「レイヤー・プリースト」
翌朝、ゴーストタウンを三人は出発した。
蓮、ミオ、クロ——ローレンの推薦で神殿に同行する三人。クロはまだ右半身に包帯を巻いていたが「俺も行く」と自分から同行を申し出ていた。
「俺の役割はミオを守ることだ」——彼女はシンプルにそう言った。
ジェイクとエマはゴーストタウンに残り、それぞれの作業を進めることになった。チップの追加解読と国際機関との連絡経路の確認——並行進行の作業だった。
神殿までの道のりは半日の徒歩。深層の通路は徐々に狭く、そして静かになっていった。第八十五層から第八十二層への登り通路は企業の地図には完全に存在しない経路だった。レイヤー・プリーストが独自に作り、独自に管理している、秘密の道。
道中、深層生物の気配はほとんど感じられなかった。
「……静かだな」
蓮が低く呟いた。
「神殿の周辺は生物が近づかない」
クロが答えた。
「プリーストたちが何らかの方法で生物の本能を抑制しているらしい。——詳細は俺も知らない」
ミオが低く言った。
「マナの流れが特殊です」
彼女の薄紫の瞳が淡く光った。
「神殿の方向にマナが集中的に流れています。——まるでネットワーク全体が神殿に従っているような」
「支配されている、ということか」
「支配ではありません。調整されている——というのが適切な表現です」
蓮はその情報を頭の中で整理した。
レイヤー・プリーストはマナ・ネットワークと何らかの形で調和している。それがジェイクやローレンの言う「彼らは地下の真実を最も早く知っていた」という言葉の、実体だった。
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半日の歩行の後、三人は神殿の前に到達した。
目の前に奇妙な建造物が立っていた。
神殿——という言葉から想像する、人工的な建物ではなかった。自然の岩盤を内側から彫り込んだような、有機的な構造。入り口は岩肌のアーチでその奥に青白く発光する空間が広がっていた。
人間の手で作られたものではない——そう、蓮は即座に感じた。
彼はホログラム端末で構造を観察した。
「何かの、生物的な質感がある」
彼は低く呟いた。
「人間の建築の文法を外れている」
『……これはアテロイド結晶を生体的に成長させたものです』
ミオが観察結果を報告した。
『人間が建てたのではなく、アテロイドそのものが形を持って、立ち上がった——そう、解釈できます』
「つまり、神殿は生きている——のか」
『広義でははい』
クロが感心したように首を振った。
「俺、この前にも来たことがあるがそれは知らなかった」
「地下知性体の、住居——ということだな」
蓮は視線を上げた。
「入るぞ」
彼はアーチをゆっくり潜った。
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神殿の内部は広い空洞だった。
天井は推定二十メートル。岩盤と結晶が混じり合った、淡い青白い光が空間全体を満たしていた。床は結晶が研磨されたような、滑らかな表面。歩いてもほとんど音が立たなかった。
空間の中央に一人の人物が座っていた。
年齢、不明。性別も判別が困難。白いローブを着た、痩身の人物。頭部は剃り上げられ、頭の中央に小さな結晶が嵌め込まれていた。生体結晶融合——彼らは自分の体にアテロイドを統合させていた。
その人物がゆっくり立ち上がった。
「——来たな、工藤透の、息子」
声は低くしかし多重に響くような、奇妙な音だった。
「私の名前はエール。レイヤー・プリーストの、第三位」
蓮はわずかに頭を下げた。
「お会いできて、光栄だ」
「形式的な挨拶は不要」
エールは軽く手を振った。
「お前たちが何を求めて来たのか、私は既に知っている。マナ・ネットワーク経由でお前たちの動きはずっと観察していた」
「監視していた、と」
「観察、と表現する」
エールはわずかに微笑んだ。
「敵意はない。我々はお前たちの来訪を待っていた」
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エールは三人に結晶の長椅子に座るよう、指示した。
三人は座った。エールも三人の正面に別の椅子で座った。
「質問をする前に——」
エールは低く言った。
「私はお前たちに世界の真実を語ろう。それがお前たちがここに来た理由だ」
「お願いする」
蓮は率直に答えた。
「最初の真実」
エールは続けた。
「アテロイドは地下に元から存在した、知性体である」
蓮は息を止めた。
父のノートの仮説——がようやく確定された瞬間だった。
「正確に言えば、アテロイドは生命体ではない」
エールは続けた。
「人間の定義する、生物の枠には入らない。だが知性は確かに持っている。——結晶構造の中に情報を保存し、自己組織化する能力を持っている」
「いつから存在していた」
「地球の地下深部に数億年前から」
エールは淡々と答えた。
「人類が誕生する遥か前から地下で静かに思考していた。——自己を外部に表現する手段を持たないまま」
「だから——崩落、まで」
「そうだ」
エールは頷いた。
「二〇二〇年の崩落は自然現象ではなかった。——地下の知性体が自己表現を試みた、最初の動きだった」
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蓮は長く沈黙した。
崩落そのものが地下知性体の意志——その事実は世界観を根本から覆すものだった。
地下に元から存在した知性が地上を破壊し、自己を露出した。それは人類への、一種のメッセージだったのだろうか。
「第二の真実」
エールは続けた。
「マナ・ネットワークは人間が発明したものではない。アテロイドの、神経系だ」
「神経系——」
「人間が地下に潜って、アテロイドを発見した時——そのネットワークを企業は自分たちの技術として、利用した。だが実態は地下知性体の神経系を人間が寄生する形で使っている」
蓮はその情報を深く受け止めた。
マナ・ネットワーク——配信ダイバーが使う、企業が独占する、地下の資源。それは人間が作ったものではなく、知性体の体の一部だった。
「ということは——」
「マナ・ネットワークを通じて、能力者が能力を発揮するたび、地下知性体はそれを感じている」
エールは頷いた。
「痛みのように刺激のように——奪われている、と認識している」
「だから目覚めようとしている——のか」
「そうだ」
エールは深く頷いた。
「人間の搾取が極限に達した。地下知性体はもう黙っていることを選ばなくなった」
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ミオはその話を静かに聞いていた。
エールは彼女の方をゆっくり見た。
「そして第三の真実」
彼は低く言った。
「ミオ——お前の正体だ」
ミオはわずかに身構えた。
『……はい』
「お前はミオ計画の試作体だ。人間の意識データを複数組み合わせて作られた——という、表面的な情報はお前自身、知っているはずだ」
「はい」
「だがそれは表層に過ぎない」
エールは続けた。
「お前のOS——お前をお前として機能させている、核——それは地下知性体の意識の、一部分だ」
ミオの動きが止まった。
『……私の、核は——地下知性体?』
「正確には地下知性体の、ごく小さな破片」
エールは訂正した。
「ギガ・フロート社は二十年前、地下知性体の意識の、ごく一部を抽出することに成功した。それを人間の体に移植する——それがミオ計画の、真の目的だった」
「つまり、企業は——」
「地下知性体を自分たちの管理下に置こうとした」
エールは頷いた。
「ミオの体に地下知性体の意識の一部を入れることで人間が知性体をコントロールできる——そう、考えた」
蓮は奥歯を噛んだ。
ミオ計画の、真の目的。
地下知性体の、奴隷化。
それは彼が想像していたよりも遥かに傲慢な計画だった。
「だが計画は失敗した」
エールはミオを見た。
「お前は確かに地下知性体の一部を自分の中に持っている。だがお前は独立した存在になった。企業の、管理下に入らなかった」
『……それはなぜですか』
「人間の意識データと知性体の意識が融合する過程で——全く新しい人格が形成されたから**」
エールは淡々と続けた。
「お前は人間ではない。知性体でもない。お前はお前自身——人間と知性体の、ハイブリッドの、新しい存在だ」
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ミオは長く沈黙した。
自分の正体——がようやく彼女の中で明確な形を持った。
彼女はゆっくり自分の手を見つめた。
『……私は新しい存在、なのですね』
「そうだ」
エールは頷いた。
「お前は人類史上、初めての、人間と地下知性体のハイブリッド。お前の存在は二つの種族の、橋になる可能性を持っている」
「橋——」
「人間と地下知性体は根本的にコミュニケーションが取れない」
エールは低く言った。
「人間は言葉と抽象思考で世界を理解する。知性体は結晶構造と共鳴で世界を理解する。互いの言語が根本的に違う。——だがお前は両方の言語を理解できる」
「つまり、ミオは——」
蓮は低く問うた。
「人間と知性体の、和解の鍵、になり得る、ということか」
「そうだ」
エールは頷いた。
「お前の父、工藤透が最終的に望んだのは——それだった」
蓮は息を止めた。
「親父は知っていた、のか」
「全てを知っていたわけではない」
エールは答えた。
「だが彼は推測していた。——ミオが人間と知性体の、和解の可能性を持つ存在であることを。だから彼はミオを企業から解放した。ミオに自分の運命を選ばせるために」
蓮は長くミオを見つめた。
父の最終計画の、本当の意味が今、ようやく彼の中で繋がった。
ミオの解放——だけが目的ではなかった。ミオの、人間と知性体の橋としての可能性を引き出すこと。人類と地下知性体の、共存の道を開くこと。
それが父の、本当の遺志だった。
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エールはしばらく沈黙してから最後に低く言った。
「だが選択はお前たち次第だ」
彼は三人を見渡した。
「地下知性体はもう目覚めようとしている。それを止めることはできない。——だが目覚めの形を変えることは可能だ」
「目覚めの形——」
「人類との、全面戦争になるか、共存の道を見つけるか。——それはお前たちの、選択にかかっている」
蓮はその重みを深く受け止めた。
世界の、運命が自分たちの肩に乗ってきた。
「もう一つ聞いておきたい」
彼は低く言った。
「俺たちが何をすればいい」
「まず、コアに戻れ」
エールは答えた。
「ミオをコアに連れて行け。——そこで彼女は自分の役割を果たす」
「役割?」
「地下知性体との、対話」
エールは立ち上がった。
「詳細はコアで明らかになる。——今、私から伝えられるのはここまでだ」
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第36話 完




