↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
96/100

「旧研究都市」

旧研究都市は地図から消された場所だった。


かつて先端研究の拠点として栄えたその土地は、今では朽ちた建造物の群れと化していた。


蓮とクロ、ルシア、カインの四人が、崩れかけたゲートをくぐった。


「懐かしい場所だ」


カインが辺りを見渡しながら呟いた。


「あなたが管理していたのは、この辺り?」


ルシアが尋ねた。


「地下保管庫だ。あの塔の真下にある」


カインは遠くに見える崩れかけた塔を指した。


---


四人は瓦礫の街を慎重に進んだ。


「人の気配は」


蓮が聞いた。


「今のところない」


クロが端末で周囲を確認しながら答えた。


「都市ごと放棄されているみたいだな」


「表向きはそうなっている」


カインが静かに言った。


「だが評議会が完全に手放したとは思えない」


ルシアが崩れた建物の壁を見上げた。


「昔は、多くの研究者がここで働いていたのよね」


「そうだ」


カインは頷いた。


「その多くは、自分たちが何のために働いているのか知らされていなかった」


ルシアが眉を寄せた。


「知らされずに働かされていたということ?」


「区画ごとに情報を分断する仕組みだった」


カインは静かに説明した。


「隣の研究室が何をしているかさえ、互いに知らない。それが評議会のやり方だ」


クロが低く唸った。


「随分と用心深いな」


「情報が漏れることを、何よりも恐れていたんだろう」


カインは答えた。


蓮は瓦礫の隙間から差し込む光を見上げた。


「父も、こんな場所で働いていたんだろうか」


「可能性はある」


カインは静かに言った。


「工藤という名字の研究者がいたという記録を、私も見た覚えがある」


蓮の胸が僅かに高鳴った。


「本当か」


「詳細までは覚えていない」


カインは慎重に付け加えた。


「だが、この場所に来れば何かわかるかもしれないと思っていた」


---


塔の入り口には巨大な扉があった。


「開けられるか」


蓮がクロに聞いた。


「時間はかかるが、可能だ」


クロは解析端末を接続した。


カインが端末の操作を手伝った。


「このロック、私がいた頃と変わっていないようだ」


「都合がいいな」


蓮は小さく笑った。


やがて重い音を立てて扉が開いた。


「行こう」


四人は薄暗い塔の中へと足を踏み入れた。


---


内部は蜘蛛の巣と埃に覆われていた。


「地下への階段は」


蓮が聞いた。


「奥だ」


カインが先導した。


彼らは慎重に階段を降りていった。


途中で崩れかけた資料棚が目に入った。


「これは」


ルシアが足を止めた。


棚には色褪せた書類の束が残っていた。


「時間があれば全部確認したいところだが」


クロが呟いた。


「今は先を急ごう」


蓮は言った。


「証拠は、もっと奥にあるはずだ」


階段はさらに深く続いていた。


壁に埋め込まれた照明の多くは既に切れていて、四人は端末の明かりを頼りに進んだ。


「随分と深いな」


クロが呟いた。


「地下五階まであると聞いている」


カインが答えた。


「保管庫は最下層にある」


蓮は端末で残りの酸素供給や電力状況を確認した。


「換気は生きているみたいだな」


「最低限の設備だけは、まだ機能しているようだ」


カインは答えた。


「評議会が完全に見捨てたわけではない、ということかもしれない」


ルシアが足元に気をつけながら言った。


「こんな場所に、証拠を隠すなんて。父たちも、よほど追い詰められていたのね」


「そうかもしれない」


蓮は静かに言った。


彼の脳裏に、幼い頃のおぼろげな記憶がよぎった。


父が夜遅くまで書斎に籠もっていた日々。


その理由が、少しずつ形になっていくようだった。


クロが階段の先を照らしながら言った。


「もうすぐ最下層だ」


「気を引き締めていこう」


蓮は答えた。


四人はさらに足を速めた。


冷たい空気が地下深くから吹き上げてくるのを感じながら、彼らは静かに歩を進めた。


---


地下三階まで降りると、大きな保管庫の扉が現れた。


「ここだ」


カインが言った。


「私が最後に見たときのままなら、この奥に資料室がある」


蓮は緊張しながら扉に手をかけた。


「開けるぞ」


扉は重い音を立てて開いた。


中は薄暗く、無数の資料棚が並んでいた。


「思ったより広いな」


クロが息を呑んだ。


「これを全部調べるのか」


「効率的に探そう」


ルシアが言った。


「工藤という名字か、均衡という単語を手がかりに絞り込む」


カインが棚の配置を見渡しながら言った。


「分類は年代順のはずだ。工藤という名字が現れそうな時期の棚から当たろう」


「頼りになるな」


クロが言った。


「昔取った杵柄、というやつだ」


カインは小さく笑った。


四人は棚の番号を確認しながら該当する区画へと散らばった。


蓮は自分の生まれた年から数年前の資料を中心に確認していった。


「このあたりのはずだ」


彼は呟きながら棚を一つずつ開けていった。


埃が舞い上がり、彼は小さく咳き込んだ。


「大丈夫か」


ルシアが声をかけた。


「平気だ」


蓮は答え、作業を続けた。


---


四人は手分けして資料を確認し始めた。


蓮は棚の一つを開けた。


古い書類の束が詰まっていた。


「マナ濃度観測記録、か」


彼は資料をめくった。


日付は数十年前のものだった。


「これは違うな」


彼は棚を閉じ、次の棚へと移った。


クロが別の棚から声を上げた。


「こっちに、人物ファイルらしきものがある」


蓮は駆け寄った。


ファイルには様々な名前が記されていた。


「これは、研究者のリストか」


彼は慎重にページをめくった。


---


ルシアが別の一角で手を止めた。


「これ、見て」


彼女が持っていたのは古い実験ログだった。


「表紙に『均衡プロジェクト』と書いてある」


蓮は駆け寄りその表紙を確認した。


「間違いない」


彼の声が僅かに震えた。


「開けてみよう」


ルシアが慎重にファイルを開いた。


中には複雑な数式と図表が並んでいた。


「専門的すぎて、私にはよくわからない」


彼女は首を振った。


「タクマかジェイクに見てもらう必要がありそうだ」


蓮は言った。


「撮影しておこう」


クロが端末を取り出し丁寧に一ページずつ撮影していった。


「これだけあれば、解析の手がかりになるはずだ」


「他にも関連資料がないか、もう少し探してみましょう」


ルシアは棚を隣へと移動した。


蓮も別の棚を開けた。


古びた写真が一枚落ちてきた。


彼はそれを拾い上げた。


白衣を着た数人の研究者が並んで写っていた。


その中の一人の顔に、蓮は見覚えがある気がした。


「これは」


彼は写真を凝視した。


輪郭が、記憶の中の父の姿と重なった。


「父かもしれない」


彼は震える声で呟いた。


ルシアがそっと彼の肩に手を置いた。


「間違いなさそうね、その顔立ち」


「ああ」


蓮は写真を見つめたまま頷いた。


「こんな場所で、父の姿に出会えるとは思わなかった」


彼の胸に、複雑な感情が込み上げてきた。


懐かしさと、そしてまだ知らない父の過去への畏れが入り混じっていた。


---


その時カインが緊張した声で言った。


「待て、誰か来る」


四人は動きを止めた。


遠くから足音が聞こえてきた。


「保安要員か」


クロが低く聞いた。


「いや」


カインは首を振った。


「この施設に、まだ稼働している保安システムがあるとは思えない」


足音は規則的で、まるで機械のようだった。


蓮は資料を鞄に詰めながら身構えた。


「隠れよう」


四人は資料棚の陰に身を潜めた。


足音が保管庫の中へと入ってきた。


蓮は写真を鞄にしまい息を潜めた。


ルシアが小声で囁いた。


「動かないで」


クロも武器に手をかけたまま身を低くした。


カインが物陰から様子を窺いながら言った。


「保守用の巡回ロボットかもしれない。だとしたら、まだ望みはある」


「そうでなかったら」


蓮が小声で聞いた。


「その時は、走って逃げるしかないな」


カインは静かに答えた。


足音がさらに近づいてきた。


規則正しいその歩調は、生身の人間のものとは思えなかった。


薄暗がりの中に、一つの人影がゆっくりと現れた。


---


第96話 完

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。