「ガラスの店、ライアンの判断」
酒場・霧の鴉の内部は以前と変わらず、薄暗かった。
ガラスは三人を奥の個室に案内した。蓮とミオが最初にガラスと対面したあの個室。個室・三番。地下マップが貼られた壁、簡素なテーブルと椅子——変わらない空間がそこにあった。
「座れ」
ガラスはテーブルの向こうの椅子に座り、三人にも座るよう指示した。
蓮、エマ、ジェイクはそれぞれの椅子に座った。
ガラスはしばらく三人を観察してからジェイクに視線を向けた。
「ジェイク、お前と組むことになるとはな」
彼は皮肉な笑みを浮かべた。
「俺たちは十五年前からお互いの存在を知っていた。だが一度も組んだことはなかった」
「お互い、深層に逃げた者同士だ」
ジェイクは頷いた。
「信用するには距離が近すぎた」
「今は違うのか」
「今は共通の目的がある」
ジェイクは短く答えた。
「工藤透の遺志」
ガラスはしばらくジェイクを見つめてから頷いた。
「了解した」
彼は機械化された右腕をテーブルに置いた。指先から小さなホログラムが空中に投影される。
「まず、状況の整理だ」
ガラスは低く言った。
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「地上の状況——」
ガラスはホログラムで東京の地図を表示した。
「お前たちが深層に潜って、約三週間が経った。その間地上ではいくつかの変化が起きている」
「具体的には」
「第一にギガ・フロート社の発表」
ガラスは続けた。
「カインはお前をテロリストとして指名手配したまま扱っている。だが配信視聴者の世論は徐々にお前の側に傾いている」
「マリーン戦の余波、か」
「それとテオ戦」
ガラスは頷いた。
「二人の配信ダイバーがお前に敗北して——どちらも生かして帰された。視聴者はその事実を忘れていない」
「世論の数字、は」
「約三十パーセントの視聴者が企業の発表に疑念を抱いている」
ガラスは率直に答えた。
「残り七十パーセントはまだ企業を信じている。だが——三十パーセントはまだ最終結論を出していない。不確定の票だ」
蓮はその数字を頭の中で計算した。
世論の三十パーセント——それは世論を動かすには十分な数字だった。最後の一押しがあれば、流れが変わる可能性がある。
「もう一つ」
ガラスは続けた。
「ジオフロントの動きが変わっている」
「ジオフロント?」
「お前を狩る作戦を停止した」
ガラスは低く言った。
「ヴァイスの失敗報告を受けて、彼らは戦略を変更したらしい。現在、ジオフロントは企業との直接対決の準備を進めている」
「それは——どういう意味だ」
「全面戦争の可能性が急速に高まっている」
ガラスは率直に答えた。
「地下知性体の覚醒と地上の権力争いが重なる。お前たちが急いで動かなければ——世界が戦場になる」
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蓮はその情報を深く受け止めた。
時間が限られている。
ジオフロントの動き、知性体の覚醒、企業の警戒——全てが短期間で収束しつつある。
「ライアンとの連絡は取れるか」
蓮は低く聞いた。
「ああ」
ガラスは頷いた。
「既にお前たちの到着を伝えてある。——ライアンから暗号通信が届いている」
彼は機械化された右腕から小さな通信機を取り出した。蓮に渡す。
「読め」
蓮は通信機を起動した。
画面に暗号化された文字列が表示された。蓮自身のマナ波形で解読が可能なフォーマットだった。
数秒で文字列が解読された。
「レン、ジェイク、エマ。
深層からの帰還、確認した。
カインの動き:浮遊居住区への警備体制を最大に上げている。お前たちの動きを予測している可能性がある。
ナタリアはお前たちの装備を第三段階——浮遊居住区戦闘用——にアップグレードする準備を完了している。明日、中層第十八層の隠れ家で合流可能。
サキの治療:完了。彼女も合流に参加する。
——ライアン」
蓮は長く息を吐いた。
サキが回復した。
その情報は彼にとって強い励ましだった。
「装備の更新とサキとの合流——」
彼は低く言った。
「明日の朝、中層第十八層に向かおう」
「了解した」
ジェイクとエマが頷いた。
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ガラスはしばらく蓮を観察してから口を開いた。
「もう一つ伝えたいことがある」
「何だ」
「お前の妹——藤原灯」
蓮の動きが止まった。
「情報が入ったのか」
「最近、彼女の動きが奇妙だ」
ガラスは低く言った。
「国際機関とジャンク・ギルドの両方で彼女の動きを追跡している。ここ一週間、彼女はミオ計画関連部署のいくつかの秘密会議に参加している」
「秘密会議?」
「詳細は不明。だが彼女が企業の上層部から何らかの情報を開示されている可能性が高い」
蓮は奥歯を噛んだ。
妹が何かを知り始めている。
それは好機——か、罠か、まだ判別できなかった。
「接触の最適なタイミングは」
蓮は低く聞いた。
「早急に」
ガラスは率直に答えた。
「彼女が自分の正体を企業から聞かされる前に——お前が先に伝える必要がある。でなければ、彼女は企業の論理で洗脳される可能性がある」
「了解した」
蓮は短く頷いた。
「明日、装備の更新。明後日、浮遊居住区への潜入」
「それでいい」
ガラスは頷いた。
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深層組、第九十九層、コア進入の手前。
ミオ、クロ、ローレンの三人は岩窟の通路を進んでいた。
空気は急速に変質していた。マナの濃度が第九十九層を超え、地下知性体の意識の影響が直接感じられる領域。普通の人間なら、ここで意識を失う。だがローレンとクロはミオの周囲の特殊なマナ場に守られていた。
ミオが無意識のうちに二人をマナ場で包み込んでいた。
『……皆さん、大丈夫ですか』
彼女は低く聞いた。
「問題ない」
ローレンが答えた。
「お前の場が私たちを保護している。——お前自身は大丈夫か」
「私は——むしろ、力が増しています」
ミオは答えた。
「コアに近づくほど、私のマナ感覚は研ぎ澄まされていきます。——そして——」
彼女はしばらく沈黙してから続けた。
『コアの中の何かが私をより強く呼んでいます』
「それは敵意のある呼び声か」
「いいえ」
ミオは首を振った。
「喜びの呼び声、と表現する方が近いかもしれません。——何かがようやく私を認識した——という感覚です」
ローレンはその情報を深く受け止めた。
「地下知性体はお前を自分の一部として、認識している」
彼女は低く言った。
「だがそれはお前を奪うということではない。お前を迎える——という意味だ」
「迎える——」
「そうだ」
「それは——家族のような、感覚ですか」
「人間の言葉で表現すれば、おそらく」
ローレンは頷いた。
「だが知性体の感覚は人間とは違う。お前自身がコアの前でその意味を理解する」
ミオはしばらく自分の手を見つめていた。
家族——という概念は彼女にとって、最も難しい言葉だった。基材の人物たちを「親」と呼ぶことは可能だが自分を自分として育てた者はいなかった。
だがコアの何かは——彼女を迎えようとしている。
その事実は彼女の中で新しい、温かい感覚を生み出し始めていた。
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通路の奥に——光が見えた。
第九十九層の、中心部。第三章でミオがコアの呼び声を聞いた場所。巨大なアテロイド結晶の広間。
ミオはその光を見つめた。
『……到着、しました』
彼女は低く呟いた。
『コアが待っています』
クロとローレンが彼女の隣に立った。
「準備、できたか」
ローレンが低く聞いた。
『はい』
ミオは頷いた。
『私の——本当の役割を果たす時です』
三人はゆっくり広間の中に足を踏み入れた。
地下知性体との、初の対話——がここから始まろうとしていた。
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第40話 完




