「カインの声明」
翌朝、ホログラム端末が一斉に緊急速報を告げた。けたたましい通知音が隠れ家全体に響き渡った。
「ギガ・フロート社、緊急記者会見」
サキが画面を起動した。全員が息を潜めて画面を見守った。
映し出されたのはカインだった。落ち着いた表情でカメラの前に立っていた。背後に企業のロゴが大きく掲げられている。会場には多数の記者が詰めかけていた。
「昨日配信された映像について、当社の見解を述べる」
彼の声は以前と変わらず冷静だった。まるで何も動じていないかのようだった。
「あの映像はテロリスト集団による悪質な捏造だ」
蓮はその姿を険しい目で見つめた。
「相変わらず、堂々と嘘をつく男だ」
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「工藤蓮という男は企業への攻撃を目的とする指名手配中の犯罪者だ」
カインは続けた。彼の声には一切の揺らぎがなかった。
「彼らが深層の技術を使い精巧な偽映像を作成した可能性が高い。当社は専門機関に真偽の検証を依頼している」
サキが端末の音量を上げた。
「静かに。最後まで聞きましょう」
会見場がざわめいた。記者の一人が手を挙げた。
「では地下知性体の存在自体を否定するのですか」
「その質問には答えられない」
カインは表情を変えずに言った。
「機密事項に関わる」
別の記者が続けて質問した。
「藤原灯氏という人物は実在するのですか」
「その点についても、現在調査中だ」
カインは淀みなく答えた。
「証拠は」
さらに別の記者が身を乗り出して尋ねた。会場の空気が張り詰めた。
「これから提出する」
カインは微笑んだ。
「世論の混乱を心からお詫びする。我々は常に透明性を大切にしてきた企業だ」
蓮は拳を握りしめた。
「よくそんな嘘が言えるものだ」
「相変わらず、堂々としたものだな」
クロが忌々しげに言った。
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「世論の数字が揺れている」
ライアンが別の端末を確認しながら言った。
「七十パーセントの疑念が五十パーセントまで下がった」
「そんな……」
灯が愕然とした。彼女の手が微かに震えていた。
「あれだけの証拠があったのに」
『言葉には言葉で対抗できます』
ミオが静かに言った。
『でもそれには時間がかかります』
エマは険しい表情で端末を操作していた。
「リチャードから連絡です」
彼女は画面を見て言った。
「マリア氏が独自に専門家チームを招集し、映像の真正性を検証するそうです」
「時間との勝負だな」
蓮が低く言った。
タクマが端末を覗き込んだ。
「企業の会見用の想定問答集を見たことがあります。今回の反論も、恐らく事前に準備されていたものです」
「用意周到だな」
ジェイクが唸った。彼は端末を閉じ腕を組んだ。
「向こうにも情報戦の専門家がついている」
「対策は」
灯が尋ねた。
「まずは映像の信頼性を第三者に証明してもらうことだ」
エマが答えた。
「マリア氏のチームが動いてくれています。それに加えて、私たち自身も独自の記録を提出できます」
「独自の記録?」
灯が聞いた。
「これまで撮り続けてきた戦闘記録や音声データです」
エマは端末を開いた。
「編集されていない、生のデータとして提出すれば、捏造の疑いを晴らせるはずです」
「頼りになるな」
クロが感心したように言った。
「これが私の役目ですから」
エマは静かに答えた。
「一つずつ、事実を積み上げるしかない」
蓮は答えた。
「感情論では向こうに勝てない。数字と証拠で語る必要がある」
タクマが頷いた。
「企業の内部文書、俺が持っている限りの情報は全て提供します」
「頼む」
蓮は短く答えた。
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その日の午後、ローレンのもとに見知らぬ来客があった。
初老の男。上品なスーツを着ている。ジャンク・ギルドの幹部の一人だった。
「ラム評議員代表の使いだ」
男は名乗った。
「評議員代表から伝言がある」
「聞こう」
蓮が応じた。
「今回の騒動はギルドの一部にも波及している」
男は慎重に言葉を選んだ。
「企業との対決を望まない者たちがいる。彼らは静かに力を蓄えつつある」
蓮の目が細くなった。
「ギルドの裏で何かが動いているのか」
「私の口からはこれ以上言えない」
男は首を振った。
「だが注意した方がいい。全ての味方が本当に味方とは限らない」
「名前くらいは聞かせてくれないか」
蓮が食い下がった。
「それは、私の一存では決められない」
男は静かに答えた。
「評議員代表が、いずれ自ら話す時が来るでしょう」
ローレンが男に近づいた。
「一つだけ聞かせてくれ。ラム評議員代表は、俺たちの味方なのか敵なのか」
「どちらとも言えません」
男は正直に答えた。
「評議員代表自身も、ギルド内部の意見をまとめるのに苦労しています」
彼はそれだけ言うと去っていった。
蓮はしばらくその場に立ち尽くしていた。
「ラム評議員代表という人物、まだ会ったことがないな」
「噂では、慎重で読めない人物らしい」
ローレンが言った。
「ジャンク・ギルドをまとめ上げてきただけの手腕はあるはずだ」
「今回の一件、どちらに転ぶかまだわからないということか」
蓮は呟いた。
「注意しておくに越したことはない」
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「不穏な話だな」
クロが腕を組んだ。彼の表情には隠しきれない苛立ちが浮かんでいた。
『ジオフロントの内通者の件と似ています』
ミオが言った。
『どこにでも裏切りの種はあるのかもしれません』
蓮はしばらく考え込んだ。
「今は目の前のことに集中するしかない」
彼は顔を上げた。
「カインの声明への反論を準備しよう」
エマが頷いた。
「証拠固めは私たちの専門分野です」
タクマも進み出た。
「企業の内部文書について俺が知っていることがあります」
蓮は彼を見て頷いた。
「頼む」
灯がふと窓の外を見つめた。
「これから、もっと大変になりますね」
「ああ」
蓮は答えた。
「でも一つずつ、片付けていくしかない」
灯は小さく頷いた。
「私も、できることをやります」
ジェイクが端末を全員に配った。
「今夜のうちに、反論資料の骨子を固めておきたい。それぞれ持っている情報を出し合おう」
「賛成だ」
ローレンが答えた。
七人とタクマはそれぞれの持つ武器――言葉と証拠を静かに整え始めた。
夜が更けるまで、円卓での作業は続いた。
ローレンが手元の資料を整理しながら呟いた。
「情報戦は、初めての経験だが悪くない」
「意外だな。お前が政治向きの発言をするとは」
クロが冗談めかして言った。
「装置の設計図を読み解くのと、そう変わらない。筋道を立てれば理解できる」
ローレンは肩をすくめた。
タクマが自分のまとめた資料を蓮に手渡した。
「これが、俺の知る限りの企業内部の情報です」
蓮はそれに目を通した。
「十分だ。これだけあれば、マリアさんのチームも動きやすくなる」
「役に立てたなら、良かったです」
タクマは小さく安堵した。
灯がふと顔を上げた。
「カインさんは、本当に自分の嘘を信じているんでしょうか」
「どうだろうな」
蓮は答えた。
「信じているにしろ、いないにしろ、やることは変わらない」
『真実を、積み重ねていくだけです』
ミオが静かに言った。
灯はその言葉に頷いた。
「はい」
新しい戦いの輪郭が少しずつ明確になっていった。
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第65話 完




