「地割れの道」
翌朝七人は再び歩き出した。
道は次第に険しくなっていった。地面のあちこちに亀裂が走り岩肌からは熱風が吹き上げていた。硫黄に似た臭いが鼻を刺した。
「地熱、上昇中」
ジェイクが計器を見ながら言った。彼は額の汗を拭いながら数値を読み上げた。
「このままの上昇率だと、あと半日でかなり危険な領域に入る」
「装置の影響が、ここまで及んでいるのか」
「たぶんな」
蓮は先頭を歩きながら答えた。
「気をつけて進め。足元が崩れやすい」
灯が慎重に岩を踏みしめた。
「昔はこんなに荒れていなかったんですか」
「ここまでは酷くなかった」
ローレンが低く言った。
「知性体の目覚めが深層そのものを変えつつある」
エマが端末で周囲の映像を記録しながら呟いた。
「地質データを見る限り、この一帯は数日前まで安定していました。変化の速度が異常です」
「装置が動くたびに、深層が悲鳴を上げているようなものだ」
クロが岩壁を見上げて言った。
灯は自分の足元を見つめた。
「私の生体データが、あの装置の鍵になるかもしれないと聞きました。そのせいで、こんなことになっているんでしょうか」
「お前のせいじゃない」
蓮は振り返らずに答えた。
「悪いのはそれを利用しようとしている連中だ」
---
一行はやがて幅の狭い谷を渡る必要に迫られた。
「橋になりそうなものがない」
ジェイクが谷底を覗き込んで言った。深さは目測でも五十メートルを超えていた。
「ワイヤーを張る」
クロが即座に提案した。
彼は岩の突起にワイヤーを固定し対岸へと渡した。
「一人ずつ渡ってくれ。俺が支える」
「危なくないですか」
灯が心配そうに聞いた。
「これくらい慣れたものだ」
クロは笑って見せた。
一人ずつ慎重にワイヤーを伝って対岸へ渡っていった。灯の番になった時、彼女の足がわずかに滑った。
「!」
クロがすぐにワイヤーを引き支えた。
「大丈夫か」
「はい……ありがとうございます」
灯は息を整えながら答えた。
全員が無事に谷を渡り終えた。
---
一行が細い橋のような岩棚を渡っていた時だった。
足元の岩が突然崩れた。
「!」
灯の体が傾いだ。
クロが即座にワイヤーを撃ち込み彼女の体を支えた。
「危ないところだった」
クロは灯を引き上げながら言った。
「ありがとうございます」
灯は息を切らしながら答えた。
「油断するな」
蓮は後方から声をかけた。
「この先はもっと不安定になる」
一行は慎重に歩調を落とした。ミオが先に立ち周囲のマナの流れを探った。
『この辺りは特に危険です』
彼女は足元を指した。
『地面の下に空洞があります』
その時地割れの奥から低い唸り声が響いた。
「何か来るぞ」
蓮が身構えた。
岩肌を割って巨大な影が姿を現した。
全身に棘を持つ四足歩行の生物。赤く発光する目が六つ並んでいた。体長は蓮の背丈の三倍近くあった。
「棘の生物か」
クロの声に緊張が走った。
「マナを直接吸収する種だ。前に俺が痛い目を見た相手」
クロは古傷に触れるように腕をさすった。
「詳しく」
エマが聞いた。
「棘の一本一本が針みたいなものだ。刺されるとマナを吸われる。抵抗力が落ちれば長くは戦えない」
「以前は、どうやって切り抜けたんですか」
灯が尋ねた。
「運が良かっただけだ」
クロは苦笑いした。
「今回はそうもいかないだろうがな」
---
「戦い方は」
エマが重ねて聞いた。
「眼を狙う。あとは近づかせないことだ」
クロはワイヤーグローブを構えた。
生物が咆哮し突進してきた。
蓮がパイルバンカーを構え進路上の岩を撃ち抜いた。落石が生物の足を止める。
その隙にクロがワイヤーを放った。糸が生物の眼球の一つを捉える。
「一つ!」
「まだ五つある」
蓮は冷静に言った。
ジェイクの電磁パルスが生物の感覚器を乱した。エマがスタン・デバイスを放ち閃光で視界を奪う。
生物は怯みながらも体をよじり尾を振り回した。棘が飛散し岩壁に突き刺さった。
「伏せろ!」
ローレンが叫んだ。
全員が姿勢を低くした。棘が頭上を掠めていった。
灯が両手を広げた。
『合わせます』
ミオが応じた。
灯とミオの共鳴で生まれたマナ場が生物の攻撃を弱め仲間たちの動きを助けた。生物の棘が空中で軌道を逸れ岩壁に逸れて刺さった。
「効いてる」
クロが声を上げた。
生物はなおも暴れ続けた。地面が激しく揺れ亀裂がさらに広がっていく。
「これ以上、地割れが広がると足場が持たない」
ローレンが叫んだ。
「今だ!」
蓮とクロが同時に踏み込んだ。
パイルバンカーの一撃が生物の脚の関節を捉える。ワイヤーが残りの眼を絡め取った。
生物は大きく体勢を崩し地割れの奥へと転がり落ちていった。轟音が谷底から響き徐々に静まっていった。
殺さず退けた。
---
「みんな無事か」
蓮が全員を見渡した。
「問題ない」
ジェイクが答えた。
「かすり傷程度だ」
彼は自分の肩口を軽く叩いた。棘が掠めた跡が黒く焼け焦げていた。
「痕が残るぞ、それ」
クロが指摘した。
「勲章代わりだ」
ジェイクは短く答えた。
ローレンが応急処置の道具を取り出した。
「見せてみろ」
彼はジェイクの肩口を手早く手当てした。
「これで感染の心配はない」
「助かる」
ジェイクは短く礼を言った。
灯はまだ肩で息をしていたが表情には確かな充実感があった。
「今の、うまくいきましたね」
「ああ」
ミオが頷いた。
『二回目は少し楽でした』
「慣れてきたということか」
ローレンが言った。
「悪くない兆候だ」
エマが端末に記録を残しながら言った。
「戦闘データとして貴重です。二人の共鳴パターンには明確な再現性があります」
「学者みたいな言い方だな」
クロが笑った。
「記録者ですから」
エマは静かに返した。
蓮は割れた地面の先を見据えた。
「先を急ごう。地割れが、これ以上広がる前に」
歩き出してすぐ、ローレンが岩壁の一角で足を止めた。
「これを見てくれ」
彼が指し示した先には奇妙な文様が刻まれていた。人工的なものではなく自然に浮かび上がったような模様だった。
「レイヤー・プリーストの記録にあった印に似ている」
ローレンは眉を寄せた。
「連携が始まってから、こういう痕跡があちこちに現れているらしい」
『知性体が目覚めたことと関係があるのかもしれません』
ミオが呟いた。
「詳しいことは向こうに聞くしかなさそうだな」
蓮は文様を一瞥して先を促した。
七人は慎重に歩みを進めた。
しばらく進むと道はやや緩やかになり岩肌の熱も落ち着いてきた。
「ここまで来れば、少しは安全か」
クロが額の汗を拭った。
「油断は禁物だ」
蓮は答えた。
「装置が動いている限り、この深層全体が不安定なままだ」
ジェイクが計器を確認した。
「地熱の数値、わずかに下がってきている。この先は比較的落ち着いているようだ」
「助かる」
ローレンが息を吐いた。
道の途中、灯がふと足を止めミオを見た。
「さっきの共鳴、力の流れがはっきり見えました」
『私もです』
ミオが頷いた。
『少しずつ、お互いの動きが読めるようになっています』
「まるで、一つの体みたいですね」
灯は微笑んだ。
エマがその様子を静かに記録していた。
「二人の関係性、いつか誰かに伝える時が来るかもしれません」
彼女は端末を仕舞いながら言った。
「怖くないですか。こんな力を持って生きていくことが」
灯がふと聞いた。
『怖くないと言えば嘘になります』
ミオは正直に答えた。
『でも一人じゃないから、前を向いていられます』
灯はその言葉に深く頷いた。
「私も、そうです」
先頭を歩く蓮が振り返った。
「話は後だ。まだ道のりは長い」
「はい」
灯とミオは声を揃えて答えた。
崩れゆく深層の奥に、進むべき道がまだ確かに続いていた。
---
第57話 完




