「最後の詰め」
会合まで残り五日となった朝ローレンの工房に緊張が満ちていた。
「出席者の最終確認だ」
ジェイクが端末に一覧を映し出した。
「マリアさん側から国際仲裁機関の職員数名。企業側は現時点で代理人のみ参加予定。ジオフロントからは交渉役の女性本人。ジャンク・ギルドからはラム評議員代表」
「カイン本人は来ないのか」
クロが聞いた。
「今のところそういう情報だ」
ジェイクは答えた。
「代理人を立てて様子を見るつもりだろう」
蓮は資料を見つめながら呟いた。
「奴らしいやり方だな」
ローレンが腕を組んだ。
「代理人が出てくるということは、逃げ道を作っているつもりなんだろう。都合が悪くなれば知らぬ存ぜぬで押し通す気だ」
「そうはさせない」
エマが言った。
「証拠さえ揃えれば、代理人であろうと言い逃れはできません」
クロが端末の出席者リストを見つめた。
「会場の警備体制はどうなっている」
「国際仲裁機関が中立地帯として管理する」
ジェイクが答えた。
「持ち込み武器は厳しく制限される。だが完全に安全とは言い切れない」
「油断はできないな」
蓮は低く言った。
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エマが証拠資料を全員に配った。
「時系列の矛盾、検証機関の身内性、資金の流れ。全て整理し終えました」
彼女は一つずつ指し示した。
「これだけ揃えば、言い逃れは難しいはずです」
タクマがその資料に目を通しながら頷いた。
「俺の知っている情報は全部詰め込みました。これ以上出せるものはありません」
「十分だ」
蓮は彼の肩を叩いた。
「お前のおかげで、ここまで来られた」
タクマは静かに頭を下げた。
「まだ返しきれていませんが少しでも力になれたなら嬉しいです」
エマが証拠資料をまとめた冊子を全員に手渡した。
「会合当日は、これを国際仲裁機関の記録官にも提出します。公式な記録として残すためです」
「抜かりないな」
クロが感心したように言った。
「記録が残らなければ意味がありません」
エマは静かに答えた。
「口約束だけでは、いずれ揺り戻される可能性があります」
蓮は資料の厚みを手で確かめた。
「これが俺たちの積み重ねてきたものか」
彼は静かに呟いた。
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その夜ラムから連絡が入った。
「側近を襲った実行犯について、手がかりが掴めた」
彼の声には緊張があった。
「詳しく聞かせてくれ」
蓮は端末に耳を寄せた。
「評議員の一人、名をハヤシという。奴の周辺から不審な資金の動きが見つかった」
「証拠は」
「まだ確定ではない」
ラムは慎重に答えた。
「だが監視を強めている。近いうちに答えが出るはずだ」
「油断するな」
蓮は言った。
「向こうも追い詰められて何をするかわからない」
「承知している」
ラムは静かに答えた。
「会合当日、私も細心の注意を払う」
「ハヤシという評議員、どんな人物なんだ」
蓮は尋ねた。
「表向きは物腰の柔らかい男だ」
ラムは答えた。
「だが裏では企業との取引で私腹を肥やしていたという噂がある。今回の件で、ようやくその尻尾が見えてきた」
「証拠が固まり次第、俺たちにも共有してくれ」
蓮は言った。
「約束する」
ラムは静かに答えた。
「これは私自身の問題でもある。ギルドの膿は、私の手で出す」
通信が切れた後蓮はしばらく端末を見つめていた。
「あの爺さん、覚悟が決まっているな」
クロが呟いた。
「俺たちも見習うべきかもしれない」
蓮は静かに頷いた。
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灯は自分の荷物を確認していた。
「私も、会合に出席します」
蓮は彼女を見た。
「本当にいいのか」
「はい」
灯はまっすぐ答えた。
「ここで退いたら、これまでの覚悟が意味を失います」
ミオが彼女の隣に立った。
『私も一緒に行きます』
「危険を承知の上でだな」
蓮は確認した。
「二人とも、絶対に俺の傍を離れるな」
「わかっています」
灯とミオは声を揃えて答えた。
ローレンが警備計画の図を広げた。
「会場までの経路、入退場の動線、緊急時の避難路。全て洗い直した」
「頼りになる」
蓮は言った。
「命に関わることだからな」
ローレンは真剣な表情で答えた。
ジェイクが移動用のルートを別の画面に映した。
「当日は複数の経路を使い分ける。尾行を撒くための偽の車列も用意した」
「用意周到だな」
クロが感心した。
「灯の安全が最優先だ」
ジェイクは静かに言った。
灯はその会話を黙って聞いていた。
「みなさんに、こんなに守ってもらって」
彼女は小さく呟いた。
「当然のことだ」
蓮は答えた。
「お前は俺たちにとって、かけがえのない仲間だ」
灯は目を潤ませながら頷いた。
「ありがとうございます」
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深夜、蓮は一人で工房の外に立っていた。
風もない深層の空気が重く感じられた。
背後にミオが近づいてきた。
『眠れませんか』
「少しな」
蓮は答えた。
「これだけ準備しても、当日何が起こるかわからない」
『不安ですか』
「不安がないと言えば嘘になる」
蓮は正直に言った。
「これまで戦ってきたのは、殴り合いで解決できる相手だった。だが今回は違う。言葉と証拠だけが武器になる」
『慣れない戦い方ですね』
ミオが静かに言った。
「ああ」
蓮は頷いた。
「それでも、逃げるつもりはない」
「だがやるしかない」
ミオは静かに彼の隣に立った。
『私たちは一人じゃありません。みんなで乗り越えます』
蓮は小さく頷いた。
「そうだな」
彼は夜のない深層の天井を見上げた。
工房の中からエマの声が聞こえてきた。
「もう一度、資料の確認をお願いできますか」
「わかった」
蓮はミオと共に工房へ戻った。
円卓には夜通し整理された資料が並んでいた。タクマとジェイクが最終チェックを進めていた。
「あと少しだ」
蓮は自分に言い聞かせるように呟いた。
灯とミオも合流し全員で最後の確認作業に取り組んだ。
「証言の内容、一言一句間違えないようにします」
灯が真剣な表情で言った。
「大丈夫だ」
蓮は答えた。
「お前の言葉には、もう十分な力がある」
灯は小さく頷いた。
作業は明け方近くまで続いた。誰一人音を上げる者はいなかった。
会合の日まで、残された時間はわずかだった。それぞれの覚悟を胸に、最後の準備が静かに進められていった。
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第71話 完




