「最後の真実」
神殿からの帰路は行きよりも静かだった。
蓮、ミオ、クロ——三人ともエールから聞いた世界の真実をそれぞれの中で咀嚼していた。会話はほとんどなく、ただ、岩の通路を歩く足音だけが響いていた。
クロがふと低く呟いた。
「……俺、深層育ちなのに——地下のこと何も知らなかったんだな」
「俺たちは皆、何も知らなかった」
蓮は短く答えた。
「だがこれから知っていく」
「ふん」
クロは肩をすくめた。
「お前、覚悟、できてるか」
「何の覚悟」
「世界が変わる、覚悟だ」
蓮はしばらく沈黙してから低く答えた。
「……できてないよ」
彼は率直に言った。
「だが逃げる気もない。——逃げて、生き残ったとしても変わった世界の中で結局、戦うことになる」
「それはそうだ」
クロは頷いた。
「逃げる場所がない、ってことだな」
「ああ」
二人の会話をミオは静かに聞いていた。
彼女自身が世界の変動の中心にいる——その重みは彼女の中でまだ完全には整理されていなかった。だが彼女は逃げない——という選択を既に自分の中で下していた。
自分の運命を自分で選ぶ——父・工藤透が望んだ、その権利を彼女は行使する覚悟だった。
---
ゴーストタウンに戻ったのは夜だった。
ローレンの工房の扉を蓮がノックするとエマが即座に扉を開けた。
「お帰りなさい」
彼女はわずかに微笑んだ。
しかしその微笑みの奥に——何かを抱えている気配が蓮には感じられた。
「ジェイクは」
蓮は低く聞いた。
「奥の作業室にいます」
エマは答えた。
「チップの追加解読に成功したようです。——あなたを待っています」
「追加解読?」
「お父様のマナ波形に近似する、ジェイクさんの古い記録データを組み合わせて——部分的に追加情報を引き出すことができたそうです」
蓮は奥歯を噛んだ。
さらなる真実——が彼を待っている。
彼はミオとクロに視線を送った。
「俺と一緒に来てくれ」
「ああ」
三人は奥の作業室に入った。
---
作業室ではジェイクが円卓の前に座っていた。
彼の機械化された左腕にはホログラム投影機が接続されている。空中に青白い文字列が静止していた。
ジェイクは三人が入ってきたのを見て、ゆっくり立ち上がった。
「……来たな」
「追加解読、成功したのか」
「部分的に」
ジェイクは頷いた。
「俺の古い記録データ——透と一緒に作業していた当時の、研究室のログ——それを照合することで暗号化の一部が突破できた」
「何が書かれていた」
ジェイクはしばらく沈黙してから低く答えた。
「ミオ計画の、もう一つの試作体——についての情報だ」
「……もう一つの、試作体?」
「ジェネシス計画——という、内部コード名だった。人間と地下知性体の、ハイブリッドを作る試みはミオが最初ではなかった」
蓮は息を止めた。
「初代の試作体は誰だ」
ジェイクはテーブルの上にホログラムを投影した。
空中に——一人の幼児の顔が表示された。
二歳から三歳と思しき、男の子。黒い髪、澄んだ目——その顔には蓮自身の幼少期の面影が確かにあった。
「……これは」
蓮の声がわずかに震えた。
「お前だ、蓮」
ジェイクは低く言った。
「お前はミオ計画の、初代試作体——ジェネシス・ゼロ」
---
部屋の空気が完全に静止した。
ミオもクロもエマも息を止めて、ホログラムを見つめていた。
蓮は長く沈黙していた。
彼の指がわずかに震えていた。
「……それは」
彼は低く呟いた。
「親父が俺を計画の試作体として、作った——ということか」
「違う」
ジェイクは即座に首を振った。
「透はお前を計画の試作体として作ったわけではない。——お前は彼の、実の息子だ」
「だが——」
「お前が生まれた時に透はお前の体に地下知性体の、ごく僅かな破片を移植した」
ジェイクは続けた。
「それは計画とは別の目的だった。——お前を地下知性体と対話できる存在にするために」
「……」
「透は知っていた。いつか、地下知性体が目覚めることを。その時人間側に対話できる存在が必要になることを。——彼は自分の息子にその役割を託した」
蓮の中で多くの情報がようやく繋がり始めた。
自分のマナ波形がチップの鍵だった——その理由。 深層のあらゆる人物が自分を待っていた——その理由。 自分一人だけがZERO-4まで辿り着けた——その理由。
全て、父が自分に託した、役割の続きだった。
「じゃあ、俺も——」
「お前は人間だ」
ジェイクは強く言った。
「ミオのような、人間と知性体のハイブリッドではない。お前はほぼ完全な、人間だ。ただ、お前のマナ波形に地下知性体の、ごく僅かな共鳴シグナルが組み込まれている——それだけだ」
「だから俺は無能者になった、のか」
「そうだ」
ジェイクは頷いた。
「透がお前のマナ・ネットワークへの接続能力を意図的に封じた。——お前を企業に利用されないために」
蓮は長く息を吐いた。
自分が無能者だったのは偶然ではなかった。
父が息子を企業の手から守るために能力を封じていた。
その事実は彼の中で長年抱えていた疑問をようやく解消するものだった。
---
「ジェイク」
蓮は低く言った。
「もう一つ聞きたい」
「言ってくれ」
「俺の妹、灯——彼女も同じか」
ジェイクはしばらく沈黙してから答えた。
「灯は別だ」
「別——どう違う」
「灯はミオ計画の、正式な試作体」
ジェイクはゆっくり続けた。
「透がジェネシス・ゼロ——お前——を作った後、企業はその記録を利用した。灯は企業が正式に作った試作体だ。透の意志ではなかった」
「そして生きている——」
「おそらく」
ジェイクは頷いた。
「藤原灯として、浮遊居住区で生きている。——ミオ計画の研究員として」
「自分が計画の試作体だったことを——知っているのか」
「おそらく知らない」
ジェイクは答えた。
「企業が彼女にその情報を隠している可能性が高い。だからお前が彼女に会いに行く必要がある」
蓮は長く沈黙した。
妹を救う——という目的はこれまでも彼を動かしてきた。だがその目的の意味は今、完全に変わった。
ただ、再会するだけではない。彼女自身の真実を彼女に告げる——そして彼女自身に選択を与える。それが彼の役割だった。
「……了解した」
蓮は短く頷いた。
「全部、繋がった」
---
ジェイクはホログラムを消した。
「もう一つ伝えるべきことがある」
彼は続けた。
「チップにはまだ解読できない部分が残っている。——それはお前のマナ波形が必要だ。俺の機材を使えば、ここで最後の解読ができる」
「今、やるか」
「ああ、明日の朝にしよう。今夜は皆、休む必要がある」
ジェイクは立ち上がった。
「明日、最後の真実を全員で確認する。——それからコアへの最終決断を下す」
全員が頷いた。
世界の真実——蓮自身の出生——そして最後に何が残っているのか。
その答えが明日、明らかになる。
---
その夜、ミオは蓮の部屋に訪れた。
彼は窓辺で夜の深層をぼんやりと見つめていた。
ミオは扉から入って、しばらく彼の背中を見つめていた。
「……蓮さん」
「ああ」
「お話してもいいですか」
「座れ」
蓮は振り返らずに答えた。
ミオはベッドの縁にゆっくり座った。
「ジェイクさんの話——蓮さんはどう、感じていますか」
蓮はしばらく沈黙してから答えた。
「……怒り、ではない」
彼は低く言った。
「親父が俺の能力を封じたことは——俺を守るための、選択だった。それは理解できる」
「ですが——」
「だが納得できない部分もある」
蓮は続けた。
「親父は俺に知性体と対話する役割を託した。——俺の同意なしに」
ミオはその言葉の重みを深く受け止めた。
「それは——私と似ています」
彼女は低く言った。
「私も企業に計画の試作体として作られた。——私の同意なしに」
「ああ」
「だから私たちは同じです」
ミオは続けた。
「他者に自分の役割を決められた者同士。——だからこそ、これからは自分で選ぶ」
蓮は振り返り、ミオを見た。
「……お前、賢いな」
「学んだ、だけです」
ミオはわずかに微笑んだ。
「蓮さんからクロからエマさんからジェイクさんから——そして自分自身から」
蓮はしばらく彼女を見つめた。
そしてゆっくりベッドの隣に座った。
二人はそれ以上、言葉を交わさなかった。
夜の深層で二人の沈黙は長く続いた。
その沈黙の中に——確かな決意が共有されていた。
---
第37話 完




