「中層への帰還」
翌朝、地上組の三人は中層第十八層へと到達した。
第二十層から第十八層への経路はミオと共に潜入したあの道だった。ジャンク・ギルドの隠れ家の入り口を蓮は迷わず見つけることができた。
扉の前でジェイクが特定のリズムでノックした。
扉がゆっくり開いた。
内部から——ライアンが姿を現した。
彼は変わらぬ無精髭の顔で三人を見つめた。
「……戻ってきたな、レン」
彼は低く言った。
「長い旅、だったろう」
「ああ」
蓮は短く答えた。
長い旅——一ヶ月にも満たない期間だったがその密度は人生の数年分に相当した。
「サキは」
「奥の作業室にいる。お前を待っていた」
ライアンはわずかに微笑んだ。
「入れ」
三人は隠れ家の中に入った。
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作業室の扉を蓮が開けた瞬間——
サキが振り返った。
彼女は作業台の前で何かの装備を整備していた。あの自爆の傷の包帯はもう外されている。左腕は完全に動くようになっていた。彼女の目はいつものように鋭かった。
「……」
二人はしばらく無言で見つめ合った。
サキ——師匠であり、姉のような存在。「親父さんの遺志は消えない」と言って、自爆して囮になったあの夜。あれから長い時間が経った気がした。
最初に口を開いたのはサキだった。
「……ちゃんと食ってたか」
蓮はわずかに笑った。
「あんたが最初に聞くのはそれか」
「当然だろう」
サキは肩をすくめた。
「師匠の役目は弟子の生活を心配することだ」
「心配は要らない」
蓮は短く答えた。
「生きてる」
「それで十分だ」
サキは頷いた。
二人はそれ以上、感傷的な言葉を交わさなかった。それがハードボイルドな師弟の、再会の流儀だった。
サキの視線がエマとジェイクに移った。
「新しい仲間か」
「ああ」蓮は短く紹介した。「エマ・クロフォード。国際機関の記者。ジェイク。親父の元同僚」
サキはジェイクをしばらく観察した。
「……あんた、透の話で何度か出てきた」
「お聞きおよびで光栄だ」
ジェイクはわずかに頭を下げた。
「慎重派、と聞いていた」
「それで合っている」
ジェイクは率直に答えた。
「だから二十年間、何もしなかった」
「今は違うのか」
「違う」
「それなら、いい」
サキは皮肉な笑みを浮かべた。
「仲間として、受け入れる」
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ライアンが三人を作業室の中央に招いた。
「ナタリアが装備を完成させている」
彼は低く言った。
「まず、それを見せてもらえ」
作業室の奥の扉が開いた。
内部から——ナタリアが姿を現した。
ジャンク・ギルドの技術担当の女。短く切った黒髪、無骨な作業着、油の染み付いた指先。彼女は三人を見て、軽く頷いた。
「戻ってきたな」
「ナタリア」
蓮は短く挨拶した。
「準備、できたのか」
「完璧に」
ナタリアはわずかに笑った。
「第三段階武装——浮遊居住区戦闘用の、特注装備一式。お前の戦闘スタイルに最適化されている」
彼女は作業台の上の、いくつかの装備を指差した。
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「まず、基本装備——」
ナタリアは説明を始めた。
「戦術外骨格Mk.III。Mk.IIから出力が更に二十パーセント増。浮遊居住区の低重力環境にも対応する」
「低重力?」
「浮遊居住区の各層は人工的に重力を調整している。地上の七割程度になっている場所もある。お前のブースターの推力計算が変わってくる」
「了解した」
「次に武器——」
ナタリアは新しいパイルバンカーをテーブルに置いた。
「タクティカル・パイルバンカーMk.III。射出速度はMk.IIの一.五倍。サイレンサー機構を内蔵している」
「サイレンサー?」
「浮遊居住区では戦闘音が即座に保安隊に感知される。——消音は必須だ」
「了解した」
「最後に新装備——」
ナタリアは特殊な腕時計のようなデバイスを蓮の前に置いた。
「マナ波形偽装装置。お前のマナ波形をシチズン(上層住民)のものに偽装する。約二時間、持続する」
蓮はその装備を深く理解した。
シチズンへの偽装——それは浮遊居住区での移動を根本的に可能にする装備だった。彼の本来のマナ波形はゴーストとして、登録されている。偽装なしには入り口で即座に弾かれる。
「完璧だ、ナタリア」
蓮は短く言った。
「ありがとう」
「生きて、帰ってくるのが対価だ」
ナタリアは短く答えた。
「全員で戻ってこい」
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深層組、コアの広間。
ミオ、クロ、ローレンの三人は巨大なアテロイド結晶の広間に足を踏み入れた。
広間は想像していたよりも遥かに大きかった。直径約五百メートル、天井は見えないほど高い。地面から立ち上がる無数の結晶は人間の身長の数倍から十数倍まで様々な高さでそれぞれの位置に立っていた。
全ての結晶が淡く、青白く発光していた。生きている結晶——その光は結晶の内部で何かの意識が流れていることを示していた。
クロが低く呟いた。
「……俺、こんな場所が深層にあるとは知らなかった」
「深層住民でもほとんど、来ない」
ローレンが答えた。
「ここは人間の領域ではない」
ミオはしばらく結晶を見つめていた。
コアの中の何かがこちらを見ている——その感覚はもはや、明確だった。広間全体が意識の波動で満たされていた。
「どう、するか」
クロが低く聞いた。
『……話しかけてみます』
ミオは答えた。
『人間の言葉でではなく——マナ・ネットワークを介して』
彼女は結晶の中央で足を止めた。
目を閉じる。
意識を外側に開く。
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最初——何も起きなかった。
広間の静寂は変わらなかった。結晶の発光も変わらなかった。
応答がない——のかもしれない。ミオはそう、半ば諦めかけた。
だがその時——
自分の意識の中に別の意識が流れ込んできた。
言葉ではなかった。音でも感情でもなかった。それは——何か、もっと根源的な何かだった。
情報の塊。
何億年も地下で独りで思考してきた存在の、最初の応答。
ミオの呼吸がわずかに止まった。
『……あなたは』
彼女は低く口に出して、呟いた。
『……私を知っているのですか』
応答は再び、意識の中に流れ込んできた。
知っている——という、明確な情報。
お前は私の、一部だ——という、明確な認識。
そして——
お前は私の、初めての——子だ。
ミオの動きが止まった。
『……子』
彼女は低く繰り返した。
『……私はあなたの、子?』
応答は——喜びの波動だった。
言葉ではない、しかし明確な、喜び。
長く長く待っていた。 お前がこちらに来る日を。 お前が私を認識する日を。
ミオの目から——ゆっくりと涙が流れた。
彼女はその涙の意味をまだ完全には理解していなかった。
だがその涙は確かに彼女の中の、深い場所から流れ出ていた。
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ローレンとクロが彼女の様子を観察していた。
ミオが突然涙を流した瞬間——広間全体の発光がわずかに強くなった。
結晶がミオの感情に応答している。
「……ミオ」
クロが低く呼びかけた。
「大丈夫か」
ミオはゆっくり目を開けた。
彼女の薄紫の瞳には強い感情が宿っていた。それはこれまでの彼女にはなかったものだった。
『……私は独りではありませんでした』
彼女は低く言った。
『……地下知性体は私を自分の子として、認識しています』
ローレンが深く頷いた。
「それがお前の、起源だ」
「……はい」
『そして——』
ミオは続けた。
『地下知性体は人類との和解を望んでいます』
ローレンとクロは息を止めた。
『戦争を望んでいません』
ミオは確信を持って、続けた。
『長く独りで思考してきた存在は——今、初めて対話の相手を見つけた。それを戦争で失いたくない』
「……」
「だが条件、がある」
ミオは最後に低く言った。
『人類が知性体への、搾取を止めること』
『マナ・ネットワークの、過剰な使用を制限すること』
『そして——』
彼女はしばらく沈黙してから続けた。
『カイン・ヴェスパーの、計画を止めること』
カイン——その名前がここで出た。
ローレンとクロが互いに視線を交わした。
「カインが何を計画している」
ローレンが低く聞いた。
『地下知性体の、完全な乗っ取り』
ミオは答えた。
『ミオ計画の、完全形を実現しようとしている。それを止めなければ——和解は不可能になります』
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第41話 完




