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秋はとこしえ  作者: 白九 葵
グメリン包囲戦
19/37

6

 天窓から差し込む冬の光は、石床を薄ぼんやりと浮かび上がらせた。

 城内に残っていた将官たちは、すでに応接間へと顔を揃えている。逃亡したグメリン公の応接室を急ぎ整えて、兵たちを並ばせれば、辛うじて遜色ない装いとなった。

 中央におかれた天鵞絨張りの椅子の側に立って、マギネティスの心持ちも張りつめている。

 西の扉が開かれて、長身の影が姿を現した。

 革の胴衣に深紅の外套をかけて整えた身なりは、戦場にいてばかりの男にも風格を与えている。大股で室内に進みいると、ヘルシンは小振りな椅子にどっかりと腰を下ろした。

 物怖じのなさに呆気にとられたマギネティスに代わって、隣に立っていたカルボが、扉の側の守備兵へと合図を送る。二人の兵は互いに視線を交わらせてから、両開きの扉に手をかけた。

 差し込んだ光は床に長く伸びた。天井からの明るさと混じって、部屋の中央が眩さに白む。目を細めてマギネティスは、明るさの向こうの人影を眺めた。

 まだ若く小柄な青年は、その背後に背の高い従者を伴っている。

 キリエスの使者は数歩進み入って、右ひざをついて敬礼をした。口を開くものはいなかったが、場の空気が揺らぐのがマギネティスにも分かった。

 彼らの意図には予測がついていたが、それを確信させる振る舞いであった。

 マギネティスはそれとなくヘルシンへと視線を向けていた。公爵の椅子に座る彼に、表情の変化はない。キリエスの使者へ厳しいまなざしを向けるのみだった。

 立ち上がった使者の青年は、懐から筒状の書簡を取り出した。差し出された羊皮紙は、光を受けてひと際明るく見える。

 カルボが使者の青年の前へと進み出た。使者の手から書状を受け取ると、踵を返し、中央の椅子に座るヘルシンのもとへと足を向ける。

 無言のままヘルシンは、革紐を解いて書を広げた。文面へと目を落とす彼へと、自然と場の者の視線が集まった。

 先に一度、講和の申し入れを送ってきたキリエスだったが、条件があまりに不利なことから、ダンブリはこれを拒否した。再び城主の椅子に座った彼は、再び同様の判断を強いられている。窮地に追い込まれた現状で、その時どう決断をくだすのだろうか。

 マギネティスは固いつばを飲み込んでいた。辺りは水を打ったような静けさに沈んでいる。

 視線をあげるとヘルシンは、書状越しにキリエスの使者を眺め観た。じっと視線を注ぐその様子は、敵方の真意を推し量るようでもあった。

 苦い立場にあっても堂々としたヘルシンだったが、対峙するキリエスの青年も落ち着き払って、表情に思案を見せていない。

 沈黙の降りる中、心づもりを探って、しばし静かな睨み合いは続いた。

「そなたたちの司令官は、名を何と言う」

 沈黙を破って問いかけたのは、ヘルシンのほうだった。

 キリエスの使者がわずかに顔をあげる。

 青年の背後に立つ従者と見える男が、その眼差しを肩越しに注いだ。何と答えるか、見定めるようだった。

 青年はゆっくりと口を開いた。

「リヨン・アストルと申します」

 静まり帰った応接間に短く響く。

 マギネティスは、さっとヘルシンへと視線をやっていた。

 彼は眉を潜めたまま、しばし口を閉ざしていた。これまで耳にしたことのあるどの名将の名とも違っていたのだ。

 やがてヘルシンは首肯いて見せて答えた。

「覚えておこう」


 城壁の上の回廊に立った時、北から吹き下ろす乾いた風が、頬をなぜて冷やした。

 空っ風の巻き起こした土ぼこりの中、馬の背に揺られ遠ざかる二つの影を眺める。厳しい横顔で使者を見送るヘルシンに、背後から恐る恐ると声がかかった。

「受け入れるおつもりですか」

 ヘルシンは肩越しにマギネティスを見やって、ふたたび大地へと視線を戻した。返事のない彼へ、マギネティスはもう一言尋ねる。

「キリエスは何と」

 地平を望み見たままでヘルシンは答えた。

「ワイラケ河より北が、キリエス領となる」

 彼の背の向こうで、青年が黙り込むのが分かった。暗澹とした思いがヘルシンに面を伏せさせていた。

 キリエスはなぜ彼らを追いつめながら、最後までつぶそうとしなかったのか。

 理由は明らかだった。戦が長引き、援軍が到着したら、キリエスにとって不利となるのだ。その為、長引かせず戦いを終結させる必要があった。彼らが恐れたのは、コランタムの王が軍を差し向けることだったはずだ。

 援軍を待つ、それがグメリンがとりうる最善の策であった。

 もしラセルと同じ方向を見ることができていれば、この危機は乗り越えることができただろう。

 キリエスにとっても今回のことは賭けだったのだ。

 しかし今さらそのことを思っても、もはや時は遅かった。今や彼らに、援軍を待つ体力は残されていなかった。

「数日内に城を明け渡さねばならない」

 言ってヘルシンは肩越しへ視線を向けた。見返すマギネティスの眼差しに、しかし咎めるようなものはない。我先に城を捨てた領主ラセルのことを考えれば、彼を責める言葉などでなかっただろう。

 その複雑な胸中に思いを至らせて黙り込んだヘルシンだったが、やがてふと思い出したように口を開いた。

「キリエスのあの名前、分かったぞ」

 その言葉に、マギネティスは不思議そうにヘルシンを見つめ返した。

「王の息子が富豪の娘と婚姻したはずだ。名を知っているか」

「ええ」

 戸惑いながらも記憶を探り、マギネティスは暗唱した。

「アッカ・リヨン・アストル・オルセ・キリエス……」

 ヘルシンの人差し指が宙に静止し、マギネティスも言葉を止める。

「その名前だ」

 ひとり納得するヘルシンを眺めて、マギネティスの表情はいまだ不可解なものを見るようである。

「しかし、キリエス王太子の婚姻は、あの晩のことだったのでは……」

「そうだ」

 はっきりとした口調でヘルシンは答えた。戸惑いが払えないままで、マギネティスは言葉を次ぐ。

「単に王太子の顔を立てるために、そう言ったのでは」

「そうかもしれん」

 地平へ向き直るとヘルシンは続けて言った。

「しかしその男は、豪商セウレウスとの婚姻を存分に利用した。資金援助と、我々の目を欺くための道具としてな」

 北からの風が流れ、深紅の外套をはためかせた。

 身を凍らせるような冷えた空気が、背負った荷物を下ろした彼には、清々しくさえ感じられた。

 冬に入る前の季節、キリエス王の一人息子が婚姻するとの話が届いた。折しも講和の申し入れもあって、キリエスは手を引きたがっていると誰もが思ったのだった。

 そう考えると、冬のうちに兵を挙げたことも、彼らの目をごまかすためであったのかもしれない。

 振り返ってみれば、敵も厳しい賭けに出ていたことに気付かされる。決して優勢ではないキリエスが、グメリンを打ち破ろうとする執拗な策略に、一貫して感じられる意志の強さがあった。初めから彼は、この日の講和という展開へ落とし込むつもりで、方策を張り巡らせていたのだろう。

 キリエスの若い指揮官は、じきに国を自ら率いる王となる。いつかはまた相見えることがあるだろうか。

 敵に打ち負かされてもなお、ヘルシンの心境には冷めないものがあった。

 遠く空の際を振り仰いで、荒野の先に立ち並ぶキリエス軍の長い影を眺め見る。冬の陽射しのもと、時おりゆれる影が、降り注ぐ光をはねた。

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