「転落」
三人とエマは近くの岩陰に身を隠した。
ヴァイスは去ったが深層にはまだ何らかの監視の気配が残っていた。クロは周囲を警戒し、ミオは観測モードを継続。蓮とエマだけが岩肌に座って向き合った。
エマは首にかけたホログラムレコーダーを意図的にオフにした。
「録画はしません」
彼女は率直に言った。
「私の質問にあなたが答えたくないことは答えなくていい。私が知りたいのは事実だけです」
「事実、ね」
「最初の質問。——あなたはテロリストですか?」
「違う」
蓮は短く答えた。
「ありがとうございます」
エマは小さく微笑んだ。
「次の質問。——ギガ・フロート社が発表した、あなたの『罪状』について、反論はありますか?」
「反論する価値もない。全部、捏造だ」
「具体的な根拠は」
「俺は誰も殺していない。マリーンもテオもヴォルグも生かして帰した。——配信ドローンの記録を辿れば、わかる」
「すでに辿りました」
エマは即答した。
「私の調査ではあなたが殺人を犯したという証拠は一つもありません。配信視聴者の数百万人がそれを目撃しています」
蓮はわずかに息を吐いた。
外部の目から見ても自分の選択は正しく機能していた。世論の動きは確実にあった。
「最後の、本題の質問です」
エマは声を低くした。
「——あなたの父、工藤透氏について」
蓮の動きが止まった。
「親父を知ってるのか」
「直接は知りません」
エマは首を振った。
「ですが私の所属する国際報道機関には二十年前、彼から機密文書が送られてきていました。ミオ計画の倫理的問題を告発する内容でした」
「……」
「文書は外部に出されないまま、機関の最深部に保管されていました。なぜなら、当時の上層部がギガ・フロート社の圧力で公開を差し止めたからです」
蓮は強く拳を握った。
父の告発は外部にも届いていた。だがそれは握り潰されていた。
「私はこの件を表に出すために深層まで来ました」
エマは目を真っ直ぐに蓮に向けた。
「あなたが生きて、世界に証言してくれれば——父上の遺志は世界に届きます」
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蓮はしばらく沈黙した。
父の告発が国際的に存在していた。その事実は彼が知らなかった、新しい角度の真実だった。父は地下のあらゆる勢力に協力者を持ち、さらに地上の国際機関にまで訴えていた。
その動きが企業に完全に止められていた——それもまた、衝撃だった。
蓮は低く言った。
「——力を貸してもらえるか」
「もちろん」
エマは即座に頷いた。
「私の身分証と国際機関の保護は深層でもある程度有効です。あなたが浮遊居住区に潜入する際、私が同行できれば、相当な助けに——」
エマの言葉が途切れた。
蓮は彼女の顔を見た。エマは何かを感じ取ったように頭上を見上げていた。
ミオが即座に低く呟いた。
『……マナ・ネットワークの異常を検出しました』
「種類は」
『磁場干渉。——距離、推定百メートル先。そして接近中』
蓮の背筋に冷たいものが走った。
磁場干渉。接近中。
その単語の組み合わせはただ一人を意味していた。
「ゼノン」
蓮は立ち上がった。
「ここに来た」
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深層の通路の奥から青白い電光が近づいてきた。
最初は微弱な光だったが数秒で通路全体を蝕む磁場へと拡大した。岩肌の鉄分がゆっくりと地面から浮き上がる——彼の能力が深層でも変わらず機能することを物理的に証明していた。
通路の角から長身の影が姿を現した。
ゼノン。
白いコートは深層の冷気と地熱で埃と汗で汚れていた。だが冷たい青い目は変わらなかった。彼は蓮とその仲間たちを見て、わずかに笑った。
「——ようやく見つけた」
彼の声は変わらず、電磁波に乗って響いた。
「三日間、深層を彷徨ったぞ。お前のマナ波形をミオが完全に隠していたからだ。——だがヴァイスとの戦闘でお前はそれを少しだけ漏らした」
蓮は奥歯を噛んだ。
戦闘の興奮でミオのマナ隠蔽がわずかに揺らいだ——その隙をゼノンは捉えていた。
「クロ、エマ、ミオ。——下がれ」
蓮は低く言った。
「こいつは俺の問題だ」
「無理だ」
クロが首を振った。
「お前一人じゃ、こいつには勝てない。俺も戦う」
「私も」
エマがジャケットの内側から小型のスタン・デバイスを取り出した。
「戦闘用ではないけど、何かの助けにはなる」
『私も——全力で介入します』
ミオが薄紫の瞳を強く光らせた。
ゼノンはその様子を見て、さらに笑った。
「四人がかり、か。——いいだろう」
彼の周囲の磁場がさらに濃くなる。岩肌の鉄分が槍状に集束を始めた。彼の能力の全力モード。
「今度は全員、生かして帰さない」
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戦闘が始まった。
ゼノンの第一射——岩肌の鉄槍が五本、同時に蓮に向かって飛んできた。
クロが即座にワイヤーで岩槍を半分ずらした。残り二本は蓮が外骨格のブースターで回避した。Mk.IIの新出力がぎりぎり間に合った。
ミオがゼノンの磁場膜に再びマナ干渉を仕掛けた。
『——強い! 彼の能力は前回よりさらに強化されています』
「無理しすぎるな!」
蓮が叫んだ。
「お前が倒れたら、終わる」
『……三秒だけ、待ってください』
ミオの瞳が通常の三倍の輝きで光った。
ゼノンの磁場膜がわずかに揺らいだ。だが完全には剥がれない。
そしてミオの体が震え始めた。
「ミオ! やめろ!」
蓮が叫んだ。
ミオは苦しそうにしかし笑った。
『……蓮さん』
彼女は初めて彼を**「さん」付け**で呼んだ。
『……あなたを守りたい。——私の意志で』
次の瞬間、彼女のマナ干渉が爆発的に強化された。
通路全体の磁場が完全に消えた。
ゼノンの能力が初めて完全に無効化された。
彼の動きが止まった。
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「——今だ!」
蓮がブースターを全開にして、ゼノンに突撃した。
パイルバンカーを彼の心臓の真横に突きつけ、発射する。
ゴンッ、という重低音。
ゼノンの体が後方に吹き飛んだ。
彼は岩壁に激突し、血を吐いた。
「——くっ」
彼は崩れ落ちかけたが即座に手で岩壁を掴み、立ち上がった。致命傷ではない——蓮の常としての、致死位置を回避した命中。
だが今回はそれが裏目に出た。
ゼノンの目に怒りが燃え上がった。
「——殺さないつもりか」
彼は立ち上がりながら、両手を地面に叩きつけた。
地震に近い、磁場の爆発が通路全体を震わせた。岩肌の全ての鉄分が彼の周囲に集束する。直径十メートルの、巨大な鉄球が彼の頭上に浮かび上がった。
『——全員、後ろに下がってください!』
ミオが叫んだ。
「この攻撃は防げません!」
蓮は即座にクロとエマを抱えて、通路の奥に飛び込んだ。ミオも後を追って走る。
ゼノンが鉄球を地面に叩きつけた。
通路全体が轟音と共に震えた。
そして——床が崩落した。
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奈落。
蓮の足元がいきなり消えた。
彼の体は岩塊と共に深い縦穴に落下した。クロ、エマ、ミオ——彼の隣にいたはずの三人もそれぞれの方向に散らされた。
バラバラに落ちていた。
蓮は外骨格のブースターを使って、落下速度を必死で制御した。視界の周囲は岩塊と粉塵に完全に遮られていた。
深さ、不明。
仲間の位置、不明。
通信、不能。
ゼノンの磁場の余波で全ての電子機器が乱れている。蓮は自分一人だけが落ちている可能性も覚悟した。
ミオ——
彼の頭の中で少女の声が最後に聞いた言葉として、響いていた。
『——あなたを守りたい。私の意志で』
初めての、自分の意志。
その言葉が蓮の中で何度も反芻された。
彼の体は深く深く落下し続けていた。
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数分後、蓮の体は柔らかい何かの上に着地した。
地下水脈の岸——大きな地下湖の縁。落下した先は第八十五層よりさらに下——地図にすら載っていない、未知の領域だった。
蓮はゆっくり立ち上がり、周囲を見渡した。
仲間はいない。
ミオもクロもエマも姿が見えない。
彼の手元の通信機を起動しようとする——だがゼノンの磁場干渉で完全に焼き切れていた。
「……」
蓮は長く息を吐いた。
孤独。
深層の、さらに深部。
仲間との、分断。
通信、なし。
絶望的な状況だった。だが蓮の心は奇妙に静かだった。
ミオの最後の言葉が彼の中に残っていた。
「私の意志で」——ミオは自分の意志で彼を守った。彼女はもうただのシステムではなかった。
彼女は生きていた。
人として、生きていた。
ならば——彼女を必ず取り戻す。
蓮は地下湖の縁に立ち、暗い水面を見つめた。
第三章——追跡と再会の物語がここから始まる。
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第二章「電磁追跡編」 完
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第25話 完




