「三十日目」
会合当日、中立地帯として指定された旧国際会議場に各勢力が集まった。高い天井を持つ円形の建物で、かつては国家間の会議に使われていたという。
蓮たちは正面ではなく裏口から静かに入場した。
「思ったより物々しいな」
クロが周囲の警備を見渡しながら呟いた。
国際仲裁機関の職員が要所に立ち、金属探知機による検査が徹底されていた。
「これだけの警備があれば、多少は安心できる」
ローレンが言った。
灯はミオと共に緊張した面持ちで会場を見つめていた。
「大丈夫ですか」
蓮が声をかけた。
「はい」
灯は深く息を吸った。
「行きましょう」
ジェイクが会場周辺の警備配置を最終確認した。
「出入り口は三箇所。それぞれに国際仲裁機関の職員が配置されている」
「俺たちの席はどこだ」
蓮が聞いた。
「証人席。円卓のすぐ横だ」
ジェイクが答えた。
「何かあれば、すぐに動ける位置だな」
クロが安堵したように言った。
タクマも緊張した面持ちで会場を見渡した。
「ここに立つのは、少し不思議な気分です。かつては企業側の人間として、こういう場を遠くから眺めるだけでしたから」
「今日はお前も証言者の一人だ」
蓮は言った。
「胸を張っていい」
タクマは深く頷いた。
「はい」
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円卓には既にマリアが着席していた。彼女の隣にジオフロントの交渉役の女性、反対側にはギガ・フロート社の代理人と名乗る男が座っていた。ラムも護衛と共に到着していた。
「皆さん揃いましたね」
マリアが静かに開会を告げた。
「本日は地下知性体との和解に向けた第一回の正式会合です。それぞれの立場から意見を伺い、実現可能な合意点を探ります」
企業側の代理人が口を開いた。
「まず申し上げておきたい。当社は昨今の映像について、その真偽をまだ確認できていない立場です」
「その点については、こちらで用意した証拠をご覧いただきたい」
エマが立ち上がり資料を配布した。
代理人はしばらく黙って資料に目を通した。彼の表情が徐々に強張っていくのがわかった。
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「時系列の矛盾……」
代理人は小さく呟いた。
「これは、確認が必要な情報だ」
「確認するまでもありません」
エマは冷静に言った。
「日付の記録は改竄できない形式で保存されています。第三者機関による検証も進んでいます」
タクマが証言台に立った。
「私は元ジオフロントの人間として、企業内部の情報を直接扱っていました。この資料は全て、実際に見た記録に基づいています」
代理人は言葉に詰まった。
会場の空気が僅かに動いた。国際仲裁機関の職員たちが真剣な表情で記録を取っていた。
ミオが立ち上がった。
『地下知性体からの言葉を伝えます』
彼女の声にいつもと違う重みが加わった。
『長い間、企業による一方的な搾取に耐えてきました。対話を望んでいるのは事実です。ただし、誠意のない約束は受け入れられません』
代理人の額に汗が滲んだ。
「知性体本人の言葉というのは、確認のしようがない」
「確認する方法はあります」
マリアが静かに言った。
「これまでの実績と、この藤原ミオさんの証言の一貫性が、その裏付けになっています」
彼女は続けた。
「証拠は既に専門家チームによって検証済みです。今更覆すことは難しいでしょう」
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ジオフロントの交渉役が口を開いた。
「我々としては、企業の独占体制の終結を強く支持する」
彼女は淡々と述べた。
「深層の秩序を保つためにも、公正な取引体制への移行が必要だ」
ラムも重い口を開いた。
「ジャンク・ギルドとしても同様の立場だ。ただし、内部にはまだ調整が必要な問題がある」
彼は蓮の方を一瞥した。何かを含んだ視線だった。
蓮はその視線の意味を測りかねた。会合が終わった後に話を聞く必要があると感じた。
代理人がラムに向き直った。
「ジャンク・ギルドとしては、正式に企業との取引を絶つおつもりか」
「まだ最終決定ではない」
ラムは慎重に答えた。
「だが、その方向で検討を進めている」
代理人の表情が僅かに曇った。取引先を一つ失う可能性を前に、彼の余裕は薄れつつあった。
灯が静かに立ち上がった。
「私からも、話させてください」
会場の視線が彼女に集まった。
「私は装置の鍵となることを拒みました。それは自分の意志であり、誰かに強制されたものではありません。地下知性体もまた、対話を望んでいます。恐れる必要はないんです」
彼女の声は静かだが確かな力を持っていた。
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代理人はしばらく沈黙していた。
「持ち帰って検討させていただきたい」
彼はようやく口を開いた。
「本日この場で、即答できる立場にはない」
「予想通りの回答だな」
クロが小声で呟いた。
マリアが頷いた。
「では次回までに正式な回答をお願いします。期限は七日以内とします」
「承知した」
代理人は静かに答えた。
蓮は彼の態度を注意深く観察していた。何かを隠している、そんな気配があった。
エマが端末に会合の様子を記録しながら小声で言った。
「向こうの出方、想定より弱腰でした。証拠の効果が出ているんだと思います」
「気を抜くのはまだ早い」
蓮は答えた。
「代理人が退いたということは、次は本人が動くということだ」
その予感は正しかった。
その時――
会場の大型スクリーンに突然ノイズが走った。
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映像が乱れた後、そこに映し出されたのはカインの姿だった。
「盛り上がっているようだな」
彼の声が会場全体に響いた。
「カイン……!」
蓮は思わず立ち上がった。
マリアが険しい表情でスクリーンを見上げた。
「無断での通信介入は看過できません」
「失礼、代理人では埒が明かないと判断したのでな」
カインは微笑んだ。
「私自身の口から伝えたいことがある」
会場に緊張が走った。全員の視線がスクリーンに集中した。
蓮は拳を握りしめカインの姿を見据えた。
灯もミオも身構えるように立ち上がった。
代理人は椅子から腰を浮かせたまま動けずにいた。カインの登場は彼にとっても予想外だったらしい。
マリアが冷静な声でスクリーンに向かって言った。
「カイン・ヴェスパー氏、この場は正式な国際会合です。不当な介入は看過できません」
「不当とは心外だ」
カインは微笑んだ。
「私は当事者本人だ。誰よりもこの場に立つ資格がある」
彼の視線が蓮を捉えた。
「工藤蓮。積もる話があるようだな」
新たな局面が、静かに幕を開けようとしていた。
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第72話 完




