「仮面の使者」
装置の中心が眩い光を放ち始めた。
その光の中から一つの人影が現れた。
白いローブに仮面をつけた人物だった。
「あれは」
蓮は息を呑んだ。
北部旧管理区画で見た人物と同じ姿だった。
「評議会の使者、か」
カインが低く呟いた。
その声には隠しきれない緊張があった。
ゼノンとクロも戦闘の手を止め振り返った。
「あれが例の」
クロが息を呑んだ。
「気配が異質すぎる」
ゼノンが低く言った。
「これまで戦ってきたどんな相手とも違う」
保安部隊の面々も動きを止め後ずさりしていた。
まるで自分たちより遥かに上位の存在を前にしているかのようだった。
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仮面の人物は静かに口を開いた。
声は機械的に加工されていた。
「カイン・ギガフロート。契約不履行と判断する」
「契約、だと」
蓮が鋭く聞いた。
仮面の人物は蓮へと視線を向けた。
「工藤蓮。お前の存在も、既に評議会の把握するところだ」
「俺の名前を知っているのか」
「均衡を乱す可能性のある個体は、生まれた時から記録されている」
その言葉に蓮は背筋が凍るような感覚を覚えた。
「なぜ俺を」
彼は問いを重ねた。
「均衡を乱す個体の父も同様に監視対象だった」
仮面の人物は淡々と答えた。
「その血を継ぐお前も、当然の帰結として対象となる」
蓮の脳裏に父の記憶がよぎった。
「父に何をした」
彼は鋭く聞いた。
「必要な措置を取ったに過ぎない」
その返答に蓮の中で何かが焼けるように熱くなった。
「答えになっていない」
「今はそれ以上答える義理はない」
仮面の人物は静かに告げた。
タクマの声が通信越しに割り込んだ。
『蓮さん、装置周辺のエネルギー反応が異常な数値を示しています』
「わかっている」
蓮は端末に向けて答えた。
『気をつけてください。何が起きてもおかしくない状況です』
「ああ」
蓮は短く応じ、再び仮面の人物へと向き直った。
その視線には消えない怒りが宿っていた。
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ルシアが制御盤から顔を上げた。
「ロック解除、あと少し」
「急いで」
蓮は言った。
仮面の人物が構造物へと近づいた。
「装置は評議会が直接管理下に置く」
「待て」
カインが前に出た。
「これは私の管理下にあるはずだ」
「お前の権限は既に失効している」
仮面の人物は淡々と告げた。
「代表権の剥奪、そして今回の不履行。処分の対象だ」
ルシアが青ざめた顔で叫んだ。
「兄さんを、どうするつもり」
仮面の人物はルシアへと視線を向けた。
「ヴェスパーの娘か」
「答えて」
ルシアは声を震わせながらも真っ直ぐに見返した。
「処分の内容は、お前が知る必要のないことだ」
仮面の人物は淡々と答えた。
「私の兄よ。知る権利がある」
ルシアは食い下がった。
その様子を見てカインが静かに言った。
「もういい、ルシア」
「兄さん」
「お前が心配することじゃない」
カインは静かに続けた。
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カインの表情が険しくなった。
「処分、というのはどういう意味だ」
「言葉通りの意味だ」
仮面の人物は静かに答えた。
カインはしばらく沈黙した後、蓮の方を見た。
「工藤蓮」
「なんだ」
「装置の停止コード、教えておく」
カインは早口で一連の数字を告げた。
「ルシア、聞こえたか」
「聞こえた」
ルシアが即座に端末に打ち込み始めた。
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「何のつもりだ」
仮面の人物が初めて感情らしきものを見せた。
「私はもう、あなたたちの道具ではいたくない」
カインは静かに言った。
「たとえこの先どうなろうと、それだけは自分で選ぶ」
蓮は驚いてカインを見た。
「お前、それは」
「感謝の言葉はいらない」
カインは短く答えた。
「私はただ、最後くらい自分の意志で動きたかっただけだ」
仮面の人物が一歩前に出た。
「看過できない」
蓮が武器を構え仮面の人物の前に立ちはだかった。
「カインには手を出させない」
「お前が庇う理由がわからない」
仮面の人物は静かに言った。
「奴はお前たちを長く苦しめてきた敵のはずだ」
「敵だったとしても、今は違う」
蓮は言い切った。
「最後に自分の意志で動いた奴を、見捨てるわけにはいかない」
ゼノンとクロも武器を構え直し蓮の隣に並んだ。
「俺も同意見だ」
ゼノンが低く言った。
「かつての上官を売るような真似はしたくない」
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その瞬間ルシアが叫んだ。
「解除完了。停止シーケンス、起動する」
装置全体が大きく脈動し光が急速に弱まっていった。
「止まった」
蓮は目を見開いた。
仮面の人物が構造物を見上げた。
「一時的な措置に過ぎない」
その声には静かな怒りが滲んでいた。
「評議会は必ずこの均衡の乱れを正す」
人物の姿が光の中に溶けるように消えていった。
「待て」
蓮は叫んだが、既に遅かった。
中枢には静寂が戻っていた。
保安部隊もいつの間にか姿を消していた。
クロが緊張を解いて長く息を吐いた。
「なんとか、切り抜けたか」
「ああ」
蓮は答えたが、心には重い不安が残っていた。
「一時的な措置、と言っていた」
彼は低く呟いた。
「また来る、ということだな」
ゼノンが険しい表情で頷いた。
「今度は、もっと厄介な形で」
カインがゆっくりとその場に座り込んだ。
「すまない、少し疲れた」
彼は静かに言った。
蓮はカインに歩み寄った。
「大丈夫か」
「ああ」
カインは小さく頷いた。
「久しぶりに、自分の意志で動いた気がする」
その言葉には、これまでにない安堵が滲んでいた。
ルシアが兄の隣に膝をついた。
「無理しないで」
「今更、心配されてもな」
カインは小さく苦笑した。
「悪くない気分だ」
蓮は仲間たちを見渡した。
「一旦ここを離れよう。長居は危険だ」
「同感だ」
クロが答えた。
一行は装置の中枢に静けさを残したまま、その場を後にする準備を始めた。
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第92話 完




