消す側の人間
ミオは、静かな部屋で目を覚ました。
天井は白い。無機質で、装飾のない平面。光は柔らかく、どこから差し込んでいるのか分からない。音もない。外の気配も感じられない完全な密閉空間だった。
しばらく、動かなかった。
動き方を思い出すように、ゆっくりと指を動かす。次に腕。体を起こす。視界がわずかに揺れるが、すぐに安定する。
ここがどこなのかは、分からない。
だが、それに対して特に疑問も浮かばなかった。
ただ一つ、自然に理解できることがある。
自分は、ここにいるべきだからいる。
それだけだった。
ドアが音もなく開く。
黒いスーツの男が一人、部屋に入ってくる。無駄のない動き。足音はほとんどしない。
男はミオの前で止まる。
「起動確認」
短い言葉。
ミオはわずかに頷く。
「問題ありません」
自分の声が、やけに落ち着いていることに気づく。感情の起伏がほとんどない。必要なことだけを処理するための状態。
男はタブレットのような端末を確認する。
「記憶の欠損は正常範囲内」
「任務に支障なし」
ミオは何も言わない。
言う必要がない。
男が続ける。
「対象エリア、沖縄本島西側」
「異常現象の拡大に伴い、情報統制レベルを引き上げる」
その言葉の意味を、ミオは理解する。
情報統制。
つまり。
「排除対象は」
ミオが聞く。
男は視線を上げる。
「“理解した個体”」
曖昧な言い方だったが、それで十分だった。
理解した人間。
つまり、この世界の異常の“本質”に近づいた人間。
それを消す。
それが役割。
ミオはゆっくりと立ち上がる。
体の動きに無駄はない。迷いもない。
ただ、ほんの一瞬だけ、胸の奥に違和感が走る。
理由は分からない。
だが、それはすぐに消える。
男が端末を操作する。
空中に地図が表示される。沖縄本島。いくつかのポイントが赤く点滅している。
「優先対象はこの3点」
ミオは視線を向ける。
その中の一つに、見覚えがある気がした。
いや、正確には“感覚”だけが残っている。
具体的な記憶はない。
それでも、なぜか引っかかる。
男が言う。
「対象はすでに接触済み」
「現在、移動中」
ミオは頷く。
「追跡します」
男は最後に一言だけ付け加える。
「感情は不要だ」
ミオは答える。
「理解しています」
それは事実だった。
感情は、任務に必要ない。
むしろ邪魔になる。
だから消されている。
それが当たり前だった。
ミオは部屋を出る。
廊下は長く、同じ景色が続いている。どこまでも無機質で、現実感が薄い。外に出ると、夜の空気が肌に触れる。
その瞬間、ほんのわずかに呼吸が乱れる。
空を見る。
星が、近い。
異常だと分かる。
でも同時に、どこかで知っている気もする。
その感覚を振り払うように、ミオは視線を落とす。
任務を優先する。
それがすべてだった。
遠くで、街が崩れている。
光が落ちる。
地面が揺れる。
それでもミオの足取りは変わらない。
静かに、確実に、対象へ向かっていく。
そしてその対象の中に――
蒼たちが含まれていることを、
まだ誰も知らなかった。




