「三つ目の影」
朝のゴーストタウンに七人が集まっていた。
ローレンの工房、作業室の円卓。誰の顔にも昨夜の安堵はなく、代わりに張り詰めた集中があった。
「今日から動き方を変える」
蓮が口を開いた。
「知性体との和解を進めるにはレイヤー・ゼロへの道筋が要る。エールに案内を頼めるか」
『はい』
ミオが答えた。
『でもエールはまだ全てを話していません。カイン以外の勢力についても』
「なら直接神殿に向かう」
ローレンが言った。
「第八十二層まで丸一日の道のりだ」
ジェイクが地図を広げた。
「ルートは二つある。安全だが遠回りの道と近いが危険な道だ」
「危険な道とは」
エマが聞いた。
「深層と中層の境界域を通る」
ジェイクは地図の一点を指した。
「ジオフロントの活動域だ」
部屋の空気がわずかに引き締まった。
灯が小さく口を開いた。
「その組織は敵なんでしょうか」
「わからない」
蓮は正直に答えた。
「以前は俺を狩ろうとしていた。だが今は企業との対決を準備しているらしい」
「敵の敵か」
クロが呟いた。
「都合よく味方とは限らないけどな」
「近道を使う」
蓮は決めた。
「時間がない。危険は覚悟の上だ」
全員が頷いた。
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出発から半日が過ぎた頃だった。
通路の空気が変わった。
蓮が足を止めた。
「止まれ」
全員が動きを止める。
「気配がある」
蓮は周囲を見渡した。
「複数。こちらを観察している」
ジェイクが腕の計器を確認した。
「マナ反応、微弱。だが確かに存在する」
灯が緊張した面持ちで蓮の隣に寄った。
『私にも感じます』
ミオが低く言った。
『敵意はありません。でも警戒されています』
しばらくの沈黙の後、通路の先に人影が現れた。
フードを目深にかぶった長身の男。
蓮はその姿に見覚えがあった。
「お前は……」
「久しぶりだな。殺さない男」
男の声は以前と変わらず平坦だった。
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「テオの護衛をしていた男か」
蓮は低く言った。
「よく覚えている」
男はフードの下でわずかに笑ったようだった。
「あの時は観察が目的だった。今日も同じだ」
「ジオフロントの使いか」
「使いというより伝令だ」
男は答えた。
「お前たちが神殿へ向かっていることは把握している」
「見張っていたのか」
「この境界域は俺たちの領域だ」
男は静かに言った。
「誰が通っても把握する。それだけのことだ」
蓮は油断せず男を見据えた。
「用件は」
「企業との全面戦争が近い」
男は単刀直入に言った。
「お前たちが和解の道を探っているなら、俺たちの上層部は話を聞きたがっている」
「上層部……」
「詳細は俺には話せない」
男は首を振った。
「だが伝えることはできる。三日後、第七十八層の廃駅で代表者一人を寄越せ」
「なぜ俺たちと話す必要がある」
蓮は鋭く聞いた。
男は少し間を置いてから答えた。
「俺たちの目的は企業の打倒だけじゃない」
その声に初めて真剣な響きが混じった。
「知性体の完全な覚醒は、この街ごと全てを飲み込みかねない。それを俺たちは恐れている」
蓮の目が細くなった。
「お前たちも知性体のことを知っているのか」
「一部はな」
男は答えた。
「詳しくは上層部から聞け」
彼は背を向けた。
「三日後だ。来なければこの話はなかったことになる」
彼の姿は影の中へと静かに消えていった。
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しばらくの沈黙の後、ローレンが口を開いた。
「信用できるのか」
「わからない」
蓮は正直に答えた。
「だが無視はできない情報だ。知性体の覚醒を恐れているという点は俺たちと目的が重なる」
『罠の可能性は』
ミオが聞いた。
「ある」
蓮は頷いた。
「だから代表は一人。俺が行く」
「一人は危険すぎる」
エマが即座に反対した。
「せめて護衛を」
「いや」
蓮は首を振った。
「向こうが警戒するのは大人数だ。一人なら話し合いの席が開かれる可能性が高い」
全員がしばらく黙り込んだ。
「わかった」
やがてローレンが言った。
「だが周囲には俺たちが控える。何かあれば、すぐに動けるように」
「それでいい」
蓮は頷いた。
灯が彼を見つめた。
「兄さん」
「ん」
「気をつけてください」
蓮は小さく笑った。
「心配するな」
彼の視線は既に三日後の廃駅へと向けられていた。
新しい戦場が静かに姿を現し始めていた。
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第51話 完




