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「選択」

ゼノンが隠れ家に現れたのは翌日の夜だった。


見張りに立っていたエマが真っ先に気づいた。


「本当に来たか」


彼女は緊張しながら扉を開けた。


ゼノンは装備を外し静かに中へ入った。


「妹はどこだ」


「無事だ」


蓮が答えた。


「奥の部屋で休んでいる」


ゼノンは短く息を吐いた。


「感謝する」


---


ミナが物音に気づき部屋から出てきた。


「お兄ちゃん」


彼女はゼノンに駆け寄った。


ゼノンは硬い表情のまま妹を抱きしめた。


「無事でよかった」


彼の声には安堵が滲んでいた。


「もう一人で無理する必要はないから」


ミナが静かに言った。


ゼノンはしばらく黙り込んだ後小さく頷いた。


「わかっている」


クロが遠くから二人の様子を見守っていた。


「あの二人、久しぶりに肩の力が抜けたみたいだな」


エマが隣で頷いた。


「ずっと張り詰めていたんでしょうね」


「無理もない」


クロは静かに言った。


「ようやく、少しだけ息をつける時間なんだろう」


灯が二人に温かい飲み物を運んできた。


「よかったら、どうぞ」


彼女は控えめに微笑んだ。


ミナは驚いた顔で灯を見た。


「あなたは、確かインタビューで見た」


「灯です」


彼女は軽く頭を下げた。


「今はこの人たちと一緒に活動しています」


ミナはカップを受け取りながら小さく笑った。


「変わった仲間が集まっているんですね」


「本当に」


灯もつられて笑った。


「でも頼りになる人たちばかりです」


---


蓮はテーブルの向こうから静かに見守っていた。


「話がしたい」


ゼノンが顔を上げた。


「わかっている」


二人は少し離れた場所に移動した。


「なぜ俺を助けた」


ゼノンが低く聞いた。


「借りを作るためか」


「そんなつもりはない」


蓮は首を振った。


「お前が一人で抱え込んでいた事情を知って、放っておけなかっただけだ」


---


ゼノンはしばらく沈黙した。


「俺はカインに従っていた。妹を人質に取られていたからだ」


彼は静かに続けた。


「だが今その理由がなくなった」


「カインから離れるつもりか」


蓮が聞いた。


「それは、まだわからない」


ゼノンは複雑な表情を浮かべた。


「あの男に借りがないわけじゃない。単純に切り捨てられる関係でもない」


「借り、というのは」


「今は話さない」


ゼノンは短く答えた。


「だが一つだけ言える。俺はもうカインの言いなりにはならない」


---


蓮は頷いた。


「それで十分だ」


「勘違いするな」


ゼノンが鋭く言った。


「お前に協力すると決めたわけじゃない。お前との決着も、まだつけていない」


「わかっている」


蓮は静かに答えた。


「その話はまた今度でいい」


ゼノンは僅かに目を細めた。


「妙な男だな。お前は」


「よく言われる」


蓮は小さく笑った。


ゼノンはしばらく蓮の顔を見つめていた。


「一つ聞いておきたい」


「なんだ」


「お前はなぜ、そこまでして他人を助けようとする」


蓮は少し考えてから答えた。


「助けられる人間が、助けなかったら誰が助けるんだ」


「単純な理屈だな」


ゼノンは呟いた。


「単純だから、続けられる」


蓮は静かに答えた。


ゼノンはそれ以上何も言わずただ小さく息を吐いた。


---


ルシアが二人のもとに近づいてきた。


「情報を共有してもいい?」


「構わない」


蓮が頷いた。


ルシアはこれまでの調査内容をゼノンに説明した。


評議会の存在、父の日誌、北部の旧管理区画のこと。


ゼノンは黙って聞いていたが表情が徐々に険しくなった。


「評議会、か」


彼は低く呟いた。


「カインが時折その名前を口にしていたのを覚えている」


「知っていることがあるなら教えてほしい」


蓮が言った。


---


「多くは知らない」


ゼノンは首を振った。


「だがカインが唯一恐れているような相手だった、ということだけは確かだ」


「カインが、恐れる」


蓮は意外そうな顔をした。


「あの余裕のある態度の裏にか」


「表には出さない男だ」


ゼノンは静かに言った。


「だが時折見せる目の色が、それを物語っていた」


タクマが会話に加わった。


「北部の施設を調べれば、その正体に近づけるかもしれません」


「危険な賭けだな」


ゼノンが言った。


「だが今更引き返せる状況でもない」


ジェイクが端末を確認しながら言った。


「暗号解析、あと少しで進展がありそうです」


「良い知らせだな」


蓮が頷いた。


「北部の施設の詳細がわかれば作戦を立てやすくなる」


ローレンが静かに付け加えた。


「装備の補充もラムさんが手配してくれています。準備は着実に整いつつあります」


エマが腕を組んだ。


「あとはタイミングだけだな」


「焦らず、確実に進めよう」


蓮は言った。


ミナが遠くから会議の様子を見つめていた。


「お兄ちゃん、随分と信頼されているんですね」


彼女は隣にいた灯に呟いた。


「まだ完全にじゃないと思います」


灯は正直に答えた。


「でも、少しずつ距離が縮まっている気がします」


ミナは小さく微笑んだ。


「それだけでも、十分だと思います」


灯も微笑み返した。


「本当ですね」


---


その夜遅く蓮は一人隠れ家の外に出た。


夜風が頬を撫でていった。


ゼノンが加わり手がかりも集まりつつある。


だが評議会という存在の実体はまだ霧の中だった。


父とヴェスパー氏、そしてカインを結ぶ糸。


その先に何が待っているのか。


「工藤蓮。次に会う時が本当の始まりだ」


カインの言葉が耳の奥で繰り返された。


背後で足音がした。


振り返るとルシアが立っていた。


「まだ起きてたのね」


「少し頭を整理していた」


蓮は答えた。


「ゼノンが加わってくれたのは大きい」


ルシアは隣に並んだ。


「彼、本当は優しい人よ。だからこそ妹のことで長く苦しんでいた」


「そうみたいだな」


蓮は静かに頷いた。


「これで少しは前に進める」


「工藤家と評議会の関係も、いずれきっとわかる」


ルシアは夜空を見上げた。


「私も一緒に、その答えを探すから」


蓮はその言葉に静かに頷いた。


「ありがとう」


「お礼を言われることじゃないわ」


ルシアは小さく笑った。


「これは、私自身のためでもあるから」


二人はしばらく無言のまま夜の空気を共有していた。


やがてルシアが静かに言った。


「そろそろ戻りましょう。明日も早い」


「そうだな」


蓮は頷いた。


星の見えない夜空を見上げながら蓮は静かに拳を握った。


新たな戦いの足音が、確かに近づいていた。


---


第85話 完

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