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「監視拠点」

第九十五層に差しかかった頃ジェイクが足を止めた。


「待て。前方に人工的な光がある」


蓮は目を凝らした。


岩壁の奥に金属製の構造物が見えた。企業のマークが刻まれている。


「監視拠点か」


蓮は低く言った。彼は双眼鏡代わりの端末で拠点全体をゆっくりと確認した。出入り口は一つしか見当たらない。


「ここまで企業の手が伸びているとはな」


ローレンが眉をひそめた。


「レイヤー・ゼロに近づく者を見張っているんだろう」


『中に複数の反応があります』


ミオが囁いた。


『マナ波形はシチズンのもの。企業の警備隊です』


「人数は」


蓮が聞いた。


『四から五人ほどかと』


ミオは目を閉じ集中した。


『交代要員が別にいる可能性もあります』


エマが望遠レンズで拠点の外観を確認した。


「通信用のアンテナが屋上に見えます。本社と直接繋がっているはずです」


「情報を得るには、丁度いい場所だな」


蓮は呟いた。


灯が拠点を見つめながら小さく震えた。


「あそこに入るんですか」


「怖いか」


蓮が聞いた。


「少しだけ」


灯は正直に答えた。


「でも兄さんと一緒なら大丈夫です」


---


「どうする」


クロが聞いた。


「正面から叩き潰すという手もあるが」


ジェイクが言った。


「向こうの通信網を使われて本社に情報が流れれば厄介だ」


「それは避けたい」


蓮は頷いた。


「正面突破は避けたい」


蓮は考えながら答えた。


「情報だけ盗む」


「俺とクロで忍び込む」


蓮は続けた。


「他はここで待機してくれ」


「私も行きます」


灯が言った。


「装置に関することなら私にもわかることがあるかもしれません」


蓮は少し迷ってから頷いた。


「わかった。だが俺の指示には必ず従え」


「はい」


エマが心配そうに口を挟んだ。


「危険を感じたら、すぐに引き返してください」


「わかっている」


蓮は頷いた。


「無理はしない。それが約束だ」


「三人で危なくないか」


ローレンが心配そうに言った。


「音を立てず動く分には人数が少ない方がいい」


蓮は答えた。彼はローレンの肩を軽く叩いた。


「何かあれば頼む」


「何かあれば端末で合図する。すぐに来てくれ」


「わかった。備えておく」


ジェイクが端末を操作し周波数を合わせた。


「通信は常時傍受しておく。異常があればすぐわかる」


彼は小型の受信機を蓮に手渡した。


「これを耳に付けておけ」


「助かる」


蓮はそれを受け取った。


三人は拠点の裏手へと回り込んだ。


残った四人は岩陰に身を潜め息を殺して待った。


「無事に戻ってくるといいが」


エマが小さく呟いた。


「あいつは、こういうのに慣れている」


ローレンが端末の画面を見つめながら答えた。


---


換気口から中に入ると、そこは狭い制御室だった。


無人だった。壁一面にホログラム端末が並んでいる。空調の低い唸りだけが響いていた。


灯が端末の一つを操作した。


「これは……装置の稼働ログです」


彼女は画面を読み進めた。


「本稼働の予定は三日後」


「三日……」


蓮の表情が引き締まった。


「エールの予測より早い」


「もう一つ」


灯が続けた。


「装置の起動にはレイヤー・ゼロの座標だけじゃなく私の生体データが直接必要みたいです」


「直接か」


クロが低く唸った。


「つまり奴らはお前を確保するつもりでいる」


灯は画面をさらにスクロールした。


「生体データの取得方法についても記載があります」


彼女の声が微かに震えた。


「強制的な採取手段も想定されているようです」


蓮は歯を噛みしめた。


「そんなことはさせない」


クロが別の端末を操作した。


「こっちにも何かある」


彼は画面を覗き込んだ。


「ジオフロントの動向についての監視報告だ。奴らも敵として警戒されている」


「三つ巴、というわけか」


蓮は呟いた。


「別のログもあります」


灯は続けた。


「ここの警備隊の巡回スケジュール。三十分おきに交代しています」


「使えるな」


クロが端末の内容を写し取った。


ジェイクも外の物陰から小声で状況を確認してきた。


「まだ動きはない。このまま続けてくれ」


「了解した」


蓮は短く答えた。


灯はさらに別の画面を開いた。


「これは……レイヤー・プリーストに関する報告書です」


彼女は眉をひそめた。


「企業も、彼らの動きを注視しているようです」


「敵の敵は必ずしも味方じゃない、ということだな」


クロが低く言った。


灯は制御室の奥にある小さな扉に気づいた。


「あそこ、休憩室のようです」


彼女はそっと扉を開けた。


中には簡素な寝台と私物が並んでいた。壁には小さな写真が貼られている。若い隊員と、その家族らしき人々が写っていた。


「この人も、誰かの家族なんですね」


灯は写真を見つめた。


「敵にも生活がある」


蓮は静かに言った。


「だからといって、手を緩めるわけにはいかないが」


クロが棚の中を漁った。


「これは……装備品の在庫リストだ。次の巡回強化の予定も書いてある」


彼は素早く内容を記憶した。


「明日から警備が倍になるらしい。今日のうちに情報を取れて幸いだった」


その時――


廊下の奥から足音が近づいてきた。


「隠れろ」


蓮が囁いた。


三人は機材の陰に身を潜めた。


---


保安隊員が二人、制御室に入ってきた。


「異常はないな」


「ああ。定時報告、送っておく」


一人がホログラム端末を操作した。


「本社から催促が来てる。装置の準備状況を細かく報告しろとさ」


「面倒だな」


もう一人が肩をすくめた。


「上の連中は現場のことを何もわかっていない」


「灯とかいう娘、まだ捕まっていないんだろう」


「らしいな。奥のチームが追っているそうだ」


「見つけたら手柄になるぞ」


「その前に俺たちの交代時間が来る方が先だろう」


二人は軽く笑い合った。


蓮は物陰で灯の肩に手を置いた。彼女の体が微かに強張っていた。


大丈夫だ、と目で伝えた。


灯は小さく頷いた。


彼らは端末を軽く確認しただけですぐに部屋を出ていった。


蓮は長く息を吐いた。


「行くぞ。今のうちに」


三人は来た道を戻り拠点の外へと抜け出した。


---


仲間たちのもとへ戻ると蓮は得た情報を全員に共有した。


「三日後、本稼働。灯の生体データが鍵として直接使われる。強制的な採取も想定されているらしい」


『時間が思ったよりありません』


ミオが険しい表情で言った。


「急ぐしかない」


蓮は拠点の光を振り返った。


「レイヤー・ゼロまで、あとどれくらいだ」


「座標通りなら二日」


ジェイクが答えた。


「ぎりぎりだな」


蓮は拳を握った。


「灯」


彼は妹に向き直った。


「怖いか」


「少し」


灯は正直に答えた。


「でも兄さんたちがいます」


「ああ。絶対に奪わせない」


蓮は静かに、だが強く言った。


エマが端末に得た情報を整理していた。


「ジオフロントも企業に警戒されているようです。三つ巴の構図がより鮮明になっています」


「誰が味方で誰が敵か、単純には言えない状況だな」


ローレンが腕を組んだ。


「今はレイヤー・ゼロを目指すことだけを考えよう」


蓮は言った。


「他のことは、その後で考えればいい」


クロが得た警備強化の情報も付け加えた。


「明日から巡回が倍になるらしい。今夜のうちに、できるだけ距離を稼いだ方がいい」


「休憩室で見た写真のことも、忘れられないな」


彼はぽつりと言った。


「敵側にも家族を思う人間がいる。それでも俺たちは戦うしかない」


灯はその言葉を静かに聞いていた。


「悲しいことですね」


「悲しくても、止まるわけにはいかない」


蓮は言った。


「俺たちが止まれば、灯が奪われる。それだけは避けなければいけない」


ミオが灯の手をそっと握った。


『大丈夫です。私たちがついています』


灯は小さく頷いた。


七人は監視拠点の光を背に再び深層の奥へと歩き出した。


背後で拠点の光が次第に小さくなっていった。


---


第58話 完

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