供の頃の気分に浸りたくなるときもあるだろう」

 レウカスの返事はなかった。頬を切る冷たい風に顔をあげる。

 今さらながら、この友人の幼い日々が不遇であったことを思い出した。

 詳しく聞いたことはない。昔ぽつりと話してくれたことがあるだけだ。肉親の血でその手が赤く染まることを、繰り返し思い描いたと。故郷を離れていなければ、実際にそうしていただろうこと。

 リヨンは沈黙になって、目の前に広がる山の紅葉へと見入った。

 秋の野の空気を吸う。乾いた風が渡った。空っぽの身体に、鮮やかな色彩が沁み入るようだった。

「そろそろ戻りませんと、皆がご心配なさいます」

 レウカスの細い声も、山の静けさには澄んで響いた。

「そうだな」

 黄金の森へ向かって答えると、リヨンは馬の鼻先を来た道へと導いた。



 年の暮れの迫った、いちだんと寒さの厳しい日だった。

 国務会議の後、朱の外衣をまとった男が、隠し持った紙切れを議員の席にそっと置いた。わずかに遅れて、室内を整理していた若い男が、残された紙片を手に取る。折り畳んだ紙を開いて、しばし男はそこに留められた筆跡を眺めた。

 そこには五名ほどの議員の名が記されていた。どの名前も、セウレウス家と対立が噂されている人物のものであった。

「どうした」

 声をかけられて面をあげると、立派な髭をたくわえた議会長が立っている。

「忘れ物のようでして、」

 手渡した紙片を一目見た老議員は思わず眉を潜めるのだった。隣に立っていた別の議員の顔を見やって紙面を見せる。とたんに場の空気は重く不穏なのもに変わった。


 冬の陽射しが机上の手元を明るくさせた。エルデツァの審問官はあご髭をなぜながら、目の前の扉が開くのを待っていた。

 長い廊下の向こうから数人の足音がのろのろと近づく。部屋の前で物音が止まるのを待って、衛兵のひとりが扉を空けた。

 悪臭が室内に流れ込む。衛兵は渋い顔をうつむけたが、審問官の男は顔色ひとつ変えなかった。慣れたわけではなかったが、心構えはできている。

 引きずられるようにして室内に連れ込まれる男を、審問官は色のない眼差しで見つめた。

 両脇を抱えていた兵が、男の腕を肩から下ろすと、彼は膝をついて傷を負った半身をなんとか支えるのだった。

 審問官はしばらく男を眺めていたが、彼に言葉をふりしぼるだけの力が残されていないと悟って、重い口を開いた。

「まだ認める気になれんのかね」

 返事を待つ審問官の耳に、男のか細い呼吸が聞こえてくる。指で机上をトントンと叩いた後、審問官は続けて言った。

「ラブラド家は以前からセウレウス家と不仲であったな。そなたらがセウレウス家へ謀略をめぐらせていることは、皆知っている。はかりごとでは済まぬぞ。そなたの刃は、王室へ向けられていたも同然だからな」

 暗がりの中で男の肩が、呼吸で上下していた。口を割らない被告に、さしもの審問官も歯がゆさを感じはじめていた。

「そなたの席から見つかったあの紙片——あの五名が計画に関わった者だな」

 手元の記録帳へ視線を落とし、ふたたび男へと顔をあげる。

「告白をすれば、そなたの妻と子の命は救われるぞ」

 一息ついて、彼はうな垂れたままの男を見据えた。

「しかし、関わった者の名を認めなければ」

 審問官の手が空を水平に切った。

「一族みな、同罪と見なす」

 細い呼吸が何度か繰り替えされた後で、男の頭がわずかに動いた。

 審問官はその瞬間を見逃さなかった。ある葛藤が男の中に生まれている。間もなく彼は答えを出すだろう。

 沈黙をつくって審問官は待った。差し込む陽光に埃が舞う。隣に座った筆記官も、その空気に気がついてか記録帳から面をあげた。

 震える声が静けさに漏れる。

「そのような話をしたことはございます」

 審問官は隣の筆記官へさっと視線を向けた。その白い手が、男の言葉を書き留めるのを見る。

「しかし司祭さま……司祭さまのおっしゃることは真実ではありません!」

 男の張り上げた声に、反射的に審問官は手をあげて、筆記官の動きを制した。青白い顔の筆記官は、意図するところに気付いて、戸惑うように男と審問官を見比べるのだった。

「私はそのようなことはあってはならぬと話し、皆もそれで納得したのでございます!あの紙片はセウレウスの者が謀ったことです!」

「連れて行け!」

 審問官の声で、側に立っていた兵が駆け寄り、男の腕をつかまえる。引き起こされて立ち上がった男は、審問官を見る目を真っ直ぐに逸らさなかった。

 拷問の後に、どこにその力が残っていたのかと思わせる執念っぷりであった。

 男の言葉にならないわめきが扉の向こうに消えるのを待って、審問官は顎をしゃくると、組んだ手元へ目を落とした。

 よい、仕事は済んだ。必要な告白は、たった今引き出したのだから。



 日は垂れ込めた雲の向こうに翳り、埃のような雪がちらついている。憂鬱に歩く足を止めて、リヨンは柱越しに冬空を眺めた。

 宮殿前の広場と対になった小広場に、大勢の人が集まっている。彼らがとりまく向こうに絞首台の影があるのを、リヨンは目に留めた。

 セウレウス家に対する謀略を企てた罪で、ラブラド家の当主と関係者四名が刑に処されることになっていた。

 ラブラド家は無罪を主張しており、挙げられた証拠も、名前が書かれた紙切れ一枚だという。冤罪の噂も漏れ聞こえする中の執行だった。

 午後からちらちら舞い始めた雪は、陰惨な光景を慰めるように、静かに広場に降り続けている。

 やがて絞首台の向こうに人影が現れた。

 ざわつきが引いて広場に沈黙がおりるのが、回廊に立つリヨンにも分かった。

 罪状を読むため判事が壇上に上がるのをみて、リヨンは目を伏せていた。広場が次の変化を見せる前に、彼はその場を離れた。

 折しも父王が病床に倒れている。長く暗い影が、キリエス国にかぶさるのを、感じられずにはいられなかった。

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