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「ゴーストタウンの再会」

二日後の、夕方——深層の「夕方」というのはジェイクの体内時計の判定だった。


蓮、エマ、ジェイクの三人は第八十五層、ゴーストタウンの外周に到達した。


ゴーストタウンは想像していたより遥かに大きかった。


地下の巨大な空洞——直径推定二キロメートル——の中に廃ビル群が不規則に立ち並んでいた。崩落前の地上ビルが深層まで沈み、そのまま住居として転用されていた。電力は独立した蓄電装置と発電機で確保されている。深層住民の、最大の集落。


通りには約五百人ほどの住民がそれぞれの生活を営んでいた。市場、小さな食堂、武器商人、医療施設——地上の都市の縮小版のような構造がそこにあった。


住民たちは三人を見ても騒がなかった。深層では来訪者は珍しくない。興味を示さないことが最大の礼儀だった。


ジェイクは慣れた足取りで集落の中心部へと向かった。


「ローレンの工房はこっちだ」


彼は低く案内した。


「俺は年に二、三回、ここに来ている。ローレンは——俺の昔からの知り合いだ」


蓮はその情報をそっと頭に入れた。


ジェイクは深層に逃げて二十年。その間ローレンとは密かな連帯を続けていたらしい。父の同僚たちが深層で散在しながら、繋がり続けている——その事実が改めて、蓮の中で輪郭を持った。


---


集落の中心部の、ローレンの工房。


第七十層の溶岩工房とは別の、彼女の深層中央の拠点だった。第七十層よりも規模は小さいがより整備された設備が並んでいた。


扉の前でジェイクが特定のリズムで扉をノックした。


扉がゆっくり開いた。


内部から——ローレンが姿を現した。


六十代の女性。短く切った白髪、深い皺、金色の機械化された両眼。彼女は三人を見て、深く頷いた。


「……来たね、皆」


彼女は嗄れた声で言った。


「待っていた」


三人は工房の中に入った。


部屋の中央には広い円卓が置かれていた。そしてそのテーブルには——既に二人の人物が座っていた。


ミオ——銀白色の髪、薄紫の瞳。  クロ——黒髪を短く切った、ボーイッシュな少女。


蓮の動きが一瞬止まった。


生きている。


二人とも生きている。


---


「……ミオ」


蓮は低く呼んだ。


ミオが椅子から立ち上がった。


彼女の動きは最初の頃のような不自然さが完全に消えていた。人間の少女の自然な動きで彼女は蓮の前に立った。


『……蓮さん』


彼女の声にはわずかな震えが混じっていた。


蓮はしばらく彼女を見つめた。


何を言うべきか——彼の中で適切な言葉が出てこなかった。


ハードボイルドな男はこういう時、多くを語らない。それが彼の流儀だった。


彼はゆっくりミオの方へ歩み寄り——手を彼女の頭の上に置いた。


「……無事でよかった」


短い、それだけの言葉。


だがミオはその手の重みを深く受け止めていた。


『……私も』


彼女はわずかに頷いた。


『蓮さんが無事でよかった』


二人はそれ以上、言葉を交わさなかった。


しかしそれで十分だった。


---


クロは椅子に座ったまま、二人のやり取りをじっと観察していた。


蓮はミオから視線を外し、クロを見た。


「クロ。——お前も無事だな」


「ふん」


クロは皮肉な笑みを浮かべた。


「俺は深層育ちだ。簡単には死なねえ」


彼女の右半身にはまだ包帯が巻かれていた。だが目の輝きはもう戻っていた。ローレンの治療が効いているらしかった。


「お前がミオを守ってくれた」


蓮は率直に言った。


「ありがとう」


「借りを返しただけだ」


クロは短く答えた。


「お前の親父に命の借りがあった。——それを息子に返しただけだ」


その言葉に蓮はわずかに笑った。


「……お前、本当に親父と契約をきっちり守る奴だな」


「当然だ」


クロは肩をすくめた。


---


エマがミオに近づいた。


「ミオさん」


彼女は丁寧に言った。


「初めてお会いします。——エマ・クロフォードです」


ミオはエマをしばらく観察してから深く頭を下げた。


『……お会いできて、嬉しいです、エマさん』


「私の方も」


エマはわずかに微笑んだ。


「ジェイクさんからあなたのことを聞いていました」


ミオはジェイクの方を見た。


『……ジェイクさんは蓮さんの、お父様の同僚だった方ですね』


「ああ」


ジェイクはミオにわずかに頭を下げた。


「お前の体に灯の何かが組み込まれている——ローレンから聞いた」


ミオの動きが止まった。


「……灯さんは蓮さんの妹さん、ですね」


「そうだ」


「私の中にその方の何かがある——という情報を私はまだ完全には理解していません」


『……それは後でゆっくり話そう』


ジェイクは低く言った。


「今はまず、皆で状況を整理する」


---


円卓に五人が座った。


蓮、ミオ、クロ、エマ、ジェイク。ローレンは五人分のお茶をそれぞれに配ってから自分も円卓の一席に座った。


「状況を整理する」


ローレンは低く言った。


「まず、深層の現状から。——地下が目覚めようとしている」


全員が頷いた。


「コア層の何かが活動を始めている。深層全域で生物の異常な活動と地震が報告されている。——何かが変わろうとしている」


「それはミオの動きと関係あるか」


蓮が聞いた。


「おそらく」


ローレンは頷いた。


「ミオがコアに近づいたことでコアの中の何かが覚醒のスイッチを入れた可能性が高い」


ミオはその情報を深く受け止めた。


『……私がトリガー、だったのですか』


「結果論だがそうだ」


ローレンは率直に答えた。


「だがお前の責任ではない。遅かれ早かれ、コアは目覚めていた。お前はそのタイミングを早めただけだ」


「……」


ミオはしばらく沈黙した。


彼女自身の存在が世界の変動の引き金になっている——その事実は彼女にとって、重い情報だった。


蓮は彼女の沈黙を見守った。


今は彼女に無理に話させない——その判断が彼の中で自然に下された。


---


「次の段階を決める必要がある」


ジェイクが口を開いた。


「蓮のチップの解読、コアの問題への対応、浮遊居住区への潜入——複数の課題が同時に待っている」


「順番は」


「最優先はコアの問題だ」


ジェイクは即答した。


「地下の覚醒が本格化する前に何かを止める必要がある。——そのためにはレイヤー・プリーストとの接触が必須だ」


その単語に蓮は反応した。


「レイヤー・プリースト」


「深層に二十年前から存在する宗教結社」


ジェイクは低く説明した。


「彼らはアテロイドの本質——地下の知性体の存在——を最も早くから知っていた。コアを神聖視する集団だ。彼らとの接触なしにコアの問題は解決できない」


「彼らは敵か、味方か」


「中立、と言える」


ローレンが答えた。


「人間社会からは距離を置いている。だが話を聞く相手は選ぶ。——お前のことを彼らに紹介できる」


「接触の場所は」


「第八十二層、彼らの神殿」


ローレンは地図を円卓に広げた。


「ゴーストタウンから徒歩で半日。——明日、出発することを推奨する」


蓮は地図をしばらく見つめた。


「……了解だ」


彼は短く頷いた。


「今夜はここで休む。明日、皆で神殿へ向かう」


「ただし」


ローレンは付け加えた。


「神殿に入れるのは限られた人数だ。——ミオは必ず連れて行け。お前とミオ、それから一名——その三人で十分だ」


「残る二人は」


「ゴーストタウンで待機」


ローレンはエマとジェイクの方を見た。


「国際機関の身分を持つエマは地上との連絡経路の確認を頼みたい。ジェイクは——チップの追加解読を進めてくれ」


「了解した」


全員が頷いた。


次の段階の役割分担がここで確定した。


---


その夜——


ローレンの工房の、奥の部屋。


蓮はミオと二人だけでしばらく話していた。


他のメンバーはそれぞれの部屋で休んでいた。蓮とミオに二人だけの時間を——というのがローレンの計らいだった。


「ミオ」


「はい」


「コアで何を感じた」


ミオはしばらく考えてから答えた。


「……呼ばれていました。自分の起源に戻れ、と」


「戻りたかったか」


「少しだけ」


ミオは率直に答えた。


「ですが——戻りませんでした。クロとの約束と蓮さんに会いたいという気持ちが——より強かった」


蓮はしばらく彼女を見つめた。


「……ミオ」


「はい」


「もし、いつか、お前がコアに戻りたいと決めたら——俺はお前の選択を尊重する」


「……蓮さん」


「親父がそう望んでいた。お前自身が自分の運命を選ぶこと。——それが親父の、最後の計画だ」


ミオは長く蓮を見つめた。


そしてゆっくり彼に近づき——彼の胸に頭を預けた。


『……今はここにいたいです』


彼女の声はわずかに震えていた。


「……ああ」


蓮は短く頷いた。


彼の手がゆっくり彼女の頭の上に置かれた。


二人の沈黙は長く続いた。


その沈黙の中に——多くの感情が確かに流れていた。


---


第35話 完

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