「潜入計画」
ローレンの工房に浮遊居住区の立体図が投影された。ルシアが持ち込んだ図面を基にジェイクが再構築したものだった。
「保守用通路はここだ」
ルシアが図面の一点を指した。
「換気設備の点検口から入れる。私が使っていた頃は、警備の目も届いていなかった」
「今もそうとは限らないだろう」
クロが言った。
「もちろん」
ルシアは頷いた。
「だから慎重に進める必要がある」
ローレンが図面の別の箇所を指した。
「この区画に警備システムの制御室がある。ここを一時的に無力化できれば、通路全体の監視網を止められるはずだ」
「制御室までの経路は」
蓮が尋ねた。
「保守用通路の途中から分岐している」
ルシアが答えた。
「ただし、そこは私も詳しく知らない区画よ。当時は立ち入りを制限されていた」
「未知数の部分があるということだな」
クロが腕を組んだ。
「そうならざるを得ない」
ルシアは正直に答えた。
「兄は私が家を出た後、施設の構造をかなり作り変えているはずだから」
ジェイクが端末に古い設計データを表示した。
「衛星画像と照らし合わせると、増築されたと思われる区画がいくつか見つかります」
「増築の目的は」
蓮が尋ねた。
「不明です」
ジェイクは首を振った。
「ただ、電力消費のパターンから見て、単なる居住スペースの拡張ではなさそうです」
タクマが画面を覗き込んだ。
「装置関連の設備かもしれませんね」
「可能性はある」
ローレンが頷いた。
「潜入班には、その区画も念頭に置いて動いてもらう必要がありそうだ」
蓮は図面を見つめながら言った。
「未知の区画には近づきすぎない。今回はあくまで情報収集が優先だ」
「賢明な判断だと思います」
タクマが同意した。
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「メンバー構成を決めよう」
蓮が円卓を見渡した。
「潜入班は少人数の方がいい。俺とクロ、それにルシア」
「私も行きます」
灯が即座に言った。
「危険すぎる」
蓮は首を振った。
「今回は装置の内部構造を調べるのが目的だ。お前の力が必要になる場面はまだ先だ」
灯は不満そうな顔をしたが頷いた。
「わかりました。でも呼ばれたら、すぐに向かいます」
『私も同じです』
ミオが付け加えた。
「後方支援を頼む」
蓮は答えた。
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エマが通信機材を準備した。
「潜入班との連絡は暗号化した専用回線を使います。傍受のリスクは最小限に抑えられるはずです」
「頼りになる」
蓮は言った。
ジェイクが装備リストを確認した。
「静音仕様の装備一式、既に用意してある。パイルバンカーは音が大きすぎるから今回は持たない方がいい」
「丸腰で行けというのか」
クロが顔をしかめた。
「近接用の小型ワイヤーとナイフだけにしろ。目的は戦闘じゃなく偵察だ」
ジェイクは冷静に答えた。
「わかっている」
クロは渋々頷いた。
エマが端末に潜入班の位置情報を表示するアプリを起動した。
「これで常に位置を把握できます。何かあれば即座に応援を送れるようにしておきます」
「ありがとう」
蓮は答えた。
灯がその画面を覗き込んだ。
「私も、この画面をずっと見ていてもいいですか」
「もちろんです」
エマは頷いた。
灯は小さく息を吐いた。
「兄さんたちが戻ってくるまで、ここで祈っています」
『私も一緒にいます』
ミオが灯の隣に座った。
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タクマが図面を見ながら口を開いた。
「装置の中枢まで辿り着けたとして、その後はどうするんですか」
「まずは情報を持ち帰る」
蓮は答えた。
「装置の稼働状況、警備の配置、カインの様子。全部把握してから次の手を考える」
「性急に動くつもりはないんですね」
「一度失敗すれば、次はない」
蓮は静かに言った。
タクマは頷いた。
「俺も、できる限りの情報を集めておきます。企業の元同僚から、居住区の最新の警備体制について聞き出せるかもしれません」
「頼む」
蓮は答えた。
エマが小型カメラを取り出した。
「これを装備に取り付けます。映像を隠れ家でもリアルタイムで確認できるようにしておきたいので」
「録画だけじゃなく中継もできるのか」
蓮が聞いた。
「電波状況次第ですが、可能な限り」
エマは真剣な表情で答えた。
「何かあったとき、状況を正確に把握できた方がいい」
ジェイクが装備の重量を確認しながら言った。
「バッテリーの持ちを考えると、潜入時間は最大で四時間が限界です」
「四時間か」
蓮は腕時計に目をやった。
「時間内に情報を集めて戻る。無理はしない」
ローレンが装備の最終確認をしながら言った。
「連絡が途絶えたら、三時間後に予備班を送る手筈にしておく」
「わかった」
蓮は頷いた。
「灯を危険に晒すわけにはいかない」
ルシアがその言葉に僅かに目を細めた。
「妹想いね」
「妹だからじゃない」
蓮は答えた。
「仲間だからだ」
ルシアはその答えにしばらく黙り込んだ。
「そういう考え方、私には新鮮だわ」
「そうか」
蓮は短く答えた。
「兄の周りには、そんな言葉を使う人間はいなかったから」
ルシアは静かに続けた。
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夜が更けた頃ルシアは一人で窓の外を見つめていた。
蓮が近づいた。
「まだ信用しきれていないと思っているんだろう」
「わかっているわ」
ルシアは静かに答えた。
「私も、簡単に信じてもらえるとは思っていない」
「一つ聞きたい」
蓮は言った。
「お前は本当に、兄を止めたいだけなのか」
ルシアはしばらく沈黙した。
「兄を止めたい。それは本当よ」
彼女は静かに続けた。
「でも、それだけじゃない。取り戻したいものが、私にもある」
蓮はその言葉の奥に何かを感じ取ったが、それ以上は聞かなかった。
「話したくなったら、いつでも聞く」
「ありがとう」
ルシアは小さく微笑んだ。
彼女はしばらく黙って夜のない天井を見上げていた。
「あなたと灯さんの関係、少し羨ましいわ」
「羨ましい?」
蓮は聞き返した。
「お互いを信じ切っている。私と兄には、もうそれがない」
ルシアの声には隠しきれない寂しさがあった。
「昔は違ったのか」
蓮は尋ねた。
「昔は、違ったと思いたいわね」
ルシアは静かに答えた。
「でも記憶なんて、都合よく美化されるものだから」
蓮はそれ以上何も言わず、ただ彼女の隣に立ち続けた。
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翌朝潜入班は装備を整え隠れ家を出発した。
「気をつけてください」
灯が三人を見送った。
「必ず戻る」
蓮は答えた。
彼はルシアと視線を交わした。
「案内を頼む」
「任せて」
ルシアは静かに頷いた。
三人は浮遊居住区へと繋がる古い連絡通路へと足を踏み入れた。
通路の入り口で灯が最後にもう一度声をかけた。
「絶対に、無理はしないでください」
「約束する」
蓮は答えた。
彼は妹の頭に軽く手を置いた。
「戻ってきたら、ゆっくり話そう。戦いのことじゃなく、他愛のないことを」
灯は目を潤ませながら微笑んだ。
「楽しみにしています」
クロが先頭を歩き始めた。
「行くぞ。長居は無用だ」
蓮とルシアも続いた。
装置の真実へと近づく最初の一歩が、静かに踏み出された。
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第76話 完




