「灯、声を上げる」
朝食の席で灯が唐突に切り出した。
「私、インタビューを受けようと思います」
全員の視線が彼女に集まった。
「顔を隠さず、自分の言葉で世界に語りかけたいんです」
蓮は箸を置いた。
「危険だとわかっているのか」
「わかっています」
灯はまっすぐ蓮を見返した。
「でも今のままだと私は加工された映像の中の存在でしかありません。本当の意味で人々に信じてもらうには自分の顔と声で語る必要があると思うんです」
---
「気持ちはわかる」
エマが静かに言った。
「でも安全の保証はできません」
「知っています」
灯は頷いた。
「それでもやりたいんです」
ローレンが腕を組んだ。
「企業に居場所を特定される危険もある」
「対策を講じれば軽減できるだろう」
ジェイクが端末を操作しながら言った。
「発信元を秘匿し撮影場所も伏せれば、直接の追跡は難しい」
「完全には防げないがな」
クロが付け加えた。
タクマが端末を開いた。
「企業側の監視網についてなら俺も少し知っています。盲点になりやすい経路を教えられるかもしれません」
「頼む」
蓮は頷いた。
灯はそのやり取りを見つめていた。仲間たちが自分のために知恵を出し合ってくれていることが伝わってきた。
「みなさん、ありがとうございます」
「礼はまだ早い」
ジェイクが言った。
「安全な撮影が終わってから言ってくれ」
蓮はしばらく考え込んだ。
「一つ約束してくれ」
彼は灯を見つめた。
「危険を感じたら、すぐに中止する。それが条件だ」
灯は小さく頷いた。
「約束します」
---
その日の午後、リチャードとサラが打ち合わせのために隠れ家を訪れた。
「藤原灯さん本人がインタビューを受けたいと」
リチャードは驚いた様子だった。
「これは大きな決断ですね」
「覚悟はできています」
灯は静かに答えた。
サラが端末を取り出した。
「質問内容は事前に共有します。答えたくない質問には答えなくて構いません」
「ありがとうございます」
灯は頭を下げた。
リチャードが真剣な表情で言った。
「安全面については私たちの持てる限りの技術を使います。撮影は隠れ家とは別の場所で行い、映像には位置情報が特定できる要素を一切残しません」
「頼りにしています」
蓮は言った。
サラが灯に向き直った。
「無理な質問をするつもりはありません。あなたのペースで話してください」
「ありがとうございます」
灯は少し安心したように微笑んだ。
打ち合わせは日暮れまで続いた。想定される質問と答え方が一つずつ確認されていった。
---
撮影の日、灯は緊張した面持ちでカメラの前に座った。ミオが隣に付き添っていた。
撮影場所は普段使われていない古い倉庫だった。窓には遮光布が張られ光源はカメラ用の照明だけだった。
「大丈夫ですか」
ミオが小声で聞いた。
「少し緊張しますが大丈夫です」
灯は深呼吸をした。
サラが柔らかい声で質問を始めた。
「藤原灯さん、あなたは自分のことをどう説明しますか」
灯はしばらく考えてから口を開いた。
「私は人間と地下知性体の意識が重なり合って生まれた存在です。長い間、自分が何者なのかわかりませんでした。でも今は両方の自分を受け入れられるようになりました」
「地下知性体について、人々に伝えたいことは」
サラが続けて聞いた。
「彼らは恐ろしい存在ではありません」
灯は静かにだがはっきりと言った。
「長い間、孤独の中で耐えてきた存在です。対話を望んでいます。私はその声を少しでも多くの人に届けたいんです」
---
「企業への恨みはありますか」
サラの質問に灯は少し間を置いた。
「わかりません」
彼女は正直に答えた。
「怒りがないと言えば嘘になります。でも憎しみだけで未来を語りたくはないんです。過ちを認めてくれるなら、対話の道は必ずあると信じています」
サラがさらに質問を重ねた。
「あなた自身の、これからの夢はありますか」
灯は少し考えてから答えた。
「大きなことは考えられません。ただいつか、誰にも怯えることなく、大切な人たちと普通の日々を過ごせたらと思います」
「ミオさんとの関係についても教えてください」
サラが尋ねた。
灯はミオの方をちらりと見た。
ミオが優しく目で促すように微笑んだ。灯はそれに頷き返した。
「ミオは私にとって姉のような存在です。同じ知性体としての繋がりだけでなく、一人の友人として、支え合ってきました」
『私にとっても灯さんは大切な存在です』
ミオも小さく言葉を添えた。
撮影は静かに続いた。灯の言葉は一つ一つ丁寧で誠実だった。
撮影が終わった後、灯は大きく息を吐いた。
「終わりました」
「立派だった」
蓮は彼女の肩に手を置いた。
灯は少し照れたように笑った。
「兄さんに褒めてもらえると嬉しいです」
---
その夜、隠れ家に戻った灯は疲れた様子で椅子に座り込んだ。
「疲れました」
「よくやった」
ローレンが飲み物を手渡した。
灯はそれを一口飲んでから蓮を見た。
「兄さんの傷のこといつか私にも話してもらえますか」
蓮は少し驚いた顔をした。
「今、その話か」
「今日、自分のことを全部話しました」
灯は静かに言った。
「だから兄さんのことも少しずつ知りたくなったんです」
蓮はしばらく黙っていた。
「いつか、必ず話す」
彼は静かに約束した。
「今はまだその時じゃない」
灯は頷いた。
「待っています」
彼女は湯呑みを両手で包むように持ち直した。
「今日、初めて自分の言葉で世界に語りかけました。少し怖かったですが、清々しい気持ちもあります」
「大きな一歩だった」
蓮は静かに言った。
「これからも、その一歩を積み重ねていけばいい」
灯は微笑んだ。
「はい」
翌朝リチャードから編集の進捗連絡が届いた。
「映像の確認をお願いしたい」
蓮と灯は端末の前に集まった。編集された映像には灯の顔がそのまま映し出されていた。加工は最小限に留められ声も原音のままだった。
「これが、世界に届くんですね」
灯は画面を見つめながら呟いた。
「怖いか」
蓮が聞いた。
「少し」
灯は正直に答えた。
「でも後悔はしていません」
ミオが彼女の手をそっと握った。
『どんな反応が来ても、私たちが一緒にいます』
「ありがとう、ミオ」
灯は微笑んだ。
エマが公開スケジュールを確認した。
「三日後、マリアさんのチームと連携して公開します。国際仲裁機関の会合の直前というタイミングです」
「効果的な時期を選んでくれたんだな」
蓮は言った。
「向こうも交渉を有利に進めたいはずです」
エマは答えた。
映像の公開まであと数日が迫っていた。世界がどう反応するか、誰にもまだわからなかった。
---
第69話 完




