「約束の場所で」
ゴーストタウンの入り口には見張りの少年が立っていた。
蓮の顔を見るなり少年は目を見開いた。
「工藤さんだ! 戻ってきた!」
彼は集落の奥へと駆け出していった。
四人は中央広場へ向かって歩いた。廃ビル群の間を縫う見覚えのある道。
灯はあたりを見渡していた。
「ここが……深層の集落」
「ああ」
蓮は短く答えた。
「お前が一週間だけ暮らした場所だ」
灯の足が一瞬止まった。
だがすぐに、また歩き出した。
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中央広場に三つの人影があった。
銀白色の髪。ボーイッシュな少女。白髪の女性。
蓮の足が止まった。
「……ミオ」
『蓮さん』
ミオが振り返った。
薄紫の瞳が大きく見開かれる。
彼女は駆け出した。
蓮も歩み寄った。
二人は広場の中央で向き合った。
「遅くなった」
蓮が言った。
『いいえ』
ミオは首を振った。
『約束通りです』
「二週間後、必ず戻る。そう約束したな」
「今日でちょうど二週間だ」
クロが腕を組みながら近づいてきた。
「悪くないタイミングだ」
「クロ」
蓮は彼女を見た。
「傷は」
「もう治った。見ての通りだ」
クロは片腕を軽く振ってみせた。
ローレンが静かに歩み寄った。
「無事な顔を見られて何よりだ」
彼女は蓮の肩を軽く叩いた。
「透に恥じない旅をしてきたようだな」
蓮は小さく頷いた。
「まだ終わっていない」
「わかっている」
ローレンは頷いた。
「だが今日くらいは無事の帰還を喜んでもいいだろう」
クロが蓮の後ろに立つ灯に気づいた。
彼女はしばらく灯を眺めてから口を開いた。
「あんたが灯か」
「はい」
「クロだ。深層じゃ俺が案内人になる」
クロは腕を軽く組んだ。
「透さんとの約束でな。よろしく頼む」
灯は少し驚いた顔をした。
「父を知っているんですか」
「命の恩人だ」
クロは短く答えた。
「詳しい話はまた今度な」
灯は頷いた。
「はい。……よろしくお願いします」
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ミオの視線が蓮の後ろへと移った。
そこに灯が立っていた。
白衣の代わりに深層用の防寒着を着た彼女は、緊張した面持ちでその場に立ち尽くしていた。
「……初めまして」
灯が小さく口を開いた。
「工藤灯です」
ミオはしばらく彼女を見つめた。
そしてゆっくりと歩み寄った。
二人の距離が近づく。
その瞬間――
ミオの瞳が強く発光した。
灯の体の奥、あの破片が共鳴するように淡く光を返した。
「これは……」
灯が驚いた声を上げた。
『感じます』
ミオが囁くように言った。
『同じ根から来た光』
灯の目に涙が滲んだ。
「私はずっと独りだと思っていました」
彼女の声が震えた。
「家族の記憶もない。自分が何者かもわからなかった」
『もう独りじゃありません』
ミオは静かに、しかしはっきりと言った。
『私たちは同じものを抱えています。だから家族です』
その言葉に灯の涙が頬を伝った。
彼女は両手で顔を覆った。
蓮は、その光景を少し離れた場所から見守っていた。
胸の奥に、これまで感じたことのない温かい痛みがあった。
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その夜、ローレンの工房の食堂に全員が集まった。
蓮。ミオ。クロ。エマ。ジェイク。灯。そしてローレン。
七人が一つの円卓を囲むのは初めてのことだった。
「状況を整理しよう」
蓮が口を開いた。
「知性体は和解を望んでいる。条件は三つ。搾取の停止。マナ・ネットワークの制限。そしてカインの計画を止めること」
『はい』
ミオが続けた。
『カインの強制侵入装置は数日以内に起動兆候が確認されます。彼は灯さんをレイヤー・ゼロの防衛を無効化する鍵として利用しようとしています』
「私が拒めば防衛は無効化されない。そう聞きました」
灯が静かに言った。
「ですが意志だけでは長くは保たない、とも」
『そこは私が支えます』
ミオが灯の方を見た。
『共鳴を使えば、あなたの意志を外側から補強できるはずです。エールが、そう教えてくれました』
灯はミオを見つめた。
「よろしくお願いします」
『はい』
ミオは頷いた。
その表情には確かな決意があった。
「問題はカインが次にどう動くかだ」
ジェイクが言った。
「ゼノンは負傷している。だがそう長くは休まないだろう」
「それに」
ローレンが低く続けた。
「エールは、もう一つの勢力の存在を示唆していた。深層と中層の狭間で独自に動く者たちがいる、と」
「ジオフロントか」
蓮が呟いた。
「詳細はまだわからない。だが遠くないうちに、俺たちは彼らとも向き合うことになる」
部屋の空気が静かに引き締まった。
「敵は一つじゃない」
蓮は円卓を見渡した。
「だが俺たちも、もう一人じゃない」
彼の視線が一人一人に向けられた。
ミオ。クロ。エマ。ジェイク。ローレン。そして灯。
全員が彼を見返した。
「これから先、何が待っていようと――」
蓮は低く、しかし確かな声で続けた。
「俺たちは一緒に進む」
『はい』
ミオが真っ先に答えた。
「ああ」
クロが頷いた。
「もちろんです」
エマが微笑んだ。
「言うまでもない」
ジェイクが短く答えた。
灯だけが少し遅れて口を開いた。
「……はい。よろしくお願いします」
彼女の声には初めて迷いのない響きがあった。
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夜が更けていく。
ゴーストタウンの上、岩盤の天井には深層特有の淡い発光が静かに広がっていた。
蓮は屋上で一人、その光を見上げていた。
背後に足音がした。
「兄さん」
灯だった。
「眠れないのか」
「はい。色々考えることが多くて」
彼女は蓮の隣に立った。
「これから、どうなるんでしょうか」
「わからない」
蓮は正直に答えた。
「だが一つだけ確かなことがある」
「なんですか」
「もう独りで抱え込む必要はない」
蓮は灯を見た。
「お前にも俺にも仲間がいる」
灯はしばらく彼を見つめた。
そして小さく微笑んだ。
「はい」
二人はそれ以上言葉を交わさなかった。
ただ深層の淡い光の下、並んで立っていた。
遠く、結晶の壁の奥で、知性体の鼓動が静かに脈打っていた。
その響きは、まるで新しい時代の始まりを告げているようだった。
カインの野望。ゼノンの復讐。そして名も知らぬ第三の勢力。
すべてが、これからこの場所に集う者たちへと向かってくる。
新しい戦いが、すぐそこまで迫っていた。
だが今この瞬間だけは――静かな約束の時間だった。
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第四章「天空への階梯」 完
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第50話 完




