「綻びの糸口」
深夜、ローレンの工房には端末の光だけが灯っていた。
エマとジェイクとタクマの三人が円卓を囲み資料を突き合わせていた。紙の資料と光る画面が重なり合って机を埋め尽くしていた。
「カインの発言に時系列の矛盾がある」
ジェイクが画面を指した。
「会見では装置の研究着手を三年前と言っていた。だがタクマの持っていた内部文書には五年前の時点で試作機の記録がある」
「本当か」
蓮が身を乗り出した。
「間違いない」
タクマが自分の端末を開いた。
「俺が入社する前の資料にも装置の初期設計図が残っていました。少なくとも二年は嘘をついていることになります」
エマが素早く記録を取った。
「これは大きな綻びです」
蓮は資料の日付を一つずつ指でなぞった。
「こんな単純な矛盾を見逃していたのか」
「相手も焦っていたんだろう」
ローレンが言った。
「急ごしらえの反論には粗が出るものだ」
彼女は画面を蓮に見せた。日付の一覧が並んでいる。矛盾は誰の目にも明らかだった。
「証拠として十分使えます」
蓮はしばらくその画面を見つめ続けた。
「これで少しは風向きが変わるかもしれない」
彼の声には確かな手応えがあった。
タクマも安堵の表情を浮かべた。
「俺の記憶が正しくて良かったです」
「よくやった」
ローレンが彼の肩に手を置いた。
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「検証機関についても妙な点がある」
ジェイクが続けた。
「カインが名前を挙げた専門機関を調べてみるとギガ・フロート社の関連会社だった」
「自作自演か」
クロが呆れたように言った。
「独立した第三者機関を装っているが実態は身内だ」
ジェイクは苦々しく言った。
「これも証拠として使える」
エマが端末に書き加えた。
「マリアさんのチームにこの二点をすぐに伝えましょう」
蓮は頷いた。
「タクマ他にも何か知っていることはないか」
「もう一つあります」
タクマは言葉を選びながら答えた。
「装置の予算の流れです。表向きは研究開発費として計上されていますが実際には別の名目で秘密裏に動いていた資金があります」
「金の流れは嘘をつかない」
ローレンが低く言った。
「そこを突けば言い逃れは難しくなる」
タクマは資金の流れを記した図を広げた。複数の子会社を経由して最終的に装置の建造費に流れ込んでいる構造が見て取れた。
「複雑に隠すほど不自然さが際立ちます」
エマがその図を撮影しながら言った。
クロが円卓の隅で腕を組んでいた。
「俺には難しい話だが要するに奴は嘘まみれということだな」
「端的に言えばそうだ」
ジェイクが答えた。
「感覚的な理解でも構わない。大事なのは事実として証明できることだ」
クロは肩をすくめた。
「戦い方が変わっても俺の役目は変わらない。守るべきものを守るだけだ」
「頼りにしている」
蓮は短く答えた。
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灯がミオと共に部屋に入ってきた。
「何か進展がありましたか」
「大きな綻びを見つけた」
蓮は答えた。
「カインの嘘が少しずつ剥がれてきている」
灯の表情が明るくなった。
「良かった」
『でも油断はできません』
ミオが言葉を継いだ。
『向こうもこれくらいの反撃は予測しているはずです』
「その通りだ」
蓮は頷いた。
「一つの綻びだけで世論が完全に戻るわけじゃない」
エマが資料をまとめながら言った。
「今夜のうちにリチャードを通してマリアさんのチームに送ります。専門家の検証があれば説得力が増すはずです」
「頼む」
蓮は短く答えた。
灯は円卓の資料を見つめた。
「私にも手伝えることがあれば言ってください」
「今は休んでいてくれ」
蓮は答えた。
「お前の役目はまた別のところで必要になる」
灯は少し不満そうな顔をしたが小さく頷いた。
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翌日、ライアンが息を切らして駆け込んできた。
「見てくれ世論の数字が動き始めている」
彼はホログラム端末を掲げた。
「五十パーセントだった疑念が五十五パーセントまで戻った」
「まだ完全じゃないが良い兆候だな」
クロが言った。
「専門家の分析結果が出始めているようです」
エマが端末を確認しながら言った。
「独立系のメディアが企業の検証機関の身元を暴露する記事を出しています」
「効果が出てきたか」
蓮は険しい表情を僅かに緩めた。
タクマが安堵の息を吐いた。
「俺の情報が少しは役に立ったということですね」
「少しどころじゃない」
ローレンが彼の肩を叩いた。
「大きな一手だった」
タクマは照れくさそうに頭を掻いた。
「まだ返し切れていない罪ですが少しずつでも償っていきたいです」
「その気持ちがあれば十分だ」
蓮は答えた。
ライアンが端末をさらに操作した。
「サラの記事も反響を呼んでいる。彼女は独自の情報網から検証機関の実態を裏付ける証言も集めていた」
「頼りになる人だな」
蓮は呟いた。
ミオが端末の数字をじっと見つめていた。
『世論というものは不思議です』
彼女は呟いた。
『同じ事実でも伝え方一つで受け取られ方が全く変わります』
「言葉の戦いというのは案外奥が深いんだな」
クロが感心したように言った。
灯もその隣で頷いた。
「私も少しずつ理解できてきた気がします。ただ真実を伝えるだけでは足りない。信じてもらう工夫が必要なんですね」
「その通りだ」
エマが答えた。
「事実と伝え方の両方が揃って初めて人の心は動きます」
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その夜、蓮はタクマと二人で工房の外に出ていた。
深層の岩盤が仄かに発光する結晶の光に照らされていた。
「なぜ俺を信用してくれるんですか」
タクマがふと尋ねた。
「一度は裏切った人間なのに」
蓮はしばらく考えてから答えた。
「行動で示せば信用は積み上がっていく。それだけだ」
「単純ですね」
タクマは小さく笑った。
「単純な方が間違えにくい」
蓮は答えた。
「複雑に考えすぎると大事なことを見失う」
タクマは夜のない深層の天井を見上げた。
「妹に、いつか胸を張って会いたいです」
「その日は近いはずだ」
蓮は静かに言った。
「サキが妹の様子を定期的に知らせてくれている。元気に過ごしているそうだ」
「本当ですか」
タクマの声が僅かに震えた。
「本当だ」
蓮は頷いた。
二人はしばらく無言のまま立っていた。
工房の中からローレンの声が響いた。
「二人ともそろそろ戻ってきてくれ。もう一つ確認したいことがある」
「すぐ行く」
蓮は答えた。
戻ると円卓にはさらに厚みを増した資料が積まれていた。
「装置の建造に使われた資材の出所も辿れそうだ」
ジェイクが言った。
「深層の希少鉱石が違法に採掘されていた形跡がある。これも新たな追及材料になる」
「一つ見つかれば芋づる式に出てくるものだな」
クロが呟いた。
エマが全ての資料を丁寧に整理しながら言った。
「明日の朝一番でマリアさんのチームに送ります。時間との勝負ですから」
「頼む」
蓮は頷いた。
灯が窓の外に広がる深層の暗がりを見つめた。
「少しずつですが確実に前に進んでいる気がします」
『はい』
ミオが静かに答えた。
『一歩ずつでも積み重ねれば必ず届きます』
証拠という新しい武器を手にして戦いは静かに次の局面へと進みつつあった。
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第66話 完




