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アザレアの射手  作者: 佐倉花梨
第二幕 冬厳竜篇 黄昏の雪に紛れて
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2-1-2 グレードD

「ロベルトさん、その方は?」


 受付嬢とロベルトは知り合いらしく、彼女は気楽に話しかけていた。


「見たらわかるだろ。ちびっ子冒険者だ」

「ちびっ子って……」


 リィナは怪訝な表情を右隣のロベルトに送る。確かに、髭を生やした彼からすれば、リィナもミミリーもちびっ子だろう。


「今日からこの国でクエストをこなしたいらしいんだ。入国登録をしてやってくれないか」

「そういうことでしたら、承りました」


 受付嬢はカウンターから上半身を伸ばして、こちらに手を伸ばしてくる。


「では、冒険者カードの方をご提示ください。すぐ終わりますので」

「冒険者カード……」


 ミミリーは「はいっ!」と返事をして、ポーチから取り出したそれを受付嬢に手渡す。

 リィナもカードの入っている胸ポケットに手を伸ばしたが、視線は受付嬢ではなくミミリーにあった。

 たしか、ラップランドで冒険者登録をしたとき、種族を人間にしたはずだ。キャシーになるなんて夢にも思っていなかったし、龍族やサナトスなんて馬鹿正直に記述していたら命がなかった。

 だがそんな心配をよそに、ミミリーはリィナに笑顔を送るばかりだった。


「大丈夫です」


 それだけ、ミミリーは囁いた。

 リィナはそれを信じ、カードを手渡した。

 正確に言えば信じたわけではない。ここまで来た仲間の言葉を裏切るわけにもいかず、疑心暗鬼のまま手渡したに過ぎなかった。


「リィナさんと、ミミリーさん……」


 リィナには様々な不安要素があった。

 そもそもミミリーはこの国を数年前に追い出された身だ。

 ヨルゲンセンという苗字のままで冒険者登録をしていたなら、かの有名なフレゼリシアの貴族、ヨルゲンセン家の娘だということが露呈しかねない。

 こんなところでお終いかと思ったのに、受付嬢の言葉でリィナは情けない声を出してしまった。

 二枚のカードを見ながら彼女は何かを書き写していた。名前か職分か定かではないが、特に怪しんでいる様子はなかった。

 やがて万年筆を立て、リィナたちを見やる。


「よし、登録完了しました!」

「えっ」

「ん? 何かありましたか?」

「いや……なにも」


 入国登録はあっさりと完了したようだった。


「入国登録が完了いたしましたので、晴れてギルド公認クエストを受注できるようになりました」


 その言葉を待っていましたと言わんばかりに、ロベルトが受付横にある掲示板を指さした。

 掲示されているクエストは数え切れない。

 赤いスタンプのあるものがギルド公認クエストらしく、通常の個人クエストより難易度も報酬も高いそうだ。


「よしっ! じゃあ早速クエストを——」

「少しお待ちを! もう一つ説明することが」

「ミミリー、急ぎすぎ」

「ふぁい……」


 ミミリーの腕を放したリィナは、もう一度受付嬢に向き直る。


「フレゼリシアのギルドでは、パーティ単位でグレードというものが用意されているんです。グレードSを頂点に、AからDまで存在しています」

「受けられるクエストに縛りはないんだが、人気のクエストや高難易度のものは多くのパーティが受注する。くじ引きで決めるわけにも行かないから、依頼者やギルド側がグレードを見て、依頼するパーティを決めるんだよ」

「グレードは必ずしも実力で決まるわけではありません。クエストのクリア数でしたり、成功率でしたり……。屈強な男たちが集まった最強パーティでも、フレゼリシアのクエストを一つもクリアしていなかったら、問答無用でグレードDに割り当てられるんです。いわゆる、パーティに対する信頼度ってことですね」

「なるほど……。でもそれって、グレードSのパーティが有利にならない? 片っ端から受注していけば、この国のクエストを全部独占できるじゃん」


「たしかにたしかに」とリィナに同調するミミリー。

 過酷な環境が故に国内の冒険者が他国へ出向いてしまい、よそ者の冒険者が多いからという理由でこのような珍しい等級分けになっているのだろうが、これではむしろよそ者を排する仕組みになっていると言わざるを得ない。


「そこは安心しろ。商人の世界と同じで、ここにも独占を禁止する決まりが存在する」

「なるほど、受注制限ってことですね!」

「パーティが一度に受けられる公認クエストは一つだけ。もちろん、そのクエストを完了するか諦めるまで他のクエストは受けられません!」

「確かにそれなら、独占の心配もない訳か。それに……」


 リィナは再び掲示板の、依頼書が犇めくを見やった。


「あんだけ未完了のクエストがある理由がわかった」

「それがこの制度の弱点ですね……あはは」


 頬を掻きながら受付嬢は苦笑いした。

 そこへ別のパーティがやってきて、彼女はそちらの対応に行った。

 リィナたちへの説明はこれで十分と判断したのだろう。

 

「兎に角、クエストを見てこい。お前たちならどんなクエストも楽々こなせそうだ」

「はいっ! そうします!」


 アイシクルウルフの討伐でかなりの自信がついたのだろう。ミミリーは飛び跳ねながら掲示板の前へ駆けていった。


「それじゃ、俺はそろそろ行くよ」


 カウンターに置いていた肘を下ろし、ハイスツールから降りたロベルト。

 入り口に向かうその背中を見上げたリィナは、柄にもなく自分から言葉を投げた。


「ここまで連れてきてくれてありがと」


 ロベルトは足を止め、リィナに横顔を見せた。少し微笑んでいるように見える。


「一生会えなくなるわけじゃない。そう改まるな」

「そ。じゃあ取り消す」

「取り消すな」


 彼は少しの苦笑いを零して。


「……お前たちは運の良いガキだ。きっと今日も、運命が微笑んでくれるかもな」


 そう言って、彼は立ち去った。

 リィナの猫耳が、ピクリと跳ねる。

 ——運命、か。

 意外にもクサいことを言う奴なんだなと彼女は感服した。


「ミミリー」

「あっ、リィナさん! お話終わりました? 見てくださいこんなにたくさん! クエストの宝庫ですよ! これでお金持ちですね私たち」

「気が早いな……。それよりさっき、受付嬢に止められなかったけど、あの人に何か吹き込んだの?」


 一瞬ミミリーは首を傾げ、何か閃いたように声を上げた。


「あー! いやいや、何もしてないですよ。少しリィナさんのカードに細工しただけです」

「細工?」

「冒険者カードは炎に焼けず、水にも濡れない紙でできているんです。加えて文字は熱に弱い特殊インクで書かれています。私の持っている、火力のやけに強い炎属性の魔道具を使って種族欄の文字を消して、キャシーの文字に書き換えたんですよ!」

「すごくありがたいんだけど、なんだか小賢しいね」

「ぐうの音も出ません……」

「それで、いつやったの? それ」

「フレゼリシアへの道中、野宿しているときにやったんです! 特殊インクの使われている万年筆がロベルトさんの運んでいた荷物にあったので、少し拝借させてもらいました」

「泥棒じゃん」

「ぐうの音も出ません……」

「まぁでも、そのおかげで切り抜けられたわけだし。……あんたもそういうことができるって知ってなんか安心した」


 生真面目で、良い意味で冒険者らしくないあのミミリーが、明るみに出れば除名されかねない犯罪をやれる時が来るなんて思いもしなかった。

 ある意味でも成長だなと、リィナは舌を巻く。

 

「それで、あんたの苗字は?」

「苗字?」

「ヨルゲンセンだよ。あの家の出身だってバレるじゃん」

「あ、それなら大丈夫です! ヨルゲンセンって苗字、フレゼリシアでは結構一般的なんですよ。アスランにミュラーさんが多いのと同じで」

「なるほど。だからあんたが名乗っても不審がられないと」

「その通りです!」


「それより、クエストが気になって」と言ったミミリーは、掲示板の前で飛び跳ねながら上方にある依頼書を読もうと試みる。

 ラパンらしい跳躍力で、彼女二人分はありそうな高さの掲示板を優に超していた。

 それと彼女の話に感心しながら、リィナは腕で体を抱くように組んでいた。


「それで、良いクエストはあった?」

「グレードによって受けられないクエストはないって言いながら、グレードA限定みたいなのばっかりで……。私たち、グレードDですよね?」

「入国してからすぐDより上だったらびっくりだよ」

「そうですよねぇ。やっぱり、母数の多いA未満のパーティが、簡単なクエストをかっさらっているみたいです」


 よく跳ねながら話せるなとまた感心する。


「あっ、このクエスト」


 ミミリーはそう零しながら勢いよく依頼書を引っ剥がし、床に足をついて熟読し始める。

 それをリィナも覗き込む。

 どうやら討伐系のクエストではなく、調査をしてほしいという特殊な依頼らしい。

 グレードによる制限もなく、成果報酬で最低保証が銀貨百枚。表面上だけ見れば全く悪くない設定だ。


「なるほど、だから余っているんですね……」

「何か気づいたの?」

「概要を見てください。『幽霊屋敷の調査』って」

「幽霊屋敷?」

「フレゼリシア名物の、観光地みたいなものです。廃墟になった屋敷でアンデッドが出現したり、逆にアンデッドが出現して廃墟になった屋敷を、幽霊屋敷って言うんですよ」


 名物ならばフレゼリシアに定住している冒険者は興味を示さないであろうし、魔王軍の攻撃が活発化している今、こんなクエストで油を売っている場合ではないのだろう。


「幽霊怖くないの?」

「昼に行けば大丈夫ですよ! 霊体は魔道具で可視化できますし、アンデッドが物体に憑依すれば物理攻撃も可能です! 辺境ですが近いのですぐ到着するはずです! ほら行きましょう!」


 返事をする暇もなく、リィナは困惑したまま手を引かれた。

 故郷で受ける依頼に浮き足立って先回りする気持ちもわかるが、焦燥せず落ち着いてほしいという願いも、冬のように冷たい彼女の中にはあった。

 同時にミミリーを纏うこの熱量が、少しばかり羨ましかった。

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