積み重ねた思い出と増えた秘密と
「へー。ただ空を見上げて観察しているだけかと思ったら、結構色々な事やっているんだ」
「うん、観測だって少しずつ望遠鏡の位置を調整していかないと、だんだんと星がレンズからずれてしまうんだ」
「えっ?」
真理恵ちゃんが驚くのも無理は無い。
観測会で初めて知った事だけど、肉眼とは違ってレンズ越しでの観測というのは意外に忙しい。
油断していると、焦点をあわせている間にも見失いそうになったりもする。
「本当は星じゃ無くて、地球の自転でズレていくんだけどね」
「そんなに動いているんだ」
以前は太陽や月が東から西へ動いていくのは、当たり前の事すぎて気にする事なんて無かったけれど、今なら自分の体験で解説する事も出来る。
こうして真理恵ちゃんに説明していると、思っていた以上に天文部員として色々学んできた事をあらためて実感した僕だった。
「逆にそんな動きを利用して、撮れる写真もあるんだ」
「何!この光の渦は」
それは夏合宿の時に夜空を撮影した1枚だった。
「カメラを固定しておいて一晩かけて撮影すると、こんな風に星が移動した軌跡が1枚の写真で見れるんだ」
「綺麗」
「これっていつも見てるはずの星だよね」
「この星座、見た事あるかも」
一緒に来ていた真理恵ちゃんの友達たちも気付けば、思い思いに写真を見てくれている。
真理恵ちゃんに誘われて、興味本位で遊びにきただけのつもりだったと思うけれど、これをきっかけに星の事を好きになってくれたら⋯⋯、そんな事を考えていた時だった。
「ちょっと?随分と楽しそうな事もやってたのね?」
突然会場の温度が下がった様に感じる、真理恵ちゃんの冷ややかな声。
「!?」
その声の方を見ると、いつの間にか真理恵ちゃんは夏合宿の紹介コーナーの方に移動していた。
そして、真理恵ちゃんの視線の先にはスイカ割り大会での僕の勇姿⋯⋯では無く、失敗して結星先輩を押し倒しそうになっているシーン。
「あっ⋯⋯」
「どうしてそんな気まずそうな顔してるの?」
このままでは真理恵ちゃんに誤解されたままになってしまう。
「ただのアクシデントだよ」
「ふぅん⋯⋯」
普段ならすぐに突っ込みが来そうなのに、かえって静かなその態度が恐ろしい。
「⋯⋯ごめんなさい」
思わず反射的に口をついて出た言葉。
⋯⋯⋯⋯。
「あはは。冗談よ、冗談。何本気にしてるのよ」
少しの静寂の後、かえってきたのは、思いがけない笑い声だった。
「えっ!?」
驚いて真理恵ちゃんを見ると、よほどおかしかったのか、涙目になっている。
「天文部なんて中学の時からは考えられないけれど、満喫しているんだね」
「うん、まあね」
「あーあ。練習の疲れが出てきちゃった」
そう言うと、真理恵ちゃんはバックから紙袋を取り出して僕に渡すと、出口の方に向かって歩き始めた。
「この時間に当番してたら、ちゃんとご飯食べられないでしょ。それ、差し入れだから」
「あ、ありがとう」
「他のお客さんも来るから、そろそろ帰るね」
それ以上の言葉をかける間もなく、真理恵ちゃんは扉の向こうへと消えていった。
その後ろ姿を見て、何故かはわからないけれど、少しだけ胸の奥に穴が空いた気がした僕は、少しだけ立ち止まってあらためて会場を見渡した。
そこには確かにこの半年間僕たちが残してきた大切な記録があった。
でも、それ以上に積み重ねてきた思い出もあるんだよな⋯⋯。
そう思いながら手渡された差し入れを確認しようとした時だった。
「あれ⋯⋯」
紙袋を開けた途端、どこかで見た覚えのある包装。
「これって⋯⋯」
そして僕は、何事も無かった様に袋を閉じると、机の中へとそっと置いた。
「どうしたの、折角の差し入れを」
「いや、ちょっと⋯⋯」
「それにしても牧田君にあんな可愛い知り合いがいたんだね」
「部長こそ、あの時の女の子とまだ付き合いがあったんですね」
「いや、偶然だよ、偶然⋯⋯」
「「⋯⋯⋯⋯」」
「部長⋯⋯」
「うん⋯⋯」
「今の時間の事はお互い忘れる事にしましょう⋯⋯」
「うん⋯⋯、そうだね⋯⋯」
「ところで差し入れはいいの?」
「あの包み、例のロシアンポップコーンと同じなんです⋯⋯」
「⋯⋯とりあえずしまっておこうか」
わずかな間に部長との連帯感が一層深まった気がした昼下がりだった。
次回は9日(金)21時頃更新予定です




