「不確かな同盟」
第七十八層の廃駅は崩落前の地下鉄の名残だった。
錆びたホーム。倒れた案内標識。割れたタイル。蓮はその中央に一人で立っていた。
外骨格は身につけていない。武器はパイルバンカー一挺のみ。丸腰に近い姿こそが交渉の前提だとジェイクが助言した。
足音が響いた。
ホームの奥から数人の人影が現れた。
先頭に立つのはフードの男ではなかった。小柄な女性だった。灰色のコート。片目に眼帯。もう片方の目は鋭く蓮を見据えていた。
「工藤蓮」
彼女は静かに言った。
「話には聞いていた。殺さない男」
「お前は」
「名乗るほどの者じゃない」
女は短く答えた。
「ジオフロントの交渉役とだけ思え」
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「単刀直入に聞く」
蓮は言った。
「お前たちの目的は」
「知性体の暴走を止めること」
女は即答した。
「それと企業の解体」
「二つは繋がっているのか」
「繋がっている」
女は頷いた。
「カインが装置を起動すれば知性体の意識は上書きされる。その瞬間、地下のマナ・ネットワークは制御を失う。地上も中層も深層もまとめて崩壊する」
蓮の呼吸が一瞬止まった。
「それは崩落の再来という意味か」
「もっと悪い」
女は低く言った。
「今度は誰も生き残れない規模になる」
沈黙がホームに落ちた。
「なぜその情報を俺に話す」
蓮は聞いた。
「お前たちが装置の起動を止める鍵を持っているからだ」
女は答えた。
「藤原灯。彼女の存在は、こちらにも伝わっている」
蓮の目が細くなった。
「彼女を狙う気か」
「いいや」
女は首を振った。
「彼女を守ることが俺たちの目的とも一致する。だから話をしに来た」
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「提案は」
蓮は促した。
「情報の共有と不可侵」
女は淡々と続けた。
「お前たちの動きを俺たちは邪魔しない。その代わり装置の在り処を掴んだら知らせろ」
「一方的な要求だな」
「対価はある」
女は懐から小さな端末を取り出した。
「これにレイヤー・ゼロへの部分的な座標データが入っている。俺たちが独自に調べたものだ」
蓮は端末を受け取った。
「なぜこれほどの情報を無償で渡す」
「無償じゃない」
女の声に初めて感情が滲んだ。
「俺たちの仲間が、この情報のために何人も死んだ。無駄にしたくないだけだ」
蓮はしばらく彼女を見つめた。
そこに嘘はないように見えた。
「わかった。受け取る」
「それでいい」
女は背を向けかけて足を止めた。
「一つ忠告しておく」
「なんだ」
「俺たちの中にも企業と裏で通じている者がいる」
彼女は振り返らずに言った。
「誰を信じるかはお前が決めろ」
彼女と部下たちはホームの闇へと消えていった。
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その言葉が蓮の中に重く残った。
内部に裏切り者がいる組織。信頼しきれない同盟。
だが今はそれでも前に進むしかなかった。
蓮は隠れた位置で待機していたエマとジェイクのもとへ戻った。
「どうだった」
エマが聞いた。
「情報を得た」
蓮は端末を掲げた。
「レイヤー・ゼロの部分的な座標。それと――厄介な忠告も一緒に」
「厄介な忠告?」
「内部に裏切り者がいるらしい」
ジェイクの表情が険しくなった。
「向こう側の話か。それとも――」
「わからない。だが警戒は緩められない」
蓮は端末をコートの内側にしまった。
「神殿へ急ごう。エールに、この座標を照合してもらう」
三人はゴーストタウンへの帰路を歩き出した。
頭上の岩盤に深層特有の淡い光が静かに揺れていた。
不確かな同盟が今確かに動き始めていた。
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第52話 完




