「和解条約」
一週間後会合が再開された。会場の警備は以前よりも格段に厳重になっていた。
「拘束された男の証言が取れた」
ラムが円卓に着く前に蓮へ耳打ちした。
「ハヤシから直接指示を受けていたそうだ。金額まで詳細に証言している」
「これで決着がつくな」
蓮は静かに言った。
「ああ」
ラムは頷いた。
「評議会で正式に処分を決める。長年の膿を、ようやく出せる」
彼は蓮の肩に手を置いた。
「あなたたちが証拠を積み上げてくれたおかげだ。感謝する」
「お互い様だ」
蓮は答えた。
「一人では、ここまで来られなかった」
ラムは静かに笑った。
「良い言葉だ」
灯とミオもラムに近づき挨拶を交わした。
「お怪我の具合はいかがですか」
灯が心配そうに尋ねた。
「もうすっかり良い」
ラムは答えた。
「若い頃はもっと酷い傷を負ったこともある。この程度は慣れたものだ」
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マリアが開会を告げた。
「前回の事件を受け、企業側代理人は本日欠席です。正式な回答は書面で提出されました」
彼女は資料を掲げた。
「装置の完全放棄と引き換えの恩赦、という提案は撤回されています。代わりに、国際社会からの制裁を受け入れる用意があると記されています」
「随分と態度を変えたな」
クロが呟いた。
「圧力に耐えきれなくなったんだろう」
ローレンが答えた。
エマが端末で世論の動向を確認した。
「疑念の数字は七十五パーセントまで上昇しています。事件の報道も大きく影響しているようです」
ジェイクが別の資料を配った。
「経済制裁の準備も進んでいる。複数の国が企業との取引停止を検討し始めている」
「追い詰められているな」
蓮は静かに言った。
タクマが自分の端末を確認した。
「元同僚からも連絡が来ています。社内でも動揺が広がっているそうです」
「潮目が変わったということか」
ローレンが言った。
「まだ油断はできないがな」
クロが付け加えた。
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ジオフロントの交渉役が発言した。
「我々は、正式に地下知性体との共存路線を支持する。企業との取引も段階的に終了させる」
ラムも続いた。
「ジャンク・ギルドとしても同様だ。ハヤシの件は内部で厳正に処分する。今後、企業との闇取引には一切関与しない」
マリアが頷いた。
「では、この場で暫定合意案を採択したいと思います」
彼女は文書を掲げた。
「地下知性体の権利の承認、搾取行為の停止、マナ・ネットワークの適正利用、そして今後の対話継続を柱とする枠組みです」
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ミオが立ち上がった。
『知性体として、この合意を受け入れます』
彼女の声が会場に静かに響いた。
『長い孤独の果てに、ようやく対話の扉が開かれました』
灯もその隣に立った。
「私も、この合意を支持します」
彼女はまっすぐ前を見据えて言った。
「対話は始まったばかりです。でもここから、必ず良い方向へ進めていけると信じています」
会場に静かな拍手が広がった。
マリアが感慨深げに言った。
「東京隔離条約から続いてきた分断に、初めて対話の橋が架かった瞬間です」
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「カインについてはどうする」
蓮が尋ねた。
「正式に企業の代表権を剥奪します」
マリアが答えた。
「国際社会として、彼を交渉相手として認めません。装置に関する追及は継続します」
「奴が大人しく従うとは思えないな」
クロが言った。
「その可能性は高い」
マリアは険しい表情で認めた。
「だからこそ、警戒を緩めるわけにはいきません」
蓮は頷いた。
「これで終わりじゃない。むしろ、これからが本番だ」
マリアが蓮に近づいた。
「あなたたちの働きに、心から感謝します」
「まだ、礼を言われる段階じゃない」
蓮は答えた。
「装置が残っている限り、本当の意味での終わりはこない」
マリアは静かに頷いた。
「その通りですね。国際社会としても、引き続き全面的に協力します」
「頼りにしている」
蓮は答えた。
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会合の後蓮たちはゴーストタウンへと戻った。
「今日という日を、忘れないようにしたいな」
ローレンが呟いた。
「長い道のりだった」
エマも感慨深げに言った。
タクマが円卓を見渡した。
「俺がここに来た時には、想像もできなかった結果です」
「お前の貢献も大きかった」
蓮は言った。
「これからも頼りにしている」
タクマは深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
クロが彼の背中を軽く叩いた。
「湿っぽい顔をするな。今日は祝うべき日だ」
「そうですね」
タクマは笑った。
サキが飲み物を全員に配った。
「みんな本当にお疲れ様でした」
彼女は明るい声で言った。
ライアンも満足そうに頷いた。
「この日を、いつか歴史の教科書に載せる日が来るかもしれないな」
「大げさだ」
蓮は苦笑した。
「大げさなものか」
ローレンが言った。
「東京隔離条約以来の大きな一歩だ。誇っていい」
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灯は夜の工房で一人星のない天井を見上げていた。
蓮が隣に立った。
「疲れたか」
「はい、でも良い疲れです」
灯は微笑んだ。
「対話の扉が開いた。これは大きな一歩ですね」
「ああ」
蓮は頷いた。
「だがカインは、まだ諦めていない。奴が何をするか、これからも注意が必要だ」
灯の表情が引き締まった。
「わかっています」
彼女は静かに拳を握った。
「次に何が来ても、私は逃げません」
ミオが二人のもとへやってきた。
『素晴らしい景色です』
彼女は結晶の淡い光を見上げながら呟いた。
『こんな穏やかな夜を、久しぶりに感じます』
灯は微笑んだ。
「ミオも、少しは休んでください」
『はい』
ミオは頷いた。
『これからは、休む時間も大切にしたいと思います』
蓮は二人の様子を見つめながら静かに笑った。
「良い光景だ」
彼はそう呟くと目を閉じ、深呼吸を一つした。
これまでの戦いの重みが、少しだけ軽くなった気がした。
エマが最後に全員の姿を端末で撮影した。
「これも記録として残しておきます。今日という日を、いつまでも忘れないために」
「良い写真になりそうだな」
クロが笑った。
灯とミオ、蓮、クロ、エマ、ジェイク、ローレン、タクマ。八人がそれぞれの表情で写真に収まった。
深層の奥深く新しい時代への扉が静かに開かれた。だが同時に、より大きな対決の予兆も確かに近づいていた。
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第74話 完




