「絶対者」
翌日、隠れ家の全端末に一斉に着信が入った。発信元は不明だったが画面には見覚えのある紋章が浮かんでいた。
「これは……」
エマが息を呑んだ。
「ギガ・フロート社の、個人回線だ」
蓮は端末を手に取った。
「繋いでみる」
彼は静かに応答した。
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画面にカインの姿が映し出された。以前よりも痩せ、目の下には濃い隈があった。
「よく繋いでくれたな」
彼の声は以前ほどの余裕を感じさせなかった。
「何の用だ」
蓮は警戒しながら聞いた。
「話がしたかっただけだ」
カインは静かに答えた。
「お前たちが私の居住区に足を踏み入れたことは把握している」
蓮の表情が僅かに強張った。
「ゼノンから聞いたのか」
「奴は何も言わなかった」
カインは答えた。
「だが痕跡は残る」
彼はそう言うと画面越しに全員を見渡した。
「ずいぶんと大所帯になったものだな。タクマ、それにルシアまで」
タクマは身を硬くした。
「あなたに従うつもりはありません」
「わかっている」
カインは静かに答えた。
「お前を責めるつもりもない。誰にでも選ぶ権利はある」
その言葉に不気味な余裕が滲んでいた。
ミオが静かに口を挟んだ。
『あなたの目的は、本当に装置だけなのですか』
カインは僅かに眉を動かした。
「面白い質問をするな、地下知性体」
彼はミオを見据えた。
「お前もいずれわかる。今はまだ、話す時ではない」
『はぐらかしますね』
ミオは静かに続けた。
「そう見えても構わない」
カインは表情を変えずに答えた。
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「用件を言え」
蓮は繰り返した。
「一つ、忠告しておきたい」
カインは静かに言った。
「評議会について、これ以上探らない方がいい。お前たちの手に負える相手じゃない」
灯が息を呑んだ。
「やっぱり、本当にいるんですね」
『予想通りでした』
ミオが低く言った。
蓮はカインを見据えた。
「お前もその評議会とやらに従っているのか」
カインの表情が僅かに翳った。
「従っている、というのとは少し違う」
彼は静かに答えた。
「共に生きるしかない、と言った方が近い」
蓮はその言い回しに違和感を覚えた。
「まるで、逃げられない事情があるような口ぶりだな」
「好きに解釈すればいい」
カインは表情を変えずに答えた。
彼の目の奥に、これまで見たことのない疲労の色が滲んでいるように見えた。
「お前も、何かに追い詰められているのか」
蓮は静かに尋ねた。
カインは一瞬答えに詰まった。
「くだらない質問だ」
彼は短く切り捨てた。
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「詳しく話せ」
蓮は言った。
「話す義理はない」
カインは短く答えた。
「だが一つだけ言っておく。私が装置を手放さない理由は単なる野心のためだけじゃない」
「どういう意味だ」
「いずれわかる」
カインは答えをはぐらかした。
「それよりお前に伝えたいことがもう一つある」
彼の目にこれまでにない色が宿った。
「私はまだ諦めていない」
タクマが思わず口を挟んだ。
「諦めていない、とはどういう意味ですか」
カインは彼に視線を移した。
「お前が知る必要はない」
「俺は元々あなたの会社の人間でした」
タクマは怯まず続けた。
「だからこそ、知る権利があると思っています」
カインは僅かに口の端を上げた。
「威勢のいい男だ。裏切り者にしては」
「裏切ったんじゃない」
タクマは静かに言い返した。
「本当に守るべきものを選び直しただけです」
カインはしばらく彼を見つめた後視線を蓮へと戻した。
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「装置をまた動かすつもりか」
蓮は鋭く聞いた。
「さあな」
カインは微笑んだ。
「だが一つ確かなことがある。この対話が終わった後、居住区の防衛はこれまで以上に厳重になる。次に来る時は今回のようにはいかないぞ」
「脅しのつもりか」
「忠告のつもりだ」
カインは静かに答えた。
蓮は拳を握りしめた。
「お前が何を企んでいようと俺たちは止める」
「その言葉、覚えておこう」
カインはしばらく沈黙した。
「お前という人間、少しだけ興味が湧いてきた」
彼は静かに続けた。
「殺さずに解決する道を選び続ける。そのやり方が、いつまで通用すると思っている」
「通用するかどうかじゃない」
蓮は答えた。
「それが俺の選んだやり方だ」
カインは僅かに口の端を上げた。
「頑固なところは、あの男に似ているな」
「あの男とは」
蓮が聞き返したが、カインは答えなかった。
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「最後に一つ」
カインは続けた。
「ルシアはそちらにいるのだろう」
蓮は一瞬答えを迷った。
「知らない」
「隠す必要はない」
カインは静かに言った。
「妹に伝えてくれ。お前の選んだ道が正しいとは限らない、と」
その言葉にルシアが画面の前へと進み出た。
「私の道は私が決める」
彼女はまっすぐカインを見据えた。
「兄さんが決めることじゃない」
カインは僅かに目を細めた。
「変わったな、ルシア」
「あなたと違う道を選んだだけよ」
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しばらくの沈黙の後カインは静かに言った。
「今日はこれで終わりにしよう」
映像が消える寸前、彼は最後に一言残した。
「工藤蓮。次に会う時が本当の始まりだ」
通信が切れた後、部屋には重い沈黙が広がっていた。
「本当の始まり、か」
クロが低く呟いた。
「不気味な言い方だな」
蓮は端末を見つめたまま動かなかった。
「奴の目、以前とは違っていた」
彼は静かに言った。
「余裕がなくなっている。だからこそ、何をするかわからない」
灯が不安そうに彼を見た。
「大丈夫でしょうか」
「わからない」
蓮は正直に答えた。
「だが備えるしかない」
ルシアが窓の外を見つめながら呟いた。
「あの男、というのは多分あなたのお父さんのことよ」
蓮は驚いて彼女を見た。
「なぜ、それを」
「昔、父が話しているのを聞いたことがある」
ルシアは静かに言った。
「兄と父の因縁、私が思っているより深いものかもしれない」
蓮はしばらく黙り込んだ。
「聞きたいことは山ほどある」
彼は低く呟いた。
「だが今は、目の前のことに集中するしかない」
ジェイクが端末を確認しながら言った。
「居住区の警備強化、既に始まっているようだ。次の潜入は、これまで以上に困難になる」
「予想通りだな」
蓮は答えた。
タクマが静かに口を開いた。
「カインの様子、以前とは明らかに違いました」
「余裕を失っているように見えた」
蓮は頷いた。
「それが良いことなのか悪いことなのか、まだ判断がつかない」
エマが険しい表情で言った。
「追い詰められた相手ほど、何をするかわからないものです」
「肝に銘じておく」
蓮は静かに答えた。
絶対者との本当の対決が静かに幕を開けようとしていた。
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第80話 完




