「保守用通路」
古い連絡通路を抜けると浮遊居住区の外壁が見えてきた。金属の巨大な構造物が闇の中に浮かんでいた。
「思ったより静かだな」
クロが辺りを見回しながら呟いた。
「監視の目は最小限のはずよ」
ルシアが答えた。
「兄は表向きの警備より、装置の防衛に人員を割いているはず」
三人は外壁沿いを慎重に進んだ。
やがてルシアが小さな換気口の前で足を止めた。
「ここが入り口」
彼女は蓋を静かに外した。
「狭いけど、進めば奥に繋がっている」
「先導を頼む」
蓮は言った。
クロが最後尾に回った。
「背後は俺が見ておく」
「頼む」
蓮は頷いた。
三人は一列になって換気口の中へと身を滑り込ませた。
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狭い通路の中は埃と機械油の匂いが満ちていた。ルシアが先頭に立ち慣れた様子で進んでいった。
「随分と詳しいな」
蓮が小声で言った。
「子供の頃、よくここで兄から逃げ回っていたから」
ルシアは静かに答えた。
「兄は昔、私を探すのが上手かった。今となっては皮肉な話だけど」
通路は複雑に入り組んでいた。何度も分岐を繰り返しながら三人は奥へと進んだ。
「この先で、一度開けた空間に出る」
ルシアが囁いた。
「制御室に繋がる分岐点よ」
蓮は通路の壁に触れた。冷たい金属の感触が指先に伝わった。
「この壁の向こうに、居住区の暮らしがあるのか」
彼はふと呟いた。
「ええ」
ルシアは答えた。
「表側では、何も知らない人々が普通に生活している。裏でこんなことが進んでいるとも知らずに」
クロが低く言った。
「戦争は、いつも見えないところで始まっているものだ」
蓮は壁から手を離した。
「表側の人間たちを、巻き込みたくはないな」
「同感よ」
ルシアが静かに答えた。
「私が居た頃も、居住区の住民のほとんどは装置のことなど知らなかった」
「知らない方が幸せということもある」
クロが呟いた。
「知れば、逃げられなくなる者もいるからな」
ルシアはしばらく黙り込んだ後小さく頷いた。
「私は、知ってしまった側の人間だから」
三人は再び足を進め始めた。
通路の奥から微かな振動が伝わってきた。
「今の音は」
蓮が足を止めた。
「換気システムの稼働音よ」
ルシアが答えた。
「定期的に動く。今のうちに進みましょう」
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開けた空間に出ると、そこは巨大な機械室だった。無数のパイプと配線が壁を這っていた。
「これは……」
クロが息を呑んだ。天井まで届く巨大な機構が薄暗い照明の中で鈍く光っていた。
「装置の補助施設の一つ」
ルシアが答えた。
「本体はもっと奥にある」
蓮は周囲を見渡した。
「警備は」
「今のところ、反応はない」
クロが端末を確認しながら言った。
その時――
機械室の奥から足音が響いてきた。複数の人影が現れた。
「隠れろ」
蓮が囁いた。
三人は機材の陰に身を潜めた。
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保安隊員たちが機械室を巡回していた。
「異常なしか」
「今のところは」
「上の指示で、警備を強化しているらしいな」
「代表権を剥奪されても、まだ強気なものだ」
隊員たちの会話が漏れ聞こえてきた。
「カインの様子は」
「わからん。ここ数日、姿を見た者はいない」
「引きこもっているということか」
「詳しいことは俺たちにもわからない」
隊員たちはそれだけ言うと通路の奥へと去っていった。
クロが物陰から周囲を確認した。
「行ったな」
彼は小声で言った。
蓮は物陰から出て長く息を吐いた。
「カインの姿を見た者がいない、か」
「様子がおかしいわね」
ルシアが険しい表情で言った。
「引きこもっているだけなのか、それとも別の理由があるのか」
蓮は低く呟いた。
クロが機材の隙間から通路の先を覗き込んだ。
「隊員の会話、もう一つ気になることがあった」
「なんだ」
「警備強化の指示は、カイン本人からじゃなく別の筋から出ているような口ぶりだった」
蓮は眉を寄せた。
「別の筋」
「聞き間違いかもしれないが」
クロは慎重に言った。
「もしかしたら評議会絡みかもしれない」
ルシアが息を呑んだ。
「あり得る話ね」
彼女は静かに続けた。
「兄の意思とは別に、何かが動き始めているのかもしれない」
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三人は機械室を抜け制御室へと続く分岐へ進んだ。
制御室は無人だった。壁一面にホログラム端末が並んでいる。
「ここから警備システムに介入できる」
ルシアが端末の一つを操作した。
「少し時間がかかるけど、監視カメラの映像を引き出せるはず」
クロが周囲を警戒しながら言った。
「急いでくれ」
「わかっている」
ルシアは慎重に操作を続けた。
やがて画面に居住区各所の映像が映し出された。
「これが……」
蓮は画面を見つめた。
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映像の一つに装置の中枢と思われる巨大な空間が映っていた。結晶と機械が融合したような不気味な構造物がそこにあった。
「あれが装置の本体か」
蓮は低く言った。
「稼働しているようには見えないな」
クロが言った。
「休眠状態、というところかしら」
ルシアが分析した。
「でも、いつでも動かせる状態は保っている」
蓮は険しい表情でその構造物を見つめ続けた。かつて対峙した装置とは違う静けさが逆に不気味だった。
「起動の兆候があれば、すぐにわかるものなのか」
彼は尋ねた。
「マナの流れを見ればわかるはずよ」
ルシアは答えた。
「今のところ、その気配はない」
蓮はその映像を目に焼き付けた。
「この情報だけでも、持ち帰る価値がある」
クロが端末で映像を記録しながら言った。
「装置の外観、規模、位置。全部押さえた。エマたちの分析にも役立つはずだ」
「上出来だ」
蓮は答えた。
ルシアが別の映像に切り替えた。
「もう少し、様子を見てみましょう。何か他にわかることがあるかもしれない」
彼女は慎重に操作を続けた。
その時映像の端に、白いコートの人影が一瞬映り込んだ。
「今の……」
蓮の表情が険しくなった。
見覚えのある人影だった。ゼノンだった。
「なぜ、奴がここに」
クロが眉をひそめた。
「保安部隊は謹慎中だったはずだろう」
「表向きはな」
蓮は険しい表情で映像を見つめた。
「謹慎という話自体、嘘だったのかもしれない」
ルシアが画面を操作し映像を巻き戻した。ゼノンの姿が装置の中枢付近を歩いている様子が確認できた。
「かなり奥まで自由に出入りしているようね」
ルシアは低く言った。
「兄の直属として動いているということかしら」
蓮は拳を握りしめた。
「近いうちに、また対峙することになりそうだな」
彼はその言葉に、これまでにない緊張を感じていた。
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第77話 完




