「扉の向こう」
ゼノンが去った後、八人は結晶の岩壁と向き合っていた。
「開き方がまだわからない」
ジェイクが岩壁の表面を計器で調べながら言った。彼は何度も角度を変えて計測を繰り返した。
「マナの反応はあるが、規則性が見えない」
「反応はある。だが鍵が見つからない」
『私が触れてみます』
ミオが進み出た。
彼女は両手を岩壁に当てた。
しばらく何も起こらなかった。
『……拒まれています』
ミオは静かに言った。彼女は手を岩壁に当てたまま目を閉じていた。
『私だけでは足りないようです』
彼女は手を離し自分の掌を見つめた。
「もう一度、試してみるか」
蓮が聞いた。
『いいえ』
ミオは首を振った。
『無理に押し通すことじゃない気がします。知性体には知性体の理由があるはずです』
彼女はしばらく岩壁を見つめた。
『信頼を得るには、力ずくじゃない何かが必要なのかもしれません』
「なぜだ」
クロが聞いた。
『知性体は、まだ人を完全には信じていないのかもしれません』
ミオは目を伏せた。
『長い間、裏切られ続けてきましたから』
「時間はどれくらい残っている」
蓮がジェイクに聞いた。
「ゼノンが増援を呼んでいるとすれば、そう長くはない」
ジェイクは計器を確認しながら答えた。
「急いだ方がいい」
ローレンが緊張した面持ちで言った。
タクマが岩壁を見上げた。
「企業は何十年もこれを探していました。もし見つかっていたら、今頃どうなっていたか」
「考えたくもない」
ローレンが低く言った。
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「私が試してみます」
灯が前に出た。彼女の声には迷いがなかった。
蓮は彼女を見た。
「危険かもしれない」
「わかっています」
灯はまっすぐ蓮を見返した。
「でも私にしかできないことなら、やらなければいけません」
彼女は岩壁にそっと手を触れた。冷たい岩の感触が指先に伝わった。
淡い光が彼女の指先から壁の内部へと広がっていった。
『……感じます』
灯が目を閉じた。彼女の呼吸が徐々に落ち着いていくのがわかった。
「何が」
「知性体の、記憶」
灯の声が震えた。
「これは……蓮さんとの、初めての記憶。まだ生まれたばかりの頃の――」
彼女は言葉を続けようとして一度息を止めた。
「痛みも、少し感じます」
「痛み?」
蓮が眉をひそめた。
「たくさんの人に、道具として扱われてきた痛みです」
灯は目を閉じたまま言った。
「壊されそうになった記憶も、混ざっています」
ミオが灯の隣に膝をついた。
『私にも伝わってきます』
彼女の声も微かに震えていた。
『これほど深い孤独だったとは、思いませんでした』
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彼女の脳裏に映像が流れ込んだ。
暗く、静かな場所。誰もいない、孤独な時間。
そこに初めて灯の意識の一部が触れた瞬間があった。まだ言葉を持たない、ただの共鳴として。
さらに映像は続いた。企業の研究者たちが結晶に電極を突き立てる光景。悲鳴にも似た波動が響く光景。長い長い年月、誰にも気づかれず孤独に耐え続けた記憶。
映像の中には、かつて蓮が幼い頃に感じた小さな共鳴の記憶も混ざっていた。誰にも言えなかった、不思議な安心感。それは知性体が初めて見つけた小さな光だった。
さらに映像は続いた。長い年月の間に知性体が見てきた、数え切れないほどの人間の営み。争い、裏切り、そして時折現れるわずかな優しさ。それら全てを記憶として抱え続けてきた孤独な意識。
灯はその重さに耐えるように奥歯を噛んだ。
「こんなに、たくさんのものを一人で抱えていたなんて」
彼女の声が涙で滲んだ。
タクマもその光景の一部を垣間見ていた。彼の表情が強張った。
「企業の研究記録で見たことがあります。でも、これほどのものだとは思っていませんでした」
彼は言葉を失ったまま立ち尽くした。
蓮も自分の胸の奥に、微かな痛みが響くのを感じていた。
「親父も、この存在に気づいていたのかもしれないな」
彼は低く呟いた。
『……ずっと一人だったんですね』
灯は涙ぐみながら呟いた。
ミオが彼女の隣に立った。
『私も同じものを感じました』
二人の少女の手が同時に岩壁へと重ねられた。
光が二倍に強まった。
『あなたはもう一人じゃありません』
灯が壁に向かって呼びかけた。
『私たちがここにいます』
岩壁の表面に亀裂のような模様が浮かび上がっていく。
「これは……」
ローレンが息を呑んだ。
模様は次第に扉の形へと変わっていった。
蓮はその光景を息を詰めて見守っていた。彼の脳裏にも幼い頃の記憶が微かに蘇っていた。暗闇の中で感じた、名前のない優しさ。
「あの頃から、ずっと繋がっていたのか」
彼は小さく呟いた。
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轟音とともに岩壁の中央が内側へと開いていった。
奥から圧倒的な光が溢れ出してきた。
「これがレイヤー・ゼロ……」
クロが低く呟いた。
蓮は目を細めながら、光の奥を見つめた。
巨大な空間がそこに広がっていた。中央に途方もない大きさのアテロイド結晶が脈打つように光っていた。空間全体が生き物の内部のように微かに震えていた。
『あれが……知性体の、本体です』
ミオが震える声で言った。
『ようやく辿り着きました』
灯はその光景に言葉を失っていた。
タクマが息を呑んだ。
「企業が何十年も探し続けていたものが、こんなに……」
彼は言葉を失った。
エマが震える手で端末を構えた。
「これは、絶対に記録しなければ」
彼女の声には抑えきれない感動があった。
ジェイクも空間の規模を計器で測りながら唸った。
「マナ濃度、これまでの計測値の何十倍もある」
灯は結晶の光に照らされながらゆっくりと歩を進めた。
「近づくほど、声が聞こえる気がします」
「声?」
蓮が聞いた。
「言葉じゃありません。もっと単純な、何かを求める気配です」
灯は結晶を見上げた。
『私にも感じます』
ミオが隣に並んだ。
『長い間求め続けていたものが、すぐそこにあります』
クロが空間の壁を見回した。
「こんな場所が、企業の目の届かないところにずっとあったのか」
「だからこそ、守られてきたんだろう」
ローレンが答えた。
八人はしばらくその場に立ち尽くしていた。
これまでの旅の全てがこの瞬間へと繋がっていた。
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灯が涙を拭い立ち上がった。
「行きましょう」
彼女はミオの手を強く握った。
「行こう」
蓮は静かに言った。
「ここまで来て、立ち止まる理由はない」
『はい』
ミオが頷いた。
灯も蓮の隣で深く息を吸った。
「行きます」
エマが端末を掲げ光景を記録した。
「これは、必ず記録に残さなければ」
彼女の声には確かな使命感があった。
タクマが自分の胸に手を当てた。
「俺も、最後まで見届けたいです」
「一緒に来い」
蓮は短く言った。
八人は光の中へと足を踏み入れた。
その瞬間――
背後の通路から複数の足音が響いてきた。
「まだ終わっていないぞ」
聞き覚えのある声。
ゼノンが増援を連れて、戻ってきていた。
「レイヤー・ゼロの中には絶対に入れさせない」
彼の目にこれまでにない、鋭い決意があった。
蓮は振り返り彼を見据えた。
「往生際が悪いな」
「これは意地の問題だ」
ゼノンは静かに言った。
「俺にも、負けられない理由がある」
「それを聞かせる気はないんだろう」
蓮は問いかけた。
「今はまだ」
ゼノンは短く答えた。
彼の背後に並ぶ保安隊員の数は先ほどより明らかに多かった。
「本気で止めるつもりらしい」
クロが低く言った。
新たな戦いの、最終局面が始まろうとしていた。
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第61話 完




