「隠された金庫」
人影がゆっくりと保管庫の奥へと進んでいった。
蓮は息を潜めてその姿を観察した。
金属質の外殻を持つ、人型の保守ロボットだった。
目に相当する部分が淡く光っていた。
「保守用のロボットだ」
カインが小声で言った。
「まだ稼働していたのか」
蓮は驚きを隠せなかった。
「最低限の電力で資料の劣化を防ぐ管理業務だけを続けているんだろう」
カインは静かに説明した。
「敵意はないはずだ」
蓮はそのロボットの動きを観察しながら言った。
「まるで、今も研究室が生きているみたいな動きだ」
「ある意味では、そうなのかもしれない」
カインは静かに答えた。
「誰にも顧みられなくなった後も、命じられた仕事だけを黙々と続けている」
ルシアがその姿を見つめながら呟いた。
「少し、寂しい光景ね」
「同感だ」
クロも小さく頷いた。
ロボットはやがて棚の奥へと消えていった。
四人はその後ろ姿をしばらく見送った後、再び足を進め始めた。
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ロボットは棚の間をゆっくりと移動しながら、資料の状態を確認しているようだった。
蓮たちには気づいていない様子だった。
「今のうちに奥へ進もう」
クロが囁いた。
四人は音を立てないよう慎重にロボットの脇を通り過ぎた。
保管庫のさらに奥には小さな扉があった。
「あれは」
ルシアが指差した。
「個人用の保管室、かもしれない」
カインが言った。
「私もその存在は聞いたことがある程度だ」
蓮はその扉に近づきながら胸の高鳴りを感じた。
「父の部屋、かもしれない」
彼は静かに呟いた。
ルシアが心配そうに彼を見た。
「大丈夫?」
「ああ」
蓮は小さく頷いた。
「ただ、少し緊張しているだけだ」
クロが扉の周囲を確認しながら言った。
「センサーの類はなさそうだ。物理的なロックだけらしい」
「好都合だな」
カインが言った。
「当時は、電子的な警備よりも物理的な隔離を重視していた区画だったんだろう」
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扉には旧式の電子ロックがついていた。
クロが解析端末を接続した。
「思ったより古い規格だ。時間はかからないと思う」
彼は手早く作業を進めた。
やがて小さな電子音と共にロックが解除された。
「開いた」
四人は慎重に中へ入った。
小さな部屋には一台の端末と鍵のかかった保管箱が置かれていた。
「これは」
蓮は保管箱に近づいた。
表面には「工藤研究室」という文字が刻まれていた。
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「間違いない」
蓮の声が震えた。
「父の保管室だ」
ルシアが端末を確認した。
「電源が入るかどうか、試してみましょう」
彼女は端末を操作した。
しばらくの沈黙の後、画面に微かな光が灯った。
「動いた」
クロが小さく声を上げた。
画面にはパスワード入力を求める表示が出ていた。
「心当たりは」
カインが聞いた。
蓮はしばらく考え込んだ。
「灯の誕生日、かもしれない」
彼は震える指で数字を打ち込んだ。
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画面が切り替わった。
「入れた」
蓮は息を呑んだ。
端末には無数のファイルが保存されていた。
ルシアがファイル名を確認していった。
「均衡プロジェクトの詳細記録、評議会組織図、それに」
彼女の指が止まった。
「『封印装置設計案』というファイルがある」
「封印装置?」
蓮が聞き返した。
「装置を無力化するための、対抗手段かもしれない」
カインが緊張した面持ちで言った。
蓮は画面に表示されたファイル名を一つずつ確認していった。
「他にも気になる名前がある」
「なんて書いてある」
ルシアが覗き込んだ。
「『評議会中枢への接続経路』、それに『均衡プロジェクト参加者名簿』」
蓮は静かに読み上げた。
「これが全部本物なら、途方もない情報量だ」
クロが息を呑んだ。
ルシアが慎重にファイル一覧を最後まで確認した。
「まだ他にも、開けていないフォルダがある」
「今は時間がない」
蓮は言った。
「必要なものだけ持ち帰って、あとは隠れ家で解析しよう」
「賛成だ」
カインも頷いた。
「父上がそんなものを開発していたとしたら」
彼はしばらく考え込んだ後続けた。
「評議会にとって、最も見つかりたくないものだったはずだ」
蓮はファイルの一覧を見つめながら言った。
「これが本物なら、俺たちの戦い方が大きく変わるかもしれない」
ルシアが端末を操作しながら言った。
「詳細な設計図までは、私には理解できないけど」
彼女は真剣な表情で続けた。
「ジェイクなら、きっと解読できるはず」
「急いで持ち帰ろう」
蓮は言った。
「ここに長く留まるのは危険だ」
クロが端末で全データのコピーを試みた。
「容量は大きいが、時間をかければ全部持ち出せそうだ」
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蓮は保管箱の鍵を慎重に開けた。
中には古い日誌と小さな記憶媒体が入っていた。
彼は日誌を開いた。
見覚えのある父の筆跡が並んでいた。
「『均衡の名の下に多くの命が犠牲になってきた。私はこれ以上、その片棒を担ぐわけにはいかない』」
蓮は声を出して読み上げた。
「『息子にはまだこの重荷を伝えられない。だがいつか彼がこの記録を見つける日が来るなら』」
彼の声が僅かに詰まった。
「『どうか、正しい道を選んでほしい』」
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しばらくの沈黙が続いた。
ルシアがそっと彼の肩に手を置いた。
「お父さん、あなたのことを最後まで想っていたのね」
蓮は日誌を強く抱きしめた。
「ああ」
彼は静かに頷いた。
「この記録媒体も一緒に持ち帰ろう」
クロが提案した。
「解析すれば、封印装置の詳細がわかるかもしれない」
「頼む」
蓮は日誌と記憶媒体を丁寧に鞄へしまった。
カインがその様子を静かに見つめていた。
「羨ましいな」
彼はぽつりと言った。
「なんだ、それは」
蓮が聞いた。
「お前の父は、最後まで自分の意志を貫いた」
カインは静かに続けた。
「私はずっと、選ぶことすらできなかった。だからこそ、お前がその意志を継ごうとする姿が、少し眩しく見える」
蓮はしばらく黙り込んだ後静かに言った。
「今からでも、遅くはないはずだ」
カインは僅かに目を細めた。
「そうだといいがな」
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その時保管庫の外から複数の足音が響いてきた。
「まずい」
カインが緊張した声で言った。
「保安システムが私たちの侵入に気づいたのかもしれない」
蓮は扉の隙間から外を確認した。
白い装束の一団が保管庫の入り口へと向かっていた。
「あれは企業の保安部隊じゃない」
彼は低く呟いた。
その装束には見覚えのある紋章が刻まれていた。
評議会の紋章だった。
「評議会の人間が直接動いている」
カインの声には隠しきれない緊張があった。
「ここを見つけられたら、面倒なことになる」
四人は互いに顔を見合わせ、静かに脱出の算段を始めた。
「別ルートはあるか」
蓮が小声で聞いた。
「保守用の通気口が、確かこの部屋の奥にあったはずだ」
カインが記憶を辿りながら答えた。
彼は壁の一部を調べ、やがて小さな格子状の蓋を見つけた。
「ここだ」
「狭そうだな」
クロが顔をしかめた。
「文句を言っている場合じゃない」
ルシアが端末を片付けながら言った。
蓮は最後にもう一度部屋を見渡した。
父が遺した部屋。
その全てを持ち出すことはできなかったが、確かな手がかりを得ることができた。
「行こう」
彼は静かに言った。
四人は一人ずつ通気口へと身を滑り込ませた。
背後で足音がさらに近づいてくるのが聞こえた。
心臓が早鐘を打つのを感じながら、蓮は闇の中を進み続けた。
父の意志を、必ず受け継ぐ。
その決意だけを胸に、彼は前へと進んだ。
通気口の先に微かな光が見えた。
出口はもうすぐだった。
背後で扉が開く重い音が響いた。
評議会の一団が保管室に踏み込んだ気配がした。
だが四人は既に狭い通路の奥深くへと消えていた。
追手の声が遠くくぐもって聞こえるだけだった。
蓮は前を見据えたまま、ただひたすらに進み続けた。
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第97話 完




