「北の廃墟」
北部旧管理区画は名前の通り荒涼とした土地だった。
かつてのマナ研究施設は錆びついた外壁を晒し風化していた。
「ここが、評議会の拠点候補か」
蓮は周囲を見渡しながら呟いた。
「静かすぎるくらいだな」
クロが警戒しながら答えた。
タクマが端末で地下構造の解析データを表示した。
「電力供給は微弱ながら継続しています。入り口はこの下、旧研究棟の地下三階にあるはずです」
「案内を頼む」
蓮は言った。
今回のメンバーは蓮、クロ、タクマ、ゼノンの四人だった。
ゼノンが先頭に立った。
「俺が先を行く。ここから先は俺の方が詳しい」
「なぜだ」
蓮が聞いた。
「カインの指示で、一度この場所を下見させられたことがある」
ゼノンは静かに答えた。
「詳細までは知らないが、施設の配置はある程度覚えている」
「その時カインの様子はどうだった」
蓮は尋ねた。
「珍しく緊張していた」
ゼノンは思い出すように言った。
「あの男が緊張する姿を見たのは、後にも先にもあの時だけだ」
タクマが興味深そうに口を挟んだ。
「何か特別な指示はありましたか」
「必要以上に近づくな、とだけ言われた」
ゼノンは答えた。
「理由までは説明されなかった」
クロが低く唸った。
「本人も全容を知らされていない、ということかもしれないな」
「あり得る話だ」
蓮は頷いた。
「気を引き締めていこう」
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一行は崩れかけた階段を降りていった。
埃と錆の匂いが充満していた。
「思ったより深いな」
クロが呟いた。
「地下五階まであるという記録があります」
タクマが端末を確認しながら言った。
三階の踊り場まで来ると、ゼノンが足を止めた。
「ここからは特に気をつけろ。センサー網が張り巡らされている可能性がある」
「読み方は」
蓮が聞いた。
「規則的な光の点滅を探せ。人間の目には見えづらいが、注意すれば気づける」
ゼノンは壁の一点を指した。
微かな赤い光が一定間隔で瞬いていた。
「あそこにもある」
タクマが言った。
四人は光の間隙を縫うようにして進んだ。
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地下三階の入り口は分厚い金属扉だった。
「開けられるか」
蓮がクロに聞いた。
「時間はかかるが、不可能じゃない」
クロは解析端末を接続した。
作業を進める間タクマが辺りを警戒した。
「妙な感覚があります」
彼は小声で言った。
「妙な感覚とは」
蓮が聞いた。
「うまく言えませんが、監視されているような」
ゼノンが周囲を見渡した。
「気のせいじゃないかもしれない」
彼は低く言った。
「この場所には、独特の緊張感がある」
やがて扉が開いた。
「開いた」
クロが言った。
四人は慎重に足を踏み入れた。
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内部は研究施設の名残を留めていた。
朽ちた機材が並ぶ廊下の奥に、一つだけ稼働している区画があった。
「あそこだ」
タクマが指した。
四人はその区画へと近づいた。
途中の壁に古い銘板が掛かっていた。
「マナ均衡観測室、と書いてある」
タクマが読み上げた。
「均衡、という言葉がまた出てきたな」
蓮は険しい表情で呟いた。
「父の日誌にもあった言葉だ」
クロが銘板の埃を払った。
「随分と古い施設のようだが、看板だけは新しく張り替えられている」
「今でも使われている証拠ね」
タクマが同意するように頷いた。
「油断はできません」
扉の隙間から中を覗くと、ホログラムのディスプレイが並んでいた。
「まだ生きている」
蓮は低く言った。
ディスプレイには複雑な図表と文字列が表示されていた。
「これは」
タクマが画面に近づいた。
「世界各地のマナ濃度データ、それに知性体の活動記録……いや、これだけじゃない」
彼の表情が険しくなった。
「人類側の主要人物のリストもある」
蓮の名前もそこに含まれていた。
「俺の名前が」
蓮は息を呑んだ。
「監視対象、ということか」
タクマが画面をさらに拡大した。
「他の人物の名前もあります。マリアさん、ラムさん、それに」
彼の声が僅かに震えた。
「灯さんの名前も」
蓮の表情が険しくなった。
「妹まで監視対象なのか」
「詳細な行動記録まで載っています」
タクマは静かに続けた。
「これを見る限り、評議会はかなり以前から俺たちの動きを把握していたようです」
クロが低く唸った。
「気味の悪い話だな」
「だが同時に、情報としては貴重だ」
蓮は言った。
「奴らが何を重視しているのか、この記録からわかるかもしれない」
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その時ディスプレイの奥から低い機械音が響いた。
「誰かいる」
ゼノンが鋭く言った。
四人は物陰に身を隠した。
奥の暗がりから一つの人影が現れた。
白いローブのような装束を纏った人物だった。
顔は仮面のようなもので覆われていて表情は見えなかった。
「あれが」
蓮が息を潜めて呟いた。
その人物は淡々とディスプレイを操作していた。
まるで日常業務をこなすかのような自然な動きだった。
タクマが震える声で囁いた。
「あれが、評議会の関係者でしょうか」
「わからない」
蓮は答えた。
「だが、ただ者じゃない」
ゼノンが低く言った。
「この気配、カインとも違う。もっと得体が知れない」
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四人はしばらく息を潜めて観察を続けた。
やがてその人物は作業を終え、奥の暗闇へと戻っていった。
「行ったか」
クロが慎重に確認した。
「今のうちに情報を持ち帰ろう」
蓮は言った。
タクマが素早く端末でディスプレイの内容を記録した。
「できる限り撮っておきます」
「急げ」
蓮は周囲を警戒しながら言った。
記録を終えると四人は静かに退却を始めた。
「今日はこれで十分だ」
蓮は言った。
「深追いは危険すぎる」
ゼノンも頷いた。
「同感だ。この場所は一筋縄ではいかない」
四人は来た道を戻り始めた。
タクマが歩きながら端末を確認した。
「記録データ、無事に保存できています」
「よくやった」
蓮は答えた。
「これで隠れ家に戻れば分析が進められる」
ゼノンが背後を一度だけ振り返った。
「あの仮面の人物、また会うことになりそうだな」
「その時は、逃げずに向き合うだけだ」
蓮は静かに言った。
背後の暗闇には、まだ得体の知れない何かが潜んでいるようだった。
評議会の実体が、確かにその輪郭を見せ始めていた。
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第86話 完




