「世界が知った日」
ゴーストタウンに戻った八人をライアンとサキが迎えた。二人の表情には安堵と緊張が入り混じっていた。
「見たぞ」
ライアンはホログラム端末を掲げた。彼の手は興奮のためか僅かに震えていた。
「藤原灯氏のインタビュー、そして浮遊居住区での戦闘記録。世界中のニュースが今、その話題で埋まっている」
彼は端末の画面を何度も切り替えて見せた。どのチャンネルも同じ話題一色だった。
灯は少し戸惑った顔をした。
「私の顔も映っているんですか」
灯は自分の頬に触れながら不安そうに聞いた。
「一部、加工されている」
エマが答えた。彼女は端末の映像を巻き戻して見せた。灯の顔の部分だけが柔らかくぼかされていた。
「あなたの安全を考えて、リチャードが顔認識を難しくする処理を施したそうです。でも証言の内容はそのまま配信されました」
サキがタクマに近づいた。
「あなたが噂の元ジオフロントの方ですね」
「はい」
タクマは緊張した面持ちで答えた。
「妹さんのことは私に任せてください」
サキは優しく言った。
「サナちゃん、でしたね。もう安全な場所に匿っています」
タクマの目に涙が浮かんだ。
「本当に、ありがとうございます」
「お礼はいりません」
サキは首を振った。
「困っている人を助けるのは当然のことです」
エマがサキに近づいた。
「保護施設の警備は万全ですか」
「二重三重に手を打っています」
サキは頷いた。
「企業に知られる心配はまずありません」
「安心しました」
エマは静かに息を吐いた。
「妹さんに会わせてもらえますか」
タクマが尋ねた。
「今は少し待ってください」
サキは静かに答えた。
「周囲の状況が落ち着くまで、慎重に動く必要があります」
「わかりました」
タクマは頷いた。
ライアンがタクマに向き直った。
「君の情報のおかげで、こちらも動きやすくなった。感謝している」
「いえ」
タクマは首を振った。
「俺は裏切り者でした。感謝される立場じゃありません」
「過去は過去だ」
ライアンは静かに言った。
「今、何をするかで人は測られる」
タクマはその言葉を噛み締めるように黙り込んだ。
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ライアンが端末を操作し別のニュース映像を映した。
「各国の報道機関も一斉に取り上げている。深層の存在自体が公然の話題になるのは初めてだ」
「反応は様々です」
サキが補足した。
「企業を非難する声もあれば、単なる陰謀論だと片付ける声もあります」
「予想通りだな」
蓮は呟いた。
「一夜で全員の意見が変わるわけじゃない」
サキがホログラムの視聴者コメントをスクロールさせた。
「企業の株価、暴落しているらしい」
「世論の数字は」
蓮が聞いた。
「七十パーセントが企業に疑念を持つようになった」
ライアンが答えた。
「一夜にして、逆転した」
蓮はその数字を静かに受け止めた。
長い時間をかけて積み上げてきたものがようやく形になった瞬間だった。
「カインは」
「沈黙している」
ライアンは首を振った。
「企業側からまだ公式なコメントは出ていない」
『沈黙は悪い兆候かもしれません』
ミオが低く言った。
『追い詰められた者は何をするか、わかりません』
「反撃の準備をしているだろうな」
ローレンが腕を組んだ。
「あの男が黙って終わりを受け入れるとは思えない」
蓮も同じ考えだった。
「油断はできない」
ジェイクが端末で株式市場の動向を追っていた。
「主要取引先も動揺しているようだ。企業の関連銘柄が軒並み下落している」
「経済的にも追い詰められているということか」
クロが言った。
「だからこそ、次の一手が読めない」
蓮は険しい表情で呟いた。
ミオが端末の画面を覗き込んだ。
『世論の反応、思ったより早く広がっています』
彼女は続けた。
『人々は真実を知りたがっていたんだと思います』
「知りたくても、知る手段がなかっただけだ」
ローレンが言った。
「今回それが与えられた。それだけのことだ」
サキが飲み物を配りながら口を挟んだ。
「これからは情報が武器になる時代です。皆さんの戦い方も変わっていくでしょう」
「望むところだ」
蓮は短く答えた。
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その夜、七人とタクマはローレンの工房でこれからのことを話し合った。
「世界が真実を知った」
蓮は円卓を見渡した。
「だがそれだけで全てが終わるわけじゃない」
「国際機関から正式な接触の打診が来ている」
エマが端末を確認しながら言った。
「地下知性体との、公式な対話の可能性について、話し合いたいそうです」
『対話……』
ミオが目を見開いた。
『それは和解への、大きな一歩です』
「だが慎重に進める必要がある」
ローレンが低く言った。
「企業も国際社会もすぐには信用できない」
蓮はしばらく考えてから口を開いた。
「一つずつ、確かめながら進むしかない」
彼は灯とミオを見た。
「お前たちがその橋渡しになる」
二人は互いを見て、静かに頷いた。
タクマが遠慮がちに口を開いた。
「俺にできることがあれば、何でも言ってください」
「頼りにしている」
蓮は答えた。
「お前の知識は、これからの交渉でも役に立つはずだ」
エマが記録用の端末を置いた。
「これからは戦いの形が変わります。武力ではなく、情報と言葉の戦いになる」
「私たちに、務まるでしょうか」
灯が不安そうに聞いた。
「務まるかどうかじゃない」
蓮は答えた。
「やるしかないんだ」
灯は小さく頷いた。
「はい」
クロが円卓に頬杖をついた。
「政治の話は苦手だ。だが今回ばかりは避けて通れなさそうだな」
「お前は戦闘に専念しろ」
蓮は言った。
「政治のことは俺とエマで考える」
「助かる」
クロは肩をすくめた。
ジェイクが端末を全員に見せた。
「明日、国際機関から正式な連絡が来るはずだ。心構えだけはしておこう」
「わかった」
ローレンが頷いた。
会議は夜遅くまで続いた。
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深夜、蓮は一人で工房の屋根に出ていた。
星のない、深層の岩盤の天井を見上げる。
「親父」
彼は低く呟いた。
「あんたの遺志は少しずつ、形になり始めている」
彼はふと自分の右目の下に触れた。古い傷跡が指先に触れる。
「まだ、あんたに聞きたいことは山ほどあるんだけどな」
背後に足音がした。
灯だった。
「兄さん」
「眠れないのか」
「はい」
彼女は隣に腰を下ろした。
「世界が変わり始めている実感がまだうまく掴めなくて」
蓮は頷いた。
「俺も同じだ」
「怖くはないんですか」
灯が尋ねた。
「怖いさ」
蓮は正直に答えた。
「でも怖いからといって、止まるわけにはいかない」
灯は小さく笑った。
「兄さんらしいです」
彼女はしばらく黙って夜空のない天井を見つめていた。
「私、ミオと一緒にいると、自分が何者なのか少しずつわかってくる気がします」
彼女はぽつりと言った。
「知性体の一部でもあり、藤原灯という一人の人間でもある。その両方を、これからも大切にしたいです」
「それでいい」
蓮は答えた。
「どちらも、お前という一人の人間の一部だ」
灯は微笑んだ。
「ありがとうございます」
彼女はふと蓮の顔を覗き込んだ。
「兄さんも、休んだ方がいいです。ずっと気を張り詰めていますから」
「お前もな」
蓮は苦笑した。
「似た者兄妹だな」
灯は小さく笑った。
「そうかもしれません」
二人はしばらく無言で天井を見上げていた。
新しい時代の、始まりがそこにあった。
だがその先にまだ多くの困難が待っていることを蓮は確信していた。
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第63話 完




