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「目覚めの淵」

神殿を出て二日が過ぎた。


座標の絞り込まれた領域へ向かう道は、第九十層を越え、地下湖の外縁を回り込む険しい経路だった。


「あと三日か」


ジェイクが計器を確認しながら呟いた。


「急ごう」


蓮は先頭を歩きながら答えた。


灯の足取りは以前より確かになっていた。深層の環境にも少しずつ慣れ始めている。


だが周囲の様子は明らかに異常だった。


岩壁のひび割れが増えている。地熱が局所的に上昇している。深層生物の姿がほとんど見当たらない。


「生き物が逃げている」


クロが低く言った。


「何かから」


---


その時――


大地が大きく揺れた。


「!」


灯が体勢を崩した。


蓮が彼女を支えた。


天井から岩の破片が次々と落ちてくる。


「退避!」


ローレンが叫んだ。


七人は崩れる通路を必死に走った。


だが行く手を崩落した岩が塞いだ。


「戻れない……」


エマが息を切らした。


背後からも天井が崩れ始めていた。


『これは……』


ミオが目を見開いた。


『装置の試験稼働です。マナ・ネットワークが局所的に暴走しています』


「今か!」


蓮が歯を噛みしめた。


地面がさらに大きく揺れた。


岩盤の裂け目から赤く発光するマナの奔流が噴き出し始めた。


---


「みんな離れて!」


ミオが叫んだ。


彼女の薄紫の瞳が、これまでにない強さで輝き始めた。


『……聞こえます』


彼女は両手を広げた。


『知性体の悲鳴が』


その瞬間、ミオの体を光の奔流が包んだ。


彼女の輪郭が一瞬揺らいで見えた。人間の少女の姿と、もっと大きな何かが重なり合うように。


『私は管理者』


ミオの声が二重に響いた。


『この場所の暴走を鎮めます』


彼女が両手を地面に向けた。


暴れ狂うマナの奔流が彼女の意志に導かれるように収束していく。


崩れかけていた天井の岩が宙に浮いたまま静止した。


灯が息を呑んだ。


「これが、ミオさんの……」


『はい』


灯の隣で彼女の声が直接響いた。


『これが私の本当の役割』


---


数秒。それとも数分だったのか。


誰にも正確にはわからなかった。


やがて奔流が静かに収まっていった。


宙に浮いていた岩が、ゆっくりと地面に降ろされる。


ミオが崩れるように膝をついた。


「ミオ!」


蓮が駆け寄った。


「大丈夫か」


『……はい』


彼女は荒い息をつきながら頷いた。


『少し力を使いすぎました。でもみんなを守れました』


蓮は彼女をそっと抱き起こした。


「無茶をするな」


「無茶をしなければ全員生き埋めでした」


ミオは小さく笑った。


その笑みは以前よりも、どこか大人びて見えた。


---


「今のは本当にお前の力なのか」


ローレンが静かに聞いた。


『はい』


ミオは答えた。


『管理者権限の深い部分。今まで私はその一部しか使えていませんでした』


「なぜ今使えた」


『盟約の儀の影響かもしれません。それに――』


彼女は灯の方を見た。


『灯さんとの共鳴で、私自身の中の破片も活性化しているようです』


灯は驚いた顔で自分の手を見つめた。


「私がミオさんの力を引き出しているんですか」


『たぶんお互いに』


ミオは頷いた。


蓮は二人を見比べた。


新しい力。新しい繋がり。だがそれは同時に、新しい危険も意味していた。


「装置の試験稼働か」


彼は低く呟いた。


「思ったより時間がない」


七人は崩れた通路の先を見据えた。


道はまだ続いていた。


目覚めの淵に立つ者たちの旅は、終わりに近づきつつあった。


---


第55話 完


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