「旧研究都市」
旧研究都市は地図から消された場所だった。
かつて先端研究の拠点として栄えたその土地は、今では朽ちた建造物の群れと化していた。
蓮とクロ、ルシア、カインの四人が、崩れかけたゲートをくぐった。
「懐かしい場所だ」
カインが辺りを見渡しながら呟いた。
「あなたが管理していたのは、この辺り?」
ルシアが尋ねた。
「地下保管庫だ。あの塔の真下にある」
カインは遠くに見える崩れかけた塔を指した。
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四人は瓦礫の街を慎重に進んだ。
「人の気配は」
蓮が聞いた。
「今のところない」
クロが端末で周囲を確認しながら答えた。
「都市ごと放棄されているみたいだな」
「表向きはそうなっている」
カインが静かに言った。
「だが評議会が完全に手放したとは思えない」
ルシアが崩れた建物の壁を見上げた。
「昔は、多くの研究者がここで働いていたのよね」
「そうだ」
カインは頷いた。
「その多くは、自分たちが何のために働いているのか知らされていなかった」
ルシアが眉を寄せた。
「知らされずに働かされていたということ?」
「区画ごとに情報を分断する仕組みだった」
カインは静かに説明した。
「隣の研究室が何をしているかさえ、互いに知らない。それが評議会のやり方だ」
クロが低く唸った。
「随分と用心深いな」
「情報が漏れることを、何よりも恐れていたんだろう」
カインは答えた。
蓮は瓦礫の隙間から差し込む光を見上げた。
「父も、こんな場所で働いていたんだろうか」
「可能性はある」
カインは静かに言った。
「工藤という名字の研究者がいたという記録を、私も見た覚えがある」
蓮の胸が僅かに高鳴った。
「本当か」
「詳細までは覚えていない」
カインは慎重に付け加えた。
「だが、この場所に来れば何かわかるかもしれないと思っていた」
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塔の入り口には巨大な扉があった。
「開けられるか」
蓮がクロに聞いた。
「時間はかかるが、可能だ」
クロは解析端末を接続した。
カインが端末の操作を手伝った。
「このロック、私がいた頃と変わっていないようだ」
「都合がいいな」
蓮は小さく笑った。
やがて重い音を立てて扉が開いた。
「行こう」
四人は薄暗い塔の中へと足を踏み入れた。
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内部は蜘蛛の巣と埃に覆われていた。
「地下への階段は」
蓮が聞いた。
「奥だ」
カインが先導した。
彼らは慎重に階段を降りていった。
途中で崩れかけた資料棚が目に入った。
「これは」
ルシアが足を止めた。
棚には色褪せた書類の束が残っていた。
「時間があれば全部確認したいところだが」
クロが呟いた。
「今は先を急ごう」
蓮は言った。
「証拠は、もっと奥にあるはずだ」
階段はさらに深く続いていた。
壁に埋め込まれた照明の多くは既に切れていて、四人は端末の明かりを頼りに進んだ。
「随分と深いな」
クロが呟いた。
「地下五階まであると聞いている」
カインが答えた。
「保管庫は最下層にある」
蓮は端末で残りの酸素供給や電力状況を確認した。
「換気は生きているみたいだな」
「最低限の設備だけは、まだ機能しているようだ」
カインは答えた。
「評議会が完全に見捨てたわけではない、ということかもしれない」
ルシアが足元に気をつけながら言った。
「こんな場所に、証拠を隠すなんて。父たちも、よほど追い詰められていたのね」
「そうかもしれない」
蓮は静かに言った。
彼の脳裏に、幼い頃のおぼろげな記憶がよぎった。
父が夜遅くまで書斎に籠もっていた日々。
その理由が、少しずつ形になっていくようだった。
クロが階段の先を照らしながら言った。
「もうすぐ最下層だ」
「気を引き締めていこう」
蓮は答えた。
四人はさらに足を速めた。
冷たい空気が地下深くから吹き上げてくるのを感じながら、彼らは静かに歩を進めた。
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地下三階まで降りると、大きな保管庫の扉が現れた。
「ここだ」
カインが言った。
「私が最後に見たときのままなら、この奥に資料室がある」
蓮は緊張しながら扉に手をかけた。
「開けるぞ」
扉は重い音を立てて開いた。
中は薄暗く、無数の資料棚が並んでいた。
「思ったより広いな」
クロが息を呑んだ。
「これを全部調べるのか」
「効率的に探そう」
ルシアが言った。
「工藤という名字か、均衡という単語を手がかりに絞り込む」
カインが棚の配置を見渡しながら言った。
「分類は年代順のはずだ。工藤という名字が現れそうな時期の棚から当たろう」
「頼りになるな」
クロが言った。
「昔取った杵柄、というやつだ」
カインは小さく笑った。
四人は棚の番号を確認しながら該当する区画へと散らばった。
蓮は自分の生まれた年から数年前の資料を中心に確認していった。
「このあたりのはずだ」
彼は呟きながら棚を一つずつ開けていった。
埃が舞い上がり、彼は小さく咳き込んだ。
「大丈夫か」
ルシアが声をかけた。
「平気だ」
蓮は答え、作業を続けた。
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四人は手分けして資料を確認し始めた。
蓮は棚の一つを開けた。
古い書類の束が詰まっていた。
「マナ濃度観測記録、か」
彼は資料をめくった。
日付は数十年前のものだった。
「これは違うな」
彼は棚を閉じ、次の棚へと移った。
クロが別の棚から声を上げた。
「こっちに、人物ファイルらしきものがある」
蓮は駆け寄った。
ファイルには様々な名前が記されていた。
「これは、研究者のリストか」
彼は慎重にページをめくった。
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ルシアが別の一角で手を止めた。
「これ、見て」
彼女が持っていたのは古い実験ログだった。
「表紙に『均衡プロジェクト』と書いてある」
蓮は駆け寄りその表紙を確認した。
「間違いない」
彼の声が僅かに震えた。
「開けてみよう」
ルシアが慎重にファイルを開いた。
中には複雑な数式と図表が並んでいた。
「専門的すぎて、私にはよくわからない」
彼女は首を振った。
「タクマかジェイクに見てもらう必要がありそうだ」
蓮は言った。
「撮影しておこう」
クロが端末を取り出し丁寧に一ページずつ撮影していった。
「これだけあれば、解析の手がかりになるはずだ」
「他にも関連資料がないか、もう少し探してみましょう」
ルシアは棚を隣へと移動した。
蓮も別の棚を開けた。
古びた写真が一枚落ちてきた。
彼はそれを拾い上げた。
白衣を着た数人の研究者が並んで写っていた。
その中の一人の顔に、蓮は見覚えがある気がした。
「これは」
彼は写真を凝視した。
輪郭が、記憶の中の父の姿と重なった。
「父かもしれない」
彼は震える声で呟いた。
ルシアがそっと彼の肩に手を置いた。
「間違いなさそうね、その顔立ち」
「ああ」
蓮は写真を見つめたまま頷いた。
「こんな場所で、父の姿に出会えるとは思わなかった」
彼の胸に、複雑な感情が込み上げてきた。
懐かしさと、そしてまだ知らない父の過去への畏れが入り混じっていた。
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その時カインが緊張した声で言った。
「待て、誰か来る」
四人は動きを止めた。
遠くから足音が聞こえてきた。
「保安要員か」
クロが低く聞いた。
「いや」
カインは首を振った。
「この施設に、まだ稼働している保安システムがあるとは思えない」
足音は規則的で、まるで機械のようだった。
蓮は資料を鞄に詰めながら身構えた。
「隠れよう」
四人は資料棚の陰に身を潜めた。
足音が保管庫の中へと入ってきた。
蓮は写真を鞄にしまい息を潜めた。
ルシアが小声で囁いた。
「動かないで」
クロも武器に手をかけたまま身を低くした。
カインが物陰から様子を窺いながら言った。
「保守用の巡回ロボットかもしれない。だとしたら、まだ望みはある」
「そうでなかったら」
蓮が小声で聞いた。
「その時は、走って逃げるしかないな」
カインは静かに答えた。
足音がさらに近づいてきた。
規則正しいその歩調は、生身の人間のものとは思えなかった。
薄暗がりの中に、一つの人影がゆっくりと現れた。
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第96話 完




