「装備換装」
翌日の朝。
ナタリアの工房は、隠れ家の地下にあった。階段を降りた先には、金属の匂いと工作機械の音が、空気を満たす空間が広がっていた。
壁面には、解体された装備の部品が、カテゴリーごとに整然と並んでいる。中央の作業台には、蓮の戦術外骨格とパイルバンカーが、既に分解された状態で置かれていた。
「来たね、レン」
ナタリアは、ゴーグルを額の上に上げて、振り返った。
「あんたの装備、ざっと見たけど——もう、第一段階の限界に達してるよ」
「分かってる」
「ジャマーは効きが弱い、外骨格は出力が足りない、パイルバンカーは、まあ整備の限界だね。——根本から、組み直す」
彼女は作業台の上に、新しい部品を並べていった。
新型ジャマー(多段式)——周波数を三段階に切り替えて、能力者の系統別に対応できる。
外骨格Mk.II——出力四十パーセント増、打撃吸収パッド追加、関節部のアテロイド駆動化。
新型パイルバンカーMk.II——アテロイド推進式に改装、射出速度が従来の二倍に向上。
「これだけ揃えれば、ヴォルグ級なら一秒で潰せる」
「ゼノン級は?」
「ゼノンは、まだ無理だ」
ナタリアは率直に言った。
「でも、距離を取って逃げる時間は、稼げる。今のあんたに必要なのは、勝つことじゃなく、生き延びる時間を増やすことだろ?」
「……理解してるな」
「サキから、聞いてるよ」
ナタリアは肩をすくめた。
「勝つために強くなるんじゃない。逃げ切るために強くなる。——それが、お前の流派だ」
蓮は、短く笑った。
彼の戦術哲学を、初対面の技術者が、正確に言語化していた。サキが先に、徹底的に説明したのだろう。
ナタリアは続けた。
「もう一つ、新装備がある」
彼女は、棚から小さな金属の箱を取り出した。
「電磁抗体スーツ。——ゼノン対策の試作品だ。完全じゃないが、磁場の圧迫を、ある程度は遮断できる」
蓮は箱を開けた。中には、黒い、薄い特殊繊維のインナーが入っていた。素材は、何かの金属化合物らしい。
「使い方は」
「下着の上に直接着る。外骨格と一体化するから、戦闘中の脱着は不要だ。——ただし、効果は約三十秒。それ以上は、内部の冷却機構が焼き切れる」
「三十秒、か」
「ゼノンの本気の磁場から、生きて逃げ切るには、それで十分だ」
蓮は、スーツを手に取った。軽い——だが、しっとりとした重みがある。父の遺した技術書にも、こうした素材の記述はなかった。ギルドが、独自に開発したものだった。
「ありがたく、使わせてもらう」
「ああ、生きて帰ってこい」
ナタリアは短く言って、再び作業に戻った。
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昼過ぎ、蓮はナタリアの工房を離れ、隠れ家の作業室に戻った。
部屋には、サキとミオが、二人だけでいた。
蓮は、扉の手前で足を止めた。
二人の会話が、漏れ聞こえてくる。
「——だから、髪は、こうやって括るんだよ」
サキの声。
『……難しい、ですね』
「最初は誰でもそうさ。——もう一回」
蓮は、そっと、扉を開けた。
作業室の中央、椅子に座ったミオの背後で、サキが彼女の髪を結っていた。
銀白色の長い髪が、サキの指によって、一本の三つ編みに整えられていく。ミオは、鏡の中の自分を、じっと観察していた。
二人は、蓮の存在に気づいて、振り返った。
「……邪魔したか」
「いや、ちょうど終わった」サキは、肩をすくめた。「この娘、長髪のままじゃ戦闘で邪魔になるからな。一本に括る方法、教えてた」
『……サキさん、ありがとうございます』
ミオが、淡々と言った。
サキは、彼女の頭を、軽くポンと叩いた。
「あんた、敬語は、もう少し崩していいよ。あたしのことは、サキでいい」
『……サキ』
「うん」
サキは満足げに頷いた。
蓮は、その光景を見ながら、何かが心の中で柔らかくなるのを感じた。
ミオは、確実に、変わっている。
戦闘時の冷徹さも、判断力も、彼女の中に確かにある。だが、ここに今、いるのは——髪を結われて、感謝を伝える、ただの少女だった。
蓮は、その変化を、いい方向だと、認識していた。
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午後、蓮はライアンの個別訓練を受けた。
訓練場は、隠れ家の奥にある小さな射撃場だった。ライアンは、蓮に磁場の中での戦闘訓練を施した。
「ゼノンの磁場は、距離による減衰がある」
ライアンは、的を指差しながら言った。
「中心から二百メートル以遠なら、磁場の力は約半分。三百メートル以遠なら、四分の一。——逃げる時は、減衰曲線に沿って、距離を取れ」
「直線的に逃げる、ということか」
「いや、螺旋状に逃げる。直線だと、磁場の集束予測がされやすい。不規則な弧を描くように動け」
ライアンは、レーザーポインターで床に弧の軌道を描いた。
蓮はその軌道を、目で追った。幾何学的な逃走パターン。これは、サキにも教わっていない、ライアン独自の戦術だった。
「分かった」
「あと、もう一つ」
ライアンは、低い声で言った。
「ゼノンの右目下の電光紋様——あれは、能力者プログラムの強制刺青だ」
「強制刺青?」
「能力者育成プログラムで作られた者には、識別用に、特殊なマナ・タトゥーが入れられる。ゼノンがS級になった瞬間に、企業が彼に刻んだものだ」
蓮は眉を寄せた。
「つまり、彼は——」
「自分の意志で能力者になったんじゃない。——作られたんだ」
ライアンは短く言った。
「彼は、企業に拾われた孤児だった。——お前の妹が、企業に拾われたのと、同じようにな」
蓮の動きが、止まった。
「……お前、何を知ってる」
「俺の知っていることは、全部、ラムの会議で出した情報だ」
ライアンは、即座に答えた。
「ただ、点と点を繋いだだけだ。——お前の妹も、ゼノンも、企業の養育施設で育てられた可能性が高い。同じ施設で、同じ時期に」
蓮は、奥歯を噛み締めた。
ゼノンと妹が、同じ場所で育っていたかもしれない。
その情報の意味を、蓮はすぐには整理できなかった。
「……訓練は、続けてくれ」
「ああ」
ライアンは、それ以上、何も言わなかった。
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その日の夜。
隠れ家の食堂で、蓮、ミオ、サキ、ライアンの四人が、簡素な夕食を囲んでいた。
メニューは、煮込み料理とパン——ジャンク・ギルドが備蓄していた、保存食を温めただけのもの。だが、温かい食事を、四人で囲むということ自体が、蓮にとって、長らく経験していなかった、何かだった。
ミオは、三つ編みになった髪を、たまに指先で触れて確認していた。新しい身体感覚を、楽しんでいるようだった。
ライアンは黙々と食べ、サキは時折、ミオに食事のマナーを小声で教えていた。
「明日の朝、出発だな」
ライアンが、口を開いた。
「ああ」蓮は短く答えた。「ルートは、ナタリアから受け取った」
「深層に潜伏する間、定期通信は週に一度だけだ。それ以上は、企業に通信痕跡を辿られる」
「了解した」
ライアンは頷き、もう一口、パンを食べた。
サキが、コーヒーを淹れ直しながら、低く言った。
「……レン」
「ああ」
「三週間後、浮遊居住区に潜入する時——あたしも、行く」
蓮は、サキを見た。
「腕の包帯、まだ取れてないだろう」
「治療は、向こうのギルド施設で続ければいい。——お前一人で、浮遊居住区に潜入させる気は、ないよ」
「……サキ」
「親父さんの遺志ってのは、お前一人で背負うもんじゃない。——あたしも、半分は背負ってる」
彼女の声には、揺るぎない決意が混じっていた。
蓮は数秒、サキを見つめてから、短く頷いた。
「……分かった」
四人の食卓は、それ以上、特別な言葉を交わさなかった。
だが、その静かな食事は、蓮の中で、いつまでも記憶に残る夜として、刻まれることになる。
翌朝、彼らは深層へ向けて、出発する。
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第17話 完




