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「動き出す影」

公開当日隠れ家の空気は張り詰めていた。全員がいつもより早くから円卓に集まっていた。


「時間だ」


ジェイクが端末を操作した。


各種メディアに一斉に映像が配信された。灯の顔と声がそのまま世界へと届けられた。


全員が固唾を呑んで反応を見守った。


「来ました」


エマが最初のコメントの波を確認した。


「反応が、ものすごい速さで広がっています」


---


数時間後には主要な報道機関が一斉に灯のインタビューを取り上げていた。


「誠実な語り口が評価されているようだ」


ライアンが端末を見ながら言った。


「編集のない生の言葉というのが伝わったんだろう」


サキが付け加えた。


世論調査の数字が刻々と更新されていく。


「疑念の数字が六十パーセントまで戻りました」


エマが声を弾ませた。


灯はその数字を見つめ小さく息を吐いた。


「良かった」


クロが彼女の背中を軽く叩いた。


「お前の勇気が世界を動かしたんだ。誇っていい」


灯は照れたように微笑んだ。


「みんなが支えてくれたからです」


ローレンも満足そうに頷いた。


「良い流れだ。この調子を保ちたい」


エマが視聴者コメントの一部を読み上げた。


「彼女の言葉に心を打たれた。企業の言い分より、よほど信じられる。そんな声が数多く寄せられています」


「地道な積み重ねが実を結んだんだな」


蓮は静かに言った。


『あなたの言葉が、確かに届いたということです』


ミオが静かに言った。


灯は涙ぐみながら頷いた。


---


「カインからの反応は」


蓮が尋ねた。


「まだない」


ライアンが答えた。


「だが企業内部では動揺が広がっているという情報がある」


タクマが端末を確認した。


「知り合いの元同僚から連絡が来ました。上層部が対応に苦慮しているそうです」


「向こうも、次の一手を考えているはずだ」


ローレンが険しい表情で言った。


蓮は頷いた。


「油断はできない」


サキが飲み物を配りながら全員の労をねぎらった。


「今日は良い日になりましたね」


「まだ油断はできないがな」


クロが言いつつも表情は緩んでいた。


マリアからも祝福のメッセージが届いた。


「素晴らしい勇気です。会合での交渉にも良い影響を与えるでしょう」


蓮はその言葉を全員に伝えた。


「これで少しは前に進めそうだな」


クロが安堵の息を吐いた。


灯がふと窓の外を見つめた。


「不思議な気分です。自分の言葉が、こんなに大きな影響を持つなんて」


「言葉には力がある」


エマが答えた。


「だからこそ、誠実であることが何より大事なんです」


灯は深く頷いた。


「これからも、その気持ちを忘れずにいたいです」


ミオが彼女の隣で微笑んだ。


『きっと大丈夫です』


---


だがその夜、状況は一変した。


ローレンの端末に緊急の連絡が入った。


「ラム評議員代表の側近が襲われた」


彼は青ざめた表情で言った。


「命に別状はないが、重傷だそうだ」


「誰の仕業だ」


蓮が鋭く聞いた。


「わからない。だが評議員代表への警告だという噂が広がっている」


蓮は端末の画面を見つめた。事件現場の映像が粗く映し出されていた。荒れた通路の壁に血痕が残っていた。


ローレンは端末の内容を読み上げた。


「企業と手を組む一派が、いよいよ動き出したということか」


ジェイクが低く唸った。


タクマの表情が険しくなった。彼は拳を握りしめた。


「ラムさんが俺たちに協力を約束した直後です。偶然とは思えません」


「その通りだ」


蓮は拳を握った。


「向こうも危機感を強めているということだろう」


---


「ラム代表に連絡は取れるか」


蓮が聞いた。


「今、繋いでいる」


ジェイクが端末を操作した。回線が繋がるまでの数秒が、やけに長く感じられた。


しばらくして老人の声が響いた。


「工藤蓮さんか」


「無事か」


蓮は尋ねた。


「私は無事だ」


ラムは静かに答えた。


「だが警告としては十分効果があった。相手は本気だと示された」


「こちらでできることはあるか」


蓮は聞いた。


「今はまだない」


ラムは答えた。


「だが近いうちに、頼ることになるかもしれない」


彼の声には隠しきれない緊張があった。


「油断するな。相手は、もう後がないところまで追い詰められているのかもしれない」


「側近の方の容体は」


エマが尋ねた。


「一命は取り留めた」


ラムは答えた。


「だが完全に回復するまで時間がかかるだろう」


「犯人の手がかりは」


蓮が聞いた。


「まだない」


ラムは苦い声で答えた。


「だが手口から見て素人ではない。訓練を受けた者の仕業だ」


「専門家が動いているということか」


ローレンが低く言った。


「金で雇われた可能性が高い」


ラムは答えた。


「深追いは危険だ。だが私も、このまま黙って見過ごすつもりはない」


彼の声には強い意志が滲んでいた。


---


通信が切れた後、部屋には重い沈黙が満ちた。


「灯の映像が世界を動かした。その反動が、こういう形で現れたということか」


ローレンが呟いた。


「歓迎すべき前進の裏に、必ず代償がある」


蓮は険しい表情で言った。


「これからも、こういうことが続くかもしれない」


灯が不安そうに蓮を見た。


「私のせいで、誰かが傷つくのは嫌です」


「お前のせいじゃない」


蓮はきっぱりと言った。


「これは選んだ道の途中にある試練だ。誰のせいでもない」


ミオが灯の肩にそっと手を置いた。


『一緒に乗り越えましょう』


灯は小さく頷いた。


「はい」


クロが円卓に手をついた。


「俺たちにできることは何だ」


「今は情報を集めることだ」


蓮は答えた。


「タクマ、企業と繋がっている一派について何か新しい情報があれば教えてくれ」


「わかりました」


タクマは頷いた。


「知り合いのつてを頼って探ってみます」


ジェイクが端末を操作しながら言った。


「ラム代表の周辺の警備体制についても、こちらで分析しておこう。もしもの時に力になれるかもしれない」


「頼む」


蓮は答えた。


エマが全員を見渡した。


「会合まで、あと少しです。ここで足を止めるわけにはいきません」


「その通りだ」


ローレンが頷いた。


灯は自分の手を強く握りしめた。


「私も、できることをやります。怖くても、前に進みます」


蓮は彼女の肩に手を置いた。


「一人じゃない。忘れるな」


「はい」


灯は静かに、だが確かな声で答えた。


窓の外深層の闇の奥で何かが静かに動き出している気配があった。


会合の日まで、残された時間は少なかった。


---


第70話 完

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