「休息の夜」
崩落の現場を離れた七人は比較的安定した空洞に野営を組んだ。岩肌から染み出す水音だけが静かに響いていた。天井の高さは見上げるほどあり奥には結晶質の岩が淡く光っていた。
ローレンが周囲の地形を点検して回った。
「ここなら急な崩落は起きにくい。壁の強度も十分だ」
彼は装備の点検も兼ねて全員のギアを確認した。
「パイルバンカーの油圧、少し弱ってきているな」
彼は蓮の装備を手に取り言った。
「明日までに調整しておく」
「頼む」
蓮は短く答えた。
ミオはローレンの毛布にくるまれ眠っていた。顔色は青白く呼吸も浅い。力を使い果たした反動は思ったより深かった。
「まだ目を覚まさないのか」
クロが心配そうに覗き込んだ。
「休ませてやれ」
蓮は焚き火に薪をくべながら答えた。
「無理をしたんだ。今は寝かせておくのが一番いい」
エマがミオの額に手を当て体温を確かめた。
「熱はありません。単純な消耗のようです」
彼女は医療キットを傍らに置いた。
「点滴の用意もしてあります。念のため」
「頼りになるな」
クロが小さく笑った。
「当然です」
エマは静かに答えた。
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灯はミオのそばに座り込んでいた。膝を抱え小さく体を丸めている。
「私のせいでしょうか」
「違う」
蓮は首を振った。
「お前が謝ることじゃない」
「でも私との共鳴で力が引き出されたと聞きました」
灯はうつむいた。
「もし私がいなければ、あんな無茶をしなくても」
「逆だ」
エマが静かに口を挟んだ。
「あなたがいたからミオは全員を守れました。それは誇っていいことです」
灯は顔を上げた。
「本当に、そう思いますか」
「思います」
エマは断言した。
「私はこれまで何度もあなたたちの戦いを記録してきました。今回ほど鮮やかな連携を見たことはありません」
灯の表情が少しだけ和らいだ。
ジェイクが機械腕の調整を続けながら小さく頷いた。
「エマの言う通りだ。数値でも見える。あの瞬間のマナ出力は異常な安定を保っていた」
彼は端末の画面を灯に見せた。波形のグラフが規則的な曲線を描いていた。
「暴走時の波形とはまるで違う。制御された力の使い方だ」
「数値で証明されると説得力がありますね」
クロが笑った。
「感覚だけじゃ信じられない人間もいるからな」
ジェイクは端末をしまった。
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しばらくしてミオがゆっくりと目を開けた。
「……あれ」
彼女は体を起こそうとして蓮に止められた。
「まだ寝てろ」
「大丈夫です」
ミオは小さく笑った。
「もう力は戻っています」
彼女はゆっくりと上体を起こし周囲を見渡した。
「みんな、無事ですか」
「お前のおかげでな」
蓮は短く答えた。
ミオは灯の方を見た。
『心配かけましたか』
「はい。とても」
灯は目を伏せた。
ミオは彼女の手を取った。
『さっきの力はあなたと繋がって初めて出せたものです。だから怖がらないでください』
灯はその手を握り返した。
「これからどうなっていくんでしょうか」
『わかりません』
ミオは正直に答えた。
『でも二人でなら、きっと乗り越えられます』
灯は小さく頷いた。
「はい」
『それに』
ミオは続けた。
『力を使うたび、少しずつ制御が上手くなっている気がします。最初は暴走しそうでした。今回は最後まで自分の意志で扱えました』
「それは良い兆候だ」
蓮が言った。
「反動も少しずつ軽くなるかもしれない」
『そう願っています』
ミオは自分の手のひらを見つめた。
『この力の正体、まだ半分もわかっていません。でも怖いとは思わなくなりました』
灯がその言葉に頷いた。
「私も同じです」
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夜が更けた頃ジェイクの端末が振動した。
「連絡だ」
彼は暗号を解読し画面を蓮に見せた。
「ジオフロントの女からだ」
文面は短かった。
「情報は正しかったか確認したい。次の接触場所を追って伝える。当面単独行動は控えろ」
「不穏だな」
ローレンが呟いた。
「向こうも内通者の件をまだ抱えているんだろう」
蓮は端末を見つめた。
「油断するなということだ」
「向こうの言い分も一理ある」
ジェイクが言った。
「情報が漏れていた以上、俺たちの動きも読まれていた可能性がある」
「今のところ痕跡はない」
クロが自分の装備を確認しながら言った。
「だが警戒するに越したことはない」
エマが端末に何かを打ち込んでいた。
「何を記録している」
クロが聞いた。
「今日までの記録です」
エマは手を止めずに答えた。
「いつか誰かがこの戦いの経緯を知りたがるかもしれません。その時のために、正確な記録を残しておきたいんです」
「記者らしいな」
クロが小さく笑った。
「これは記者としてじゃなく、一人の証人としての記録です」
エマは静かに言った。
ローレンが地図を広げた。古い紙の地図に手書きの書き込みが重ねられている。
「レイヤー・ゼロまでの道筋は、大きく分けて三つ」
彼は指で経路をなぞった。
「一番早いのはここ。だが監視拠点がある可能性が高い」
「他の二つは」
蓮が身を乗り出した。
「時間がかかる。だが安全性は高い」
ローレンは慎重に言葉を選んだ。
「装置の稼働まで、あとどれくらいの猶予がある」
「エールの予測なら、五日以内」
ジェイクが答えた。
「早い経路を選ぶしかなさそうだな」
クロが腕を組んだ。
「危険を承知の上でな」
蓮は地図を見つめた。
「監視拠点があるなら、避けるより先に叩く方がいい場合もある」
「情報を得られるかもしれないな」
ローレンが頷いた。
「明日、詳しく詰めよう」
蓮は地図を丸めた。
彼は焚き火の炎を見つめた。
炎の向こうに、これから進む道の険しさが透けて見える気がした。
「明日からは、より慎重に進む」
彼は全員に言った。
「誰か一人でも欠けたら、ここまで来た意味がなくなる」
「わかっている」
ローレンが頷いた。
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「兄さん」
灯が隣に座った。
「少し話してもいいですか」
「ああ」
「父のこと、もっと聞きたいです」
蓮は少し驚いた顔をした。
「今更か」
「今だからこそです」
灯は静かに言った。
「私は工藤の家の記憶を持たずに育ちました。でもあなたと一緒にいると少しずつ何かが繋がっていく気がします」
蓮はしばらく黙っていた。
「親父は不器用な男だった」
彼はぽつりと語り始めた。
「口数は少なかったが家族を守るためなら何でもした」
「例えば」
灯が尋ねた。
「俺が七つの頃、階層の落盤事故があった」
蓮は炎を見つめたまま続けた。
「親父は俺を庇って腕を折った。病院で医者に怒鳴られても、痛いとは一言も言わなかった」
灯はその言葉を一つ一つ大切に受け止めていた。
「他にも、覚えていることはありますか」
「一つある」
蓮は小さく笑った。
「親父は不器用な料理しか作れなかった。それでも毎晩必ず、俺のために飯を作ってくれた」
「どんな料理ですか」
「味付けの薄い、雑炊みたいなものだ」
蓮は懐かしそうに目を細めた。
「うまくはなかった。でも、あれ以上のものを食った記憶がない」
灯は微かに笑った。
「素敵な思い出ですね」
「その傷、腕にまだ残っているんですか」
「いや」
蓮は首を振った。
「親父の傷はもう見えない。でも俺の中には残っている」
灯はふと蓮の顔を見た。
「兄さんの、右目の下の傷も、その頃のものですか」
蓮の指が無意識に頬に触れた。
「……これは、また別の話だ」
彼は短く答えそれ以上語らなかった。
灯はそれ以上聞かなかった。
「いつか、聞かせてください」
「いつかな」
蓮は微かに笑った。
焚き火の炎が静かに揺れていた。
「兄さんは、これから先も戦い続けるんですか」
灯がふと尋ねた。
「終わるまではな」
蓮は答えた。
「終わりが来たら、どうしたいですか」
灯は続けて聞いた。
蓮はしばらく考えた。
「特に何も考えていない」
彼は正直に答えた。
「今はただ、目の前のことに全力を尽くすだけだ」
「私は」
灯は静かに言った。
「終わったら、兄さんとゆっくり話がしたいです。戦いのことじゃなく、もっと他愛のないことを」
「いいな、それも」
蓮は微かに笑った。
新しい戦場への一歩を前に七人は束の間の安らぎを分け合っていた。
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第56話 完




