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「ジオフロントの選択」

証拠を送った翌々日灰色のコートの女から連絡が入った。


「会って話したい」


短い文面だった。


「場所は前と同じ廃駅」


蓮は端末を全員に見せた。


「今度は何の用件だろうな」


クロが腕を組んだ。


「向こうも状況の変化に対応しているはずだ」


ローレンが言った。


「一人では行かせない」


蓮は頷いた。


「クロとエマを連れていく」


ジェイクが端末を操作した。


「通信は開けておく。何かあればすぐに連絡してくれ」


「頼む」


蓮は短く答えた。


灯が心配そうに蓮を見つめた。


「気をつけてください」


「大丈夫だ」


蓮は彼女の頭に軽く手を置いた。


---


廃駅のホームには既に女が待っていた。護衛は連れていなかった。


「早いな」


蓮は言った。


「私も忙しい身でね」


女は淡々と答えた。


「単刀直入に言う。ジオフロントとして正式に国際仲裁機関の交渉を支持する」


「本当か」


クロが驚いたように聞いた。


「上層部の総意ではない」


女は続けた。


「だが企業の独占を終わらせるという目的は一致している。今は手を組む価値があると判断した」


エマが端末に記録を取りながら尋ねた。


「上層部というのは、どのような方々なのですか」


女はしばらく沈黙した。ホームに響く風の音だけが場を満たした。


「それは話せない」


彼女は静かに答えた。


「私の一存で明かせる情報ではない」


---


「一つ聞きたい」


蓮は切り出した。


「ゼノンは今どうしている」


女の表情が僅かに揺れた。


「彼は謹慎中だ。レイヤー・ゼロでの失態の責任を問われている」


「謹慎か」


蓮は意外そうに言った。


「彼はうちの組織の人間ではない。企業の保安部隊の所属だ」


女は補足した。


「だが今回の件で企業内部でも彼への風当たりは強くなっている」


「それは、また違う意味で厄介だな」


蓮は低く呟いた。ローレンならきっと同じことを言うだろうと思いながら。


エマが端末に何かを書き留めた。


「保安部隊内部での評価が下がっているということは、彼が単独で動く可能性も高まるということですね」


「その通りだ」


女は頷いた。


「組織の後ろ盾を失えば失うものも少なくなる。何をしでかすか読めなくなる」


クロが険しい表情を浮かべた。


「厄介な男が、もっと厄介になるということか」


「警戒しておいた方がいい」


女は静かに忠告した。


蓮は静かに頷いた。


「奴が追い詰められて何をするかわからない、ということか」


「その可能性は否定できない」


女は答えた。


---


「もう一つ伝えることがある」


女は続けた。


「国際仲裁機関の会合、ジオフロントとしても代表を送る予定だ」


「対等な立場で臨むということか」


蓮は聞いた。


「そうだ」


女は頷いた。


「私自身が代表を務めることになる」


「あなたが」


エマが少し驚いたように言った。


「意外か」


女は薄く笑った。


「これまで交渉役として動いてきたのは、そのための布石でもあった」


蓮は彼女を見つめた。


「随分と前から準備していたんだな」


「生き延びるためには、先を読む必要がある」


女は静かに答えた。


「お前たちと同じだ」


---


「三つ巴の構図から次の段階に進む時が来た。企業、知性体、そして我々。それぞれの利害を摺り合わせる必要がある」


エマが慎重に言葉を選んだ。


「ジオフロントの目的は、企業打倒だけではないと伺っています」


「知性体の暴走を防ぐことも目的の一つだ」


女は答えた。


「その点は変わらない。ただし今の知性体は暴走とは程遠い状態にあるようだが」


「彼女は誰も傷つけたいと思っていない」


蓮は静かに言った。


「そう願いたいものだな」


女は短く答えた。


彼女はホームの先を見つめた。列車の来ない線路が闇の奥へと続いていた。


「昔はここも人で賑わっていたそうだ」


女はぽつりと呟いた。


「東京隔離条約より前の話だがな」


「見てみたかったな」


蓮は静かに言った。


「そんな時代があったことすら、俺たちの世代は実感が湧かない」


「いつか取り戻せるかもしれない」


女は言った。


「今回の交渉が上手くいけばの話だが」


彼女はコートの襟を正した。


「では、また連絡する」


彼女は踵を返しホームの奥へと歩き去っていった。


---


会談を終え三人は隠れ家へ戻った。


「ゼノンが謹慎、か」


クロが呟いた。


「奴が大人しくしているとは思えない」


「同感だ」


蓮は答えた。


エマが端末に記録した会談内容を全員に共有した。読み終えた者から順に表情を引き締めていった。


タクマがその内容を読み込みながら口を開いた。


「ジオフロントが正式に交渉支持を表明したのは大きな進展です。国際仲裁機関の場でも発言力が増します」


「敵の敵は味方、とまではいかないが」


ローレンが言った。


「利害が一致する限りは頼れる相手ということだな」


クロが円卓に頬杖をついた。


「あの女、自分で代表を務めると言っていたな。相当な覚悟がいるはずだ」


「命懸けだろうな」


蓮は言った。


「表舞台に立てば当然狙われる立場になる」


エマが険しい表情で頷いた。


「私たちも、彼女の安全に配慮する必要があるかもしれません」


「向こうから頼まれてはいないが、頭には入れておこう」


蓮は答えた。


ミオが静かに考え込んでいた。


『ジオフロントの上層部、まだ何かを隠している気がします』


彼女は呟いた。


『敵意ではなく、慎重さから来るものだと思いますが』


彼女は自分の掌をじっと見つめた。


『知性体である私にも、まだ全てを見通せるわけではありません』


灯もその言葉に頷いた。


「みんな、それぞれの立場で必死に戦っているんですね」


「そういうことだ」


蓮は答えた。


灯は自分の手を見つめた。


「私も、もっとできることを探したいです」


「今は無理をするな」


蓮は答えた。


「お前の出番は、必ず来る」


灯は静かに頷いた。


「わかりました」


彼は端末に映る会合予定の日付を見つめた。残り日数は着実に減っていた。


タクマが会談の記録を読み返しながら口を開いた。


「ゼノンという男、俺も企業にいた頃に何度か名前を聞いたことがあります。優秀だが冷徹な男だと」


「知っているのか」


蓮が聞いた。


「詳しくは知りません。ただ保安部隊の中でも一目置かれる存在だったと聞いています」


タクマは記憶を辿るように言った。


「そういう男が追い詰められて何をするか、想像もつきません」


エマが端末に新たな項目を書き加えた。


「警戒レベルを一段階上げましょう。特に灯さんの護衛は厳重にする必要があります」


灯がその言葉に僅かに緊張した表情を見せた。


「私のために、みんなに負担をかけてしまいますね」


「負担じゃない」


蓮は答えた。


「お前を守ることは俺たちの選んだ戦いの一部だ」


灯は小さく頷いた。


「ありがとうございます」


新しい局面へと向かう足音が、確かに近づいてきていた。


---


第67話 完

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