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アザレアの射手  作者: 佐倉花梨
第一幕 冒険者篇
16/17

1-16 雨降って地固まる

 蝋燭の明かりが立ち上り、子供たちの黄色い声が響き渡る孤児院の横を忍び足で教会に歩み寄る。泥棒なんてリィナからすれば慣れっこだが、この瞬間はいつも心臓が高鳴る。木の軋む音を震える手で押し殺しながら、ゆっくりと教会の大扉を開けていく。


『もう慣れたもんだね、リィナ』


 ちょんとリィナの肩が跳ね、声にならないほどの悲鳴が勝手に漏れた。


『ちょっと! びっくりさせないでよ!』

『ごめんって。それで、何を盗む気?』

『教会なら献金やら金製品やらがたんまりとあるはずだし、それを狙うかな』

『だけど、この教会はフィフソスだよ、フィフソス聖教会。ゲネラリスの十分の一? 百分の一?』

『千分の一。それでも信者数を傘増ししてるなんて巷では言われてる』


 フィフソス聖教会は、信教の自由が認められる前のアスランで密かに生まれ、北方に向けて水面下に広がっていったゲネラリス教会の分派である。

 教義についてはそこまでの違いはない。そこにあるのは深い深い溝と、永遠に続く対立だけだ。

 ゲネラリスの信徒は銀色の、フィフソスの信者は黒の十字架を体に飾っている。エルの場合はネックレスだ。あれは金にならない。商人のほとんどはゲネラリスの信徒だ。黒い十字架を、まるでヘドロのように扱う。

 だからエルが死んだ証明にと十字架をシアに手渡した。値打ちものであったらくすねていたであろうし、突っぱねられたら今頃側溝の中だ。


『それにしてもリィナ、最初と性格が違いすぎない?』

『最初って、何』

『ほら、ギルドに潜り込んだときの性格だよ。ちょっとばかし前の作戦会議のときには、僕に「か弱い子供を演じれば、人間は自然に警戒心を解く」なんて言ってたのに』

『ああ、それね。……そりゃ最初は演じてたけど、受付嬢に頭撫でられたかけたときはバレたかと思ったし、カフカみたいな騎士は、もともとの警戒心が高すぎて。魔王軍、大胆に動かしすぎたかなぁ……』

『絶対その服装のせいだと思うけどね』

『仕方ないでしょ! はぁ……角が収納できたらいいのに』

『角があるんだから龍族はかっこいいんだよ!』

『はいはい。わかってますよぉ〜』


 ここも違う、あれも違うと教会の中のドアを開けていく。どこも朽ち果てた部屋ばかりで、何年もまともに使っていないようだった。

 礼拝堂の大広間は綺麗にまとめられているだけあって、その落差に呆れてしまう。

 

『……性格の話に戻るけど、今のままじゃ一貫性がなさすぎるよ。統一しないと』

『統一するって言われても……。どんなのがお好み?』


 半透明の、目や口が浮いている鬱陶しい生き物が、顎に手を当ててまるでまともに思考を巡らせているような態度をしてやがる。

 

『……いっそのこと、明るく陽気な性格になれば?』

『そうしたらギルドがあたしのことを調べちゃうかもしれないでしょ。あたし、一応死んだことになってる所謂幽霊なんだから』

『たしかに……』

『さっきみたいな性格で行くよ。なんて言うか……気丈に振る舞う、っていう感じ?』

『その方がリィナも楽そうだ』


 螺旋階段を登って数歩進んだ先に、それらしき部屋があった。

 それらしきとは金があるというわけではなく、エルが住んでいたであろう部屋という意味だ。

 

『エルフの女にクソ野郎って言われても動じず、懐に爪を隠して自分の思ったことを言い放つ。演じるというよりこれが本来のあたしだからね』

『リィナかっこいい! それでこそサナトスだ!』

『皮肉が下手だよ、ろんろん。ほら、もうついたからおしゃべりは終わり。あんたはそこの棚を調べて。あたしはこっち』

『はいはい。わかったわかった』


 木製の棚には、服飾や下着類が整頓されて並んでいる。どれも銀貨一枚にも満たない布切れなので、目もくれず別の引き出しへ腕を伸ばす。

 そんなことを彼らはしながら、部屋の全てを物色した。

 結果、部屋には銀貨数十枚があるのみだった。

 貧乏聖職者というのは本当だったらしく、その銀貨もシアへの給料に用意されたものだった。

 ギルドに預けた形跡もないから、本当に生活が逼迫していたのだろう。よくぞあんな高額報酬の薬草採取クエストを依頼できたものだ。

 落胆しながら足早に教会を離れ、振り返ることもなく道へ出た。


『あんまり無かったなぁ。あそこまで演技したのに、これっぽっちだなんて』

『次があるさ。フレゼリシアに行ったら、もっとたくさんのお金を一緒に稼ごうね。楽な任務でも危険な任務でも、僕らなら楽勝。だよね?』

『もちろんだよ、ろんろん。二人でいろんなところに出かけて、いろんな景色を見て、いろんなご飯を食べて。フレゼリシアが終わっても、まだまだたくさんの冒険が待ってる。楽しみだね、相棒』


 一人と一匹は拳を合わせ、人のいない夜道で誓い合った。

 盗んだ金とギガントレックス討伐報酬をギルドに預け、ラップランドの名が刻まれた小切手を受け取る。これさえあれば、世界のどこにいてもギルドで金を引き出すことができる。

 

 この街でするべき全ての個人的目標が、終わった。


 ギルドの前で、ぼうと光る街路灯を見ていた。

 間違いなくそれは蝋燭に灯る火であり、これから始まる地獄の種火なんだ。


「お、お待たせしましたぁ!」


 駆け込んできたミミリーは、ゼェゼェと喘鳴を漏らしながら、宿の宿泊契約書を持っている。


「あ、あそこの宿です……ハァ、ハァ。少し、狭いかもしれませんが、安宿があまりなく……」

「そんなの何でもいいよ。……それより、どれだけ走ったの」

「ま、街を十周くらいしましたよ……。とあるものを探して」

「流石ラパン。ストイックだね。それで、何を買ったの?」

「それは、宿についてからのお楽しみですっ! さ、いきましょ! へぁっ!」


 脚力に定評のあるラパンでも流石にへばってしまったのか、数ミリの段差で躓いてしまった様だ。

 仕方ないなと手を貸すと、ミミリーはひとこと礼を言って、リィナに体重の一部を預けずりずりと歩き始めた。


「……リィナさんと別れたあと、すごく不安だったんです。一人じゃ怖かったし、リィナさんもその格好だから怪しまれて危ない目に遭うかもって」

「あたしは大丈夫だよ」

「自分ではそう思っても、私はとても不安なのです。だから、その不安を解消するために、お買い物をしてきたんです」

「何を買ってきたの……?」

「宿についてからです。あっ、ここですここ」


 三階建てほどで温かな雰囲気を持った煉瓦造の宿だ。二人の前に数人の冒険者がそこに入っていった。


 木製の扉を開けると、きれいに整頓された質素な部屋が現れた。ヒノキの香りがほのかに漂う。内壁は煉瓦でなく木でできているらしい。

 ここラップランドの土地で、何十年、何百年と旅人を支えてきたこの床は、レガシーを感じられるほどの軋みをたてている。

 ブーツを脱いで、床に足を当てると、タイツ越しでもかなりの冷たさが伝わってきた。さすが北方の街。暖炉に火がないと、屋内は凍えるような寒さだ。

 脚を引っ込め、バッグから取り出した革靴に代える。これなら、足も軽い。


「暖炉に火をつけます。えっと、これで……」


 ミミリーは炎属性の魔道具を取り出して、暖炉に翳す。

 点火すれば、ぼわっと弾けるようにして炎が広がる。それに驚いて、ミミリーは二、三歩退いた。


「火力ミスったんじゃない」

「これ、調整できないんですよ……」

「魔道具は買うときに、魔晶の魔力量を確かめた方がいい。コップみたいなものだよ。並々に入れられたコップを持ち運ぶには、卓越したバランス力が必要。そうでしょ?」

「はぃ……。ごもっともです……」


 目頭に一掬の泪を浮かべたミミリーは、ふと壁に立てかけられたリィナの弓を見やった。

 茶色の布をかぶっているものの、その巨軀と、暗赤色の龍魔晶がたしかにあった。ギガントレックスとの激闘でも目に入った、一際大きなそれ。


「……それほど大きな魔晶を操れるリィナさんは、私が想像できないくらいのバランス力をお持ちなんですね」

「別に。ほかの属性に対する力は、あんたと同じ。それ以下かも」

「――リィナさんは、その力をどこで、どうやって手に入れたのですか」


 リィナは、表情一つ変えなかった。


「サナトスだから。それだけでは済まされないでしょう」


 窓際まで歩いて、街頭の光る古通りを眺めた。

 今すぐ口を噤め。それだけを考えていた。魔王軍という正体が彼女に知られたら、生かしてはおけなくなる。

 この部屋を惨殺の現場にしたくはない。

 

「……聞きたいだけなら、そこまでにした方がいい」

「雨降って地固まる。きっと、おじいさまのおかげですね」

「そうかもね」


 この、曇天よりも重い雰囲気を振り払うようにして、ミミリーは文字通り転がって自前のバッグのボタンを引き剥がした。


「渡したいものがあるんです! さっき買ってきたものっ!」

「あぁ、気になってたんだよ。不安を解消するための道具……?」

「そうです! さっ、鏡に向いて!」


 華奢な手に両肩を掴まれて、半ば強引に姿見を向いた。


「ちょっと待って、服か何か?」

「そんな焦らせないでくださいよぉ。今からつけますから」


 どこか落ち着かずに腰をくねらせ、首をよじる。

 外套がないぶん、自分の顔がはっきりと見えた。久しぶりに見た顔は、なぜか自分じゃないみたいだ。だって今の気分には、全く似合わないから。


 ――あたし、こんなに目つき悪かったんだ。


 ミミリーは背伸びして、リィナの角に何かを結んだ。リボンとは違う。

 躑躅(アザレア)の花飾りだった。

 花弁はリィナの瞳のように赤く、絵画のように美しい。


「大丈夫、造花ですよ。……触れてみてください」


 つま先立ちをして無理に目線を合わせる、背中のミミリーを見つめた。彼女はふふんと鼻を鳴らして、それに触れるよう促す。

 細く白い腕が動いたのは、他でもないミミリーへの信用からだった。

 花弁に触れる。崩れないように、優しく、丁寧に。

 花飾りが白く光った。その瞬間だけ、宝石に見えた。

 その光はみるみるうちに広がっていった。リィナの黒い角を、白く塗っていくように。


「なに、これ……。ちょっと、まってよっ!」


 その光が消えたと思えば、そこにあるのはミミリーの顔。ヒノキの壁。暖炉の炎。


 サナトスの象徴――角が消えた。

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