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「亀裂」

「積もる話があるようだな」


カインの声が会場に響いた。


蓮は一歩前に出た。


「話すことなら、とっくに済んでいるはずだ」


「そうか」


カインは微笑んだ。


「では改めて聞こう。お前たちが提示した和解条件、私に対する追放を含んでいるそうだな」


「その通りだ」


マリアが答えた。


「地下知性体からの正式な要求です」


---


「面白い」


カインは笑った。


「私を追い出せば、全てが丸く収まると思っているのか」


「あなたがいる限り、真の和解はありません」


エマが立ち上がった。


「あなたの手で装置が動く限り、脅威は消えません」


「装置か」


カインは静かに言った。


「確かに一度は止められた。だがそれで全てが終わったと思うのは早計だ」


蓮の表情が険しくなった。


「まだ何か隠しているのか」


「さあな」


カインは答えをはぐらかした。


タクマが小声で蓮に耳打ちした。


「あの言い方、単なるはったりとは思えません。装置には、まだ俺たちの知らない機能が残されている可能性があります」


「厄介だな」


蓮は低く呟いた。


ジェイクが端末を素早く操作した。


「今の発言、録音した。後で詳しく分析する必要がある」


「頼む」


蓮は答えた。


会場のあちこちで代表団が困惑した様子でカインの言葉について囁き合っていた。


---


「一つ、提案がある」


カインは続けた。


「私を追放する代わりに、装置の完全放棄を条件に加えろ。そうすれば私は静かに身を引いてやってもいい」


会場がざわついた。


「随分と虫のいい話だな」


蓮は低く言った。


「装置を渡すことと引き換えに、罪を不問にしろということか」


「交渉とはそういうものだ」


カインは平然と答えた。


マリアが険しい表情で口を開いた。


「その提案、国際仲裁機関として即座には受け入れられません。これまでの行為に対する責任を問う必要があります」


ジオフロントの交渉役も口を開いた。


「我々としても、装置の完全放棄と引き換えに罪を不問にするという提案には賛同できない。それでは真の解決にならない」


ラムも重く頷いた。


「同感だ。ギルドとしても、そのような取引を認めるつもりはない」


カインの表情に僅かな苛立ちが浮かんだ。


「随分と足並みが揃っているものだな」


「当然だ」


蓮は言い切った。


「俺たちは、もうお前一人に振り回される段階を過ぎている」


「責任、か」


カインは静かに笑った。


「では交渉は決裂ということだな」


---


その瞬間――


会場の一角で悲鳴が上がった。


「ラム代表が!」


蓮は反射的に振り返った。


ラムの護衛の一人が突然刃物を抜き彼に襲いかかっていた。


「クロ!」


蓮が叫んだ。


クロは既に動いていた。ワイヤーが閃光のように走り襲撃者の腕を絡め取った。


「くそ……!」


襲撃者は取り押さえられながらも激しく抵抗した。ローレンとタクマも即座に駆けつけラムを庇うように立った。


「代表、ご無事ですか」


ラムは肩で息をしながら頷いた。


「かすり傷だ。問題ない」


---


取り押さえられた男の顔をタクマが覗き込んだ。


「この男は……ハヤシ評議員の秘書です」


「やはりか」


ラムが苦々しく呟いた。


「ハヤシが、糸を引いていたということか」


蓮が低く言った。


エマが震える手で状況を記録していた。


「怪我人の確認を」


彼女は近くの職員に呼びかけた。


医療スタッフが駆けつけラムの傷を手当てし始めた。浅い切り傷で命に別状はなかった。


タクマは拘束された男を見つめながら拳を握りしめた。


「俺と同じだ。誰かに脅されて動いていたのかもしれません」


「その可能性はある」


蓮は答えた。


「だが理由がどうであれ、人を傷つけたことは変わらない」


タクマは静かに頷いた。


「わかっています」


国際仲裁機関の職員が男を拘束し会場の外へと連れ出した。


マリアが険しい声で会場を静めた。


「大変失礼しました。会場の安全については徹底して調査します」


彼女はスクリーンのカインを見上げた。


「この件について、あなたは何か知っていますか」


「さあな」


カインは静かに答えた。


「私には関係のない話だ」


その言葉が真実かどうか、誰にも判断がつかなかった。


だが会場にいた誰もが、彼が事件と無関係とは思っていなかった。


ラムが険しい表情でスクリーンの消えた場所を睨んだ。


「奴が裏で糸を引いていた証拠は、いずれ必ず見つける」


「俺も手伝う」


蓮は言った。


「これは、俺たちみんなの問題だ」


---


騒動が収まった後会場には緊張した沈黙が広がっていた。


「本日の会合はここで一旦中断します」


マリアが告げた。彼女の声には隠しきれない疲労が滲んでいた。それでも背筋はまっすぐに保たれていた。


「安全の確認と、今回の事件の調査を優先します」


スクリーンの中のカインが最後に一言残した。


「また会おう、工藤蓮」


映像は静かに消えていった。


蓮は長く息を吐いた。


「予想以上に荒れたな」


クロが額の汗を拭いながら言った。


灯がラムのもとへ駆け寄った。


「お怪我は」


「大丈夫だ、心配をかけたな」


ラムは静かに答えた。彼の目には強い決意が宿っていた。


「これで、はっきりした。ハヤシが裏で企業と繋がっていたことは、もう疑いようがない」


ジェイクが端末の記録を確認しながら言った。


「拘束された男の証言次第で、ハヤシの関与が完全に確定するだろう」


「時間の問題だな」


蓮は言った。


灯がミオと共に蓮の隣に立った。


「今日は色々なことが起きすぎました」


灯は疲れた様子で呟いた。


「よくやった」


蓮は彼女の頭にそっと手を置いた。


「お前の言葉は、確かに会場に届いていた」


灯は小さく微笑んだ。


『次回の会合、どうなるでしょうか』


ミオが不安げに言った。


「わからない」


蓮は正直に答えた。


「だが俺たちは、これまで通り一歩ずつ進むだけだ」


亀裂は深まりながらも、真実へと近づく一歩でもあった。


---


第73話 完

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