「最深部への道」
浮遊居住区の警備は明らかに強化されていた。
ゼノンが物陰から周囲を確認した。
「予想通りだな。前回の倍近い人数がいる」
「突破できるか」
蓮が小声で聞いた。
「俺に任せろ」
ゼノンは静かに言った。
「保安部隊の巡回パターンは知り尽くしている」
四人は闇に紛れながら慎重に進んだ。
クロが背後を警戒しながら囁いた。
「今のところ気づかれていない」
ルシアが端末で警備の配置を確認した。
「巡回のタイミング、記録通りね」
「ゼノンの情報のおかげだ」
蓮は小声で言った。
途中で巡回中の保安部隊とすれ違いそうになった。
「隠れろ」
ゼノンが囁いた。
四人は物陰に身を潜めた。
隊員たちの足音が近づき、そして遠ざかっていった。
「危なかった」
クロが小さく息を吐いた。
「油断は禁物だ」
ゼノンが低く言った。
「ここから先は、さらに警戒が厳しくなる」
---
保守用通路の入り口に着くとゼノンが立ち止まった。
「ここからは以前とは違う区画を使う」
彼は壁の一部を指した。
「非常用の避難路だ。普段は使われていない」
「よく知っているな」
蓮が言った。
「隊長として、施設の隅々まで把握させられていた」
ゼノンは静かに答えた。
「役に立つ日が来るとは思わなかったが」
四人は狭い避難路へと身を滑り込ませた。
避難路は想像以上に長かった。
「まだ続くのか」
クロが息を切らしながら言った。
「もう少しだ」
ゼノンは前を見据えたまま答えた。
途中で足元がぐらつく箇所があった。
「気をつけろ、老朽化している」
ゼノンが警告した。
ルシアが慎重に足を運びながら言った。
「こんな場所まで、よく覚えているものね」
「隊長という立場は、時に厄介な記憶を強制される」
ゼノンは短く答えた。
その声にはかすかな苦笑が滲んでいた。
四人はさらに奥へと進み続けた。
---
通路の奥へ進むにつれ空気が変わっていくのを蓮は感じた。
微かなマナの振動が肌を刺すようだった。
「近づいている」
ルシアが緊張した声で言った。
「装置の中枢に」
やがて広い空間に出た。
天井まで届く巨大な構造物が、以前より強い光を放っていた。
「これは」
蓮は息を呑んだ。
「休眠状態じゃない」
ルシアが険しい表情で言った。
「明らかに活性化が進んでいる」
蓮は構造物を見上げた。
結晶と機械が融合した表面に、無数の光の筋が走っていた。
「これが装置の本当の姿か」
彼は低く呟いた。
クロが緊張した面持ちで武器を確認した。
「思ったより時間がなさそうだな」
「急ごう」
ルシアが言った。
「制御盤まであと少し」
四人は構造物の周囲を慎重に回り込みながら進んだ。
床に走る配線が脈打つように光っていた。
「まるで生きているみたいだ」
蓮は呟いた。
ゼノンが辺りを警戒しながら言った。
「油断するな。何が起きてもおかしくない」
---
クロが端末で構造物を確認した。
「制御盤はあの位置だ」
彼は一点を指した。
四人は慎重に近づいた。
ルシアが端末を接続しようとした瞬間空間に声が響いた。
「よく来たな」
全員が身構えた。
構造物の陰から一つの人影が現れた。
カインだった。
彼は以前よりもさらに痩せ憔悴した様子で立っていた。
「待っていたのか」
蓮は鋭く聞いた。
「ゼノンが妹を助けた時から、いずれこの日が来るとわかっていた」
カインは静かに答えた。
彼の視線がゼノンへと移った。
「裏切ったな」
「裏切ったんじゃない」
ゼノンは静かに答えた。
「あなたに従う理由が、なくなっただけだ」
カインは僅かに目を細めた。
「妹のことか」
「そうだ」
ゼノンは前に進み出た。
「もう、あなたの道具として使われるつもりはない」
カインはしばらく沈黙した後小さく息を吐いた。
「そうか」
彼の声には、意外にも怒りの色はなかった。
「それも一つの選択、ということか」
---
「装置を止めさせてもらう」
蓮は言った。
「できるものならやってみろ」
カインは微かに笑った。
「だが、これは私一人の意思では止められない。もう遅いんだ」
「どういう意味だ」
蓮は聞き返した。
カインは構造物を見上げた。
「評議会が、直接介入を決めた」
その言葉と同時に構造物の光が一段と強さを増した。
「時間がない」
ルシアが叫んだ。
「制御盤に触れる。援護して」
蓮は頷き武器を構えた。
「クロ、ゼノン、周囲を頼む」
「任せろ」
クロが答えた。
彼はパイルバンカーを構えながら周囲に目を配った。
「増援が来る前に決着をつけたいところだな」
「同感だ」
ゼノンも静かに構えを取った。
彼は鉄片を握りしめカインを見据えた。
「カイン様、これが最後だ」
「そのようだな」
カインは静かに応じた。
彼の目には、これまでにない諦観と、それでも消えない強い意志が同時に宿っていた。
ルシアが静かに前へ進み出た。
「兄さん」
彼女はまっすぐカインを見据えた。
「私も、あなたを止めに来た」
カインは僅かに目を細めた。
「お前まで、か」
「私は、ずっとあなたを止めたかった」
ルシアは静かに続けた。
「それだけが、私の目的だった」
カインはしばらく妹を見つめていた。
「変わったな、本当に」
彼は静かに呟いた。
「昔のお前なら、決してそんな目で私を見なかった」
「昔の私は、何も知らなかっただけよ」
ルシアは答えた。
カインは小さく息を吐いた。
「始めよう」
彼は静かに言った。
装置の中枢で、最後の対決が始まろうとしていた。
---
第90話 完




