「ゴーストタウンの夜明け」
翌朝、五時。
ローレンの工房の作業室には五人が揃っていた。
蓮、ミオ、クロ、エマ、ジェイク。円卓を囲み、誰もが今日の決断の重さを認識していた。中央にはジェイクの機械化された左腕に接続された、ホログラム投影機。父のチップ——金属の小片がテーブルの中央に静かに置かれていた。
ジェイクが最初に口を開いた。
「最後の解読を始める」
彼は低く言った。
「蓮、お前のマナ波形をこの機械に合わせる必要がある」
「やり方は」
「ただ、これに触れろ」
ジェイクは円形のセンサーをテーブルに置いた。
「お前の生体マナ波形が自動的に読み取られる。痛みはない」
蓮はゆっくりセンサーに手を当てた。
数秒——
ホログラム投影機が淡く青白い光を放った。
チップの、最後の暗号化された部分がようやく解放された。
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空中に父の文字がゆっくり流れ始めた。
「子へ。
ここまで辿り着いてくれて、感謝する。
お前がこれを読んでいるなら——お前はすでに世界の真実を理解しているはずだ。
俺の最終計画の、最後の段階をここに記す。
ミオをコアに連れて行け。
コアで彼女は地下知性体と最初の対話を行う。
それが人類と地下知性体の、和解の最初の一歩だ。
だが——
コアに進む前にお前はもう一つするべきことがある。
お前の妹、灯を救うことだ。
灯は企業に計画の試作体として、囲われている。彼女自身は真実を知らない。彼女に真実を告げ、自由を与えてほしい。
コアと浮遊居住区——
二つの場所がお前を待っている。
どちらを先に選ぶか——それはお前とお前の仲間たちの、判断に委ねる。
俺の役目はここまでだ。
お前を信じている。
——透」
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ホログラムの文字が消えた。
部屋の中に長い沈黙が流れた。
誰もすぐには口を開かなかった。
コアか、浮遊居住区か。
地下知性体との和解か、妹の救出か。
二つの選択肢が五人の前に置かれた。
しばらくの沈黙の後、蓮が低く言った。
「親父は最後まで選択を押し付けなかった」
彼は視線を円卓に落とした。
「親父の遺志を引き継ぐかどうか——その判断すら、俺たちに委ねた」
「それが彼の、最後の優しさ、なのかもしれません」
エマが低く言った。
「選択を押し付けることは——最終的に人を駒として扱うことになります**」
ジェイクが頷いた。
「透はそういう男だった」
彼はわずかに微笑んだ。
「部下にも息子にも——選択肢を与え続ける。それが彼の、信念だった」
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「議論を始めよう」
蓮は円卓を見渡した。
「それぞれの、意見を聞きたい」
最初に口を開いたのはジェイクだった。
「俺の意見は——両方を同時に進めるだ」
「両方、同時に」
「五人で二組に分ける」
ジェイクは続けた。
「コアに向かう組と浮遊居住区に向かう組。時間的な余裕はない——地下知性体の覚醒も灯の状況の悪化も待ってはくれない」
「現実的だな」
蓮は頷いた。
「だがどう分ける」
「コア組:ミオは必須。それとミオを守る役割——クロ」
ジェイクは続けた。
「浮遊居住区組:蓮、エマ——そして俺」
「お前も来るのか」
「俺は地上の地理を知っている」
ジェイクは答えた。
「二十年前の地形だが根幹は変わっていないはずだ。——お前たちが浮遊居住区に潜入するためには案内人が必要だ」
蓮はしばらく考えてから頷いた。
「了解した」
「ですが——」
ミオが口を開いた。
『コア組には私とクロだけ、ですか』
全員がミオを見た。
『コアでの対話は——未知の領域です。私自身、自分が何ができるのか、まだ完全には把握していません。クロだけでは足りない可能性があります』
「それは確かにある」
クロが頷いた。
「俺は戦闘では役に立つが——知性体との対話は俺の領域じゃない」
しばらくの沈黙の後、ローレンが低く言った。
「それなら、私がコア組に同行する」
全員が彼女を見た。
「私は深層の住民の代表として、知性体との対話の場に立つ資格がある。そしてレイヤー・プリーストとの繋がりも私が持っている」
「ローレンさん——」
ミオが低く言った。
「いいんだよ」
ローレンはわずかに微笑んだ。
「お前を知性体の前に独りで送り出すことはしない。——透への借りを返す機会だ」
ミオは深く頭を下げた。
『ありがとうございます』
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役割分担が確定した。
コア組:ミオ、クロ、ローレン。 浮遊居住区組:蓮、エマ、ジェイク。
「出発の時期は」
蓮が低く聞いた。
「両組とも明朝、出発」
ジェイクが答えた。
「コア組は深層をさらに深く潜る。浮遊居住区組は深層を抜けて、中層、そして地上へ。方向は真逆だ」
「それぞれの、所要時間は」
「コア組は推定一週間。浮遊居住区組は潜入の準備を含めて、推定十日」
ジェイクは続けた。
「二週間後を目安に——もう一度、ここで合流することを目指す」
「合流できなかった場合は」
「それぞれが自分の役割を完遂する」
ジェイクは率直に答えた。
「俺たちはもう一つの組織だ。——個別行動でも最終目的は同じ」
全員が頷いた。
チームとしての、最後の確認がここで完成した。
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その日の午後、各自は自分の準備に入った。
ローレンは自分の工房で必要な物資を整えていた。深層深部での、長期滞在のための、特殊装備一式。ミオとクロはローレンの指導の下、装備を確認していた。
ジェイクは自分の機械化された左腕の、メンテナンスを行っていた。地上での長期活動には最高の状態が必要だった。
エマはホログラム端末で国際機関との連絡経路を最終確認していた。彼女の身分証は浮遊居住区への正規ルートでの潜入を可能にする最大の武器だった。
蓮は——自分の装備を丁寧に整えていた。
パイルバンカーMk.II、外骨格Mk.II、ジャマー——全てを最高の状態に磨き上げる。彼の、職人としての習慣。
夕方、彼の作業室にミオが訪れた。
「……蓮さん」
「ああ」
「少しお話してもいいですか」
「座れ」
蓮は装備をテーブルに置いた。
ミオは彼の向かいの椅子に座った。
「明日——別れることになります」
「ああ」
「一週間か、二週間か——会えない時間が続きます」
「そうだな」
ミオはしばらく沈黙してから低く言った。
『蓮さん』
「ん」
『生きて、戻ってきてください』
蓮はミオをしばらく見つめた。
そしてわずかに微笑んだ。
「お前もな」
二人はそれ以上、言葉を交わさなかった。
短い別れの言葉——それがハードボイルドな男と人間化した少女の、最大の感情表現だった。
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夜——夜明けの直前。
蓮はローレンの工房の屋上に出ていた。
ゴーストタウンの上に広がる、岩盤の天井。本物の空ではないが深層特有の、淡い青白い発光が夜明けのような色を作っていた。深層の、夜明け。
彼は長くその天井を見つめていた。
彼の中でそれまでの旅の全てがゆっくり整理されていった。
ライトニングの謎の死——あの時、全ては始まった。 ミオとの出会い——カプセルの少女。 ヴォルグとの戦い——三秒の逆転。 マリーンの敗北——「お前の魔法はパッチを当てなきゃ使い物にならないゴミだ」。 サキの自爆——「親父さんの遺志は消えない」。 ゼノンの追跡——電磁の網。 深層への降下——クロとの出会い。 転落——「あなたを守りたい。私の意志で」。 地下湖の岸辺——父の足跡。 ゴーストタウンの再会——「今はここにいたいです」。 世界の真実——アテロイド、ミオ、自分自身。
全てがここに繋がった。
そしてこれから——新しい段階が始まる。
彼は深く息を吸った。
冷たい、深層の空気。岩肌の、苔の匂い。生体発光する、菌類の光。
この、深層がもはや、自分の故郷の一つになっていた。
「……親父」
彼は誰もいない深層に向かって、低く呟いた。
「ここから先は俺の番だ」
「見ててくれ」
返事はもちろん、なかった。
ただ、深層の風がわずかに彼の頬を撫でただけだった。
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翌朝、五時——
ゴーストタウンの中央広場で五人は整列していた。
コア組——ミオ、クロ、ローレン——は深層深部へ。 浮遊居住区組——蓮、エマ、ジェイク——は地上へ。
二つの方向は真逆だった。
最後に蓮はミオに手を差し出した。
「二週間後、必ず戻る」
『はい』
ミオは彼の手を両手でしっかり握った。
「お前も必ず」
『はい』
ミオの薄紫の瞳がわずかに揺らいだ。
だが彼女は笑った。
『人間と地下知性体の、和解の橋になります』
「頼む」
蓮は短く頷いた。
手をゆっくり離した。
二つの組は互いに背を向けて、別々の方向へ歩き出した。
コア組は北西の通路へ。 浮遊居住区組は南東の通路へ。
歩きながら、誰も振り返らなかった。
振り返れば、行けなくなる——それを全員が知っていた。
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ゴーストタウンの上の、岩盤の天井に——
深層の、新しい夜明けがゆっくりと広がっていた。
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第三章「深淵の証言編」 完
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第38話 完




