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アザレアの射手  作者: 佐倉花梨
第二幕 冬厳竜篇 黄昏の雪に紛れて
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2-1-1 ダイヤモンドダスト

第二幕以降、章割りが追加されるのでナンバリングが複雑になります。

2-1-1は、第二幕第一章第一話という意味となります。

   第一章 新たな仲間


 リィナ・ロンシャンは、新たな街の新鮮さに高揚しながら更に北を目指し歩いていた。

 ラップランドへ足を踏み入れたときと同じ様に。

 だが、その時とは決定的に違うことが一つあった。

 仲間がいたのだ。

 孤高の少女は無視されることも、過ぎる微風のように扱われることもなくなった。

 ピンと猫耳を生やした彼女は、同行を誓った仲間と他愛もない話をして、二人一緒に歩いていた。

 互いの歩幅がちぐはぐでも、決して二つの心に結ばれた糸が解れることはなかった。


「見て! 見てください! 街の方向から蒸気機関車が!」


 黒鉄の塊が大量の黒煙を呼吸のように吐き出しながら、木製の客車と貨車を運んでこちらに向かってくる。

 今二人の歩いている街道は線路と並走しているため、真横をかの機関車が通り過ぎる。

 リィナは巨大な怪物が襲ってくるんじゃないかと邪推して、少し身構える。


「大丈夫ですよ。レールの上以外は走れませんから」

「知ってるけど……」


 鉄のレールを蹴る音が響き、周囲に黒煙が立ちこめる。真横を掠める長い乗り物は、まるで低空を飛行するサーペントのようだった。

 

「うわぁぁぁ……! かっこいいぃ……!」

「けほっ、けほけほっ」

「だ、大丈夫ですか……?」

「なにこれ、毒?」

「煙を吸い込んでしまったら咳が出てしまうんです。毒ではないから安心してください」

「……サイアク。けほっ、けほっ」

 

 機関車の背中を見送って、ミミリーは黄色い歓声を上げた。

 どうやら彼女は、ああいう先端技術が好きらしい。


「見てください! あの逞しさに溢れたフォルムを! 唯一無二ですよ!」

「それほどかな」

「それほどですよ! しかも、かっこいいのは見た目だけじゃない。あの蒸気機関車が、将来的にはラップランドを超え、アスランの帝都アスラナを経由し、教皇領のラテラノも超え、草原を通りジャングルを通り。かの大帝国を縦断して最終的には大陸南端のメロイアまで旅する鉄道になるんです! まるで、まるで……」

「あたしたちみたい?」

「先に言われちゃいました……えへへ」


 ミミリーは微笑んで、刹那に何かを決心したような顔をした。深い雪をざっざと踏み抜いて、数歩行ってからリィナに振り向いた。


「やっぱり、リィナさんに同行して良かった」

「……何急に」

「ここは、腐っても私の故郷なんです。故郷の雪景を、息をのむほど美しいこの光景を、貴女と見られて良かった。冒険って、こんなに楽しい——」


 ミミリーが言葉を止めたのは、目の前をダイヤモンドが横切ったからだ。

 空気を切り裂くようにはためき、薄明の暁光が濾されきらりと耀う無数の星々。 

 塵の幾ばくかがミミリーの茶色く長い睫毛に触れ、彼女は瞬く。

 掴むと消えてしまいそうな瞳を見開き、眼前の神秘的な光景に目を奪われていた。

 

「ダイヤモンドダスト……」


 そう零して、華奢な体躯を煌めきの中へ擲つその無邪気さと愛らしさに、リィナは二の句も継げなかった。

 極寒の自然が作り出す世界とは、これほど澄み切っていて美しいものか。


「リィナさん」


 ひとしきり燥いだミミリーは、おろおろとリィナに近づいてそう呼びかける。


「私の故郷……フレゼリシアへようこそ!」


 常冬と先進の国のお出迎えは、かつてないほどに壮大で明媚で。

 自然と人工の織りなす不調和に、妙な胸騒ぎがした。

 



 一刻ほど歩けば、一帯を包み込んでいたダイヤモンドダストは露と消えてしまった。

 どうやらあの現象は気象条件が完璧に揃わない限り起こらないらしく、奇跡に巡り会えたとミミリーは感極まっていた。

 どうやらフレゼリシア初日は幸運に見舞われたようだ。

 名残惜しそうにした二人は、ノルトハーゲンの中心部に向かって歩いていた。

 北方の民族はどこに行っても変わり映えしないらしく、賑やかな大通りは笑顔で満ちていた。


「みんな明るいね」

「北方の人は、明るく楽しくがモットーなんです。心の中までも冷たかったら凍っちゃいますから」


 ラップランドの礼拝堂でエルと挨拶を交わしたとき、彼女は感謝の気持ちをハグで表現していた。

 太陽みたいな彼女の性格を、同じように持ち合わせている人が多いということだ。

 想定してたより遥かに疲れそうだ。

 

「初対面の人は抱きしめるのがマナーなんだっけ? ほんとぶっ飛んでる」

「それは人によるかもしれません。底抜けに明るい人は挨拶代わりにハグしたりしますね。普通は親愛の印だったり、友情の印だったりで……」


 ミミリーは話を聞いていたリィナの横顔を見て言葉を詰まらせた。

 彼女はフレゼリシアといえ、この国の文化をそれほど享受していたわけではない。

 だからエルみたいに自然なスキンシップを、平気な顔してできるわけがない。

 みるみる顔が紅潮してきて、邪な考えを振りほどくように反対側へ顔を背けた。

 リィナは全くそれに気づかなかった。

 街の異様さに目を奪われていたのだ。

 ラップランドの街並みとは比べものにならないほど、雪の痕跡が多い。

 いくつかの家には、吹雪の跡がありありと残っているように見えた。

 ダイヤモンドダストといい街並みといい、別世界に足を踏み込んでしまったみたいだ。


「旅の楽しさはこういうところにありますよね。私もメロイアに運ばれたとき、文化の違いに何度も驚いた記憶があります」


 平然を装う。だがまだ耳が赤かった。


「あ、ギルドあった」


 大通りの終点に、煉瓦造りの大きな建物があった。

 凍った噴水を回って、極寒から逃げるように木のドアを押し開けた。


 松の木の香る北方らしい作りの内部では、寒さを紛らわせるため発泡酒を飲んでいるものたちが多かった。

 外との寒暖差は歴然で、寧ろ暑いくらいだった。

 この暖気はどこから来ているのだろう。まさか人間の熱気がここまで伝わるはずがあるまい。

 中心に煉瓦造の暖炉があったが、それだけでこの広さをカバーできるとは思えない。


「暖かい……フレゼリシアの暖房技術様様ですね」

「暖房技術?」

「はい。あそこにもあそこにもあそこにも。壁の上にも床の下にもあります。この寒い国を生き抜くために作られた、超最先端の暖房技術ですよ」


 床に面する壁には、四角く象られた鋳造の容れ物に収まり、正面は細い格子に遮られ、中が見えない。白い空気が、その機械から空気中を彷徨っている。

 暖炉より遥かに小さいそれだが、近づくほどに暖気が増していく。

 それに耐えかねて、リィナは距離を取ってしゃがみ、暖房を不思議そうに眺める。 


「触れてはダメですよ。熱いですから」

「どこからこのエネルギーを……? 火属性の魔道具?」

「魔道具じゃねぇぜ、嬢ちゃん。正真正銘、蒸気で動く暖房さ」


 ギルドの受付から近づいてきた、聞き覚えのある声。


「ロベルトさん!」

「さっきぶりだな。無事に辿り着けたみたいでよかった」

「そちらこそ! 雪崩の件は、大丈夫でした?」

「ああ。さっき、商会とギルドに報告した。救助隊と商人たちが機関車に乗って現場に向かったよ。便利だよな、ありゃ」

「あぁ、だからさっきの」

「私たちがすれ違った機関車ですね。……荷物が届けられるようなら、何よりです」

「あぁ。あいつも、今日中に家族のもとに戻れるよ」

「……良かったです」


 普通なら見捨てられる荷物や遺体も届けられる。残酷な現実だが、従来より遥かに優れている。


「受付はあっちだ。入国登録を済ませてこい」

「入国登録?」

「冒険者は他国で依頼を受ける際、冒険者カードを見せて登録をしないといけないんです。登録を済ませないと、ギルドの出してる依頼を受けられなかったり、預けているお金を引き出せなかったりします」


 三人は受付に足を進めた。

 道中、賑わう冒険者たちの装備品をリィナは観察していた。

 これといって、ラップランドにいた冒険者たちと変わりはない。

 だが数人、見たことのない武器を背負っている者がいた。

 木製の鈍器のようなものだが、鉄でできた部品をつけている。

 筒状の武器らしく、どう扱うのかまるで分からない。

 その武器を付けているものは皆華やかで、金持ちらしい。武器の装飾もかなり派手だ。

 かなりの高級品であることはひと目で分かる。


「ミミリー、あの武器は?」

「あれは……。おそらく銃ですね。私がこの国にいたときはまだ試作品しかありませんでしたが……」

「去年くらいから本格的に製造され始めてる。あの筒の中に鉛でできた小さな弾を込め、撃鉄で着火し発射するんだ。扱いは難しいし重いが、強力で轟音を放つ。当たらずとも、モンスターに恐怖を与えられるわけだ」

「ふぅん。銃、ね」

「実用化されてたんだ……すごい」

「最近は魔王軍の脅威が増して、研究開発があっという間に進んじまった。フレゼリシアの技術は世界一だよ」


 あの銃がどれほど脅威かは定かでないが、自分たちの行動で人間に技術の進歩を許してしまったのかとリィナは少し反省する。


「あれが世界中に行き渡ったら、弓が過去のものになる日も近いね」

「現にアスランや鬼火では軍用兵器として量産する計画がある。すぐに置き換わるだろうな」


 リィナは自分の背中を顧みて、ため息を一つ漏らす。これはもう時代遅れか。

「そんなことないです」と無責任なことを言えたらよかったが。ミミリーは口を噤んだ。現に、ギルド内で弓を背負っている者は少ない。

 寒い環境では、悴んで細い指裁きを行えない。故に弓矢より扱いは難しいが高度な操作を用いない銃のほうが、ここでは機能性が高いのかもしれない。


 そんな事を考えながら歩いていた。建物の中心から僅かに左へ逸れた場所にある、円型の受付テーブルに近づいた。

 雪国とは思えない薄手の受付嬢がツインテールを揺らしてこちらに手を振った。

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