「浮遊居住区への扉」
翌日の昼、蓮、エマ、ジェイクの三人は中層第十二層のある喫茶店に入っていた。
中層第十二層は中層住民の中でも比較的、上位の階層だった。
シチズン候補のワーカーが住む地域。
喫茶店は上質なコーヒーと静かな雰囲気で知られていた。
国際機関の情報ドロップポイント——とはまさにこの店のことだった。
三人が奥のテーブルに座って、十分後——
二人の人物が店に入ってきた。
一人は四十代の男性。整った身なりのスーツに銀縁の眼鏡。
国際機関の編集長——エマの直属の上司。
もう一人は三十代の女性。短く切った黒髪、フィールドジャケット。
機材担当の技術者——エマが最も信頼する同僚。
二人はエマを見て、わずかに微笑んだ。
「……エマ」
編集長が低く言った。
「長い間、心配していた」
「ご無事で何より」
女性技術者も安堵の表情を見せた。
エマは二人に深く頭を下げた。
「ご心配をおかけしました」
彼女は立ち上がり、三人を紹介した。
「こちらが工藤蓮さん。そしてジェイクさん」
「ニュー・ワールド・ニュース東京支局、編集長のリチャード」
男性は軽く頭を下げた。
「機材担当の、サラ」
女性も同じく頭を下げた。
全員がテーブルに着席した。
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「エマから連絡を受けてから——」
リチャードは低く言った。
「我々はお前たちの動きをサポートする準備を進めてきた」
「具体的には」
蓮が聞いた。
「藤原灯氏への、正式なインタビュー申請をギガ・フロート社に出した」
リチャードはホログラム端末をテーブルに置いた。
「受諾、確定だ。——明後日、浮遊居住区第四層、ミオ計画関連研究所でインタビューが行われる」
蓮は深く息を吐いた。
正規ルート——での潜入が本当に確定したのだ。
「警備体制は」
「極めて厳重」
リチャードは続けた。
「カインの命令で警備が最大レベルに引き上げられている。国際機関の正規取材であっても各層の保安隊が複数配置される」
「潜入者の数は制限されているか」
「取材チームの構成——記者一名、機材技師一名、警護者一名。——これが上限」
蓮はその情報を頭の中で組み立てた。
三人のチーム構成:エマ(記者)、サラ(機材技師の代役でジェイクが偽装可能)、そして警護者の枠で蓮自身が潜入する。
完璧な枠組み——だった。
「もう一つ」
サラが口を開いた。
「警護者の身分証はこちらで準備しました」
彼女はテーブルの上に身分証を置いた。
シチズンの身分——名前は「ケント・サトウ」。
職業:国際機関契約の、警護専門家。経歴:完全に偽造済み。
「ナタリアのマナ波形偽装装置とこの身分証を組み合わせれば——完璧な侵入が可能です」
サラは低く言った。
「保安隊が何かを疑う前にインタビューを終え、撤退する。——それが最適なシナリオです」
蓮は頷いた。
「了解した」
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「ですが——」
リチャードが続けた。
「カインがお前たちの動きを完全に予測していない——とは考えにくい」
「罠の可能性」
「高い」
リチャードは率直に答えた。
「インタビューの場で何らかの形でお前たちを捕らえる準備がある可能性がある。ゼノンが再登場する可能性もある」
蓮の動きが止まった。
ゼノン——あの激しい戦いの後、別れた相手。彼は生きている可能性が高かった。カインの最有力の駒として、復帰しているはずだった。
「ゼノンと再対決か」
蓮は低く呟いた。
「それは避けたいが——可能性として、想定しておく必要がある」
「ナタリアの新装備はゼノン対策にもなる」
ジェイクが低く言った。
「Mk.IIIの電磁抗体スーツ機構——前回より強化されている。三十秒から約五分まで磁場の遮断が可能だ」
「五分」
「それで距離を取って、逃げる時間は稼げる」
ジェイクは頷いた。
蓮は長く息を吐いた。
「戦闘は最後の手段だ」
彼は低く言った。
「まず、灯と接触する。彼女に真実を告げる。彼女の選択次第で——作戦の続きが決まる」
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その夜——
中層第十八層の隠れ家で五人は最後の確認をしていた。
蓮、エマ、ジェイク、サキ、ライアン。
明日の朝、蓮・エマ・ジェイクの三人は浮遊居住区へ向かう。
サキとライアンは中層第十八層に残り、後方支援を担当する。
「作戦のタイムテーブルを確認する」
ライアンが低く言った。
「明日の朝、午前八時、出発。正午、浮遊居住区第一層に入境。午後二時、第四層のインタビュー会場に到着。午後三時からインタビュー開始」
「インタビューの所要時間は」
「国際機関の標準で一時間」
エマが答えた。
「藤原灯さんに必要な情報を伝える時間は——インタビューの合間、または休憩中に限定される」
「取材場所からの撤退ルートは」
「三つ、用意してある」
ジェイクが答えた。
「第一ルート:正規の出口経由。最も自然だが最も警備が厳重。第二ルート:研究所の地下サービス通路。警備の死角。第三ルート:緊急時の、屋上脱出。最終手段」
蓮は三つのルートを頭に刻み込んだ。
「全員の生体反応データを共有する」
ライアンがホログラムを起動した。
「全員の位置をリアルタイムで追跡する。何かあれば、サキと俺が即座に支援に動く」
「了解した」
全員が頷いた。
最後の確認が完了した。
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深層組、コアの広間。
ミオは再び、結晶の中央に立っていた。
最初の対話から数時間が経過していた。
彼女は知性体との対話を継続していた。
最初はぎこちなかったコミュニケーションが徐々にスムーズになっていく。
ローレンとクロは広間の外側で彼女を見守っていた。
『……あなたはカインの計画を止めたい』
ミオは知性体に低く問いかけた。
『具体的に何を計画していますか』
応答は——情報の波動として、流れ込んできた。
ミオの中でその情報が翻訳された。
カイン・ヴェスパーはレイヤー・ゼロへの、強制侵入装置を開発している。
地下知性体の意識の——主要な核——を抽出する装置。
抽出した意識を自分の体に移植する。
カイン自身が地下知性体になる。
ミオの呼吸が止まった。
『……自分が知性体になる?』
応答は——強い否定の波動だった。
それは私を殺すことと同義。
私の意識を完全に上書きし、カインの意識で置き換える。
それを止めなければならない。
ミオはローレンとクロの方を振り返った。
『……皆さん』
彼女は低く言った。
『カインは自分が地下知性体になることを計画しています』
「……」
「何?」
クロが息を止めた。
「自分が神になるということか」
『そう、解釈できます』
ローレンが長く息を吐いた。
「カインは絶対権力を求めている」
彼女は低く言った。
「地上の支配だけでは満足できない。地下知性体の力を得て——世界の絶対者になる」
『それを止めなければ——』
ミオは低く続けた。
『世界は永遠にカインのものになります』
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翌朝、午前八時。
中層第十八層の隠れ家の前で地上組の三人は出発の準備を整えていた。
蓮、エマ、ジェイク——三人の装備はMk.IIIに更新されていた。
蓮のマナ波形偽装装置も起動している。
彼の身分は現在、シチズン「ケント・サトウ」——浮遊居住区への正規の警護専門家。
サキが隠れ家の入り口で三人を見送った。
「生きて、帰ってこい」
彼女は短く言った。
「俺たちがここで待っている」
「了解した」
蓮は短く頷いた。
三人は中層第十八層から——アッパー東京への上昇路へと足を踏み入れた。
浮遊居住区——アッパー東京、ギガ・フロート社の本拠。
そこに潜入する。
長い旅の、新しい段階が今、始まろうとしていた。
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第42話 完




