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アザレアの射手  作者: 佐倉花梨
第一幕 冒険者篇
15/17

1-15 ドーントレス

「あんた、一体どんな神経してたらボクにそんな冗談言えるわけ……!? エルの居場所を知らないなら早く失せて!」

「冗談なんて言ってない。事実は事実」

「はぁ? ミミリー、だっけ? あんたはまともそうだからあんたに聞く。冗談だって言って」

「……いえ、その……」


 シアの顔色がだんだんと青さを増し、表情が歪んでいくのが目に見えてわかる。


「ねぇ、嘘だよね。嘘だよね!?」


 ミミリーの華奢な肩を揺らすシアは、もう冷静さを失ってしまっていた。


「本当です。エルさんを、守れなかった」

「ごめん。申し訳ないと思ってる」

「嘘、でしょ……」


 リィナはエルの腰にあった黒い十字架のネックレスを手渡した。エルが首に巻いていたもので、彼女の死体の側に落ちていた。彼女の名前が刻印されており、それを何度も何度も、シアは確認した。

 彼女はその場で崩れ落ち、石段に手をついて涙を流した。

 ミミリーはその背中を抱きしめ、必死に介抱する。シアは反射的にその抱擁を拒絶し、「やめてよっ!」と叫びながら地面に号哭をぶつけた。


「本当にごめんなさい……。なんて言ったらいいか」

「エルは……ボクの命の恩人だった。両親は仕事のためにアスランに来たんだけど、奴隷になって。ボクは、一人残されて……。路頭に迷ったところを拾ってくれたのが、彼女だった」

「優しい方だったのですね」

「あんたらのせいで、その優しいエルが死んだ! 見殺しにした()()()()()なあんたらは生きて帰ってきた! エルを返してよ……!」


 込み上げてきた彼女の溢れんばかりの怒りは、慟哭と化して古通りの狭きを駆け抜けていった。


「エルはボクが故郷へ帰れるようにって、その身を削ってお給金をくれた……! 自分も貧乏なのに、ボクの夢のためならって、得意な笑顔でそう言ってくれた。もう少しで恩返しができたのに!」

 

 崩れる彼女の傍らに腰を落とすミミリーもまた、同じように顔を暗くしていた。


「あんたらはボクの夢だけじゃなく、エルの良心もぶち壊した!」

「……ごめんなさい」

「帰って。謝罪の言葉はもう、聞き飽きたよ」


 突き放すその言葉をリィナは真正面に受け取って、その場から離れようとした。名前も告げなかったし、顔も見せなかったのでもう二度と話すことはないだろう。


「……シアさんの夢を教えてください」

「……夢? どうして」

「私のせいで、夢を台無しにして欲しくないのです」

「……ボクの夢は、劇団の女優。エルが一文無しのボクに、演技の仕事を紹介してくれた。今は小さな舞台で演じるだけだけど、いつかは大きな舞台で演技をしたかった。誰もが憧れる、お姫様になりたかった。……でも無理だ。弟たちを置いて行けないし、お金もない。ボクの演技を認めてくれた唯一の人が、死んだ今じゃ。もうすでに、台無しだよ」


 吐き捨てるような一言であった。こんな調子だったら、誰だって宥めるのを諦めて置いて帰るだろうと、呆れながらリィナは二人の背を見ていた。

 それでもミミリーは心折れないらしく、腰から巾着袋を取り出した。


「これ、よかったら使ってください」

「え……?」


 金属音の鳴る袋であった。


「私が今までの冒険で手に入れたお金の殆どです。残りはギルドに預けていますが、手持ちはこれで全てです。立派な演技のお仕事を続けるには、まだ足りないかもしれません。それでも、故郷に帰って、生活を立て直すのには、十分なはずです。あなたはきっと、素敵な女優さんになれます。だって、あのエルさんが認めた人なんですから」

「金で解決しようったって――」

「もちろん、許してもらおうなんて思いません。……でも、私のできることであなたの傷が癒えるなら、何でもしたい。受け取って、好きに使ってください」

「……こんなの、受け取れない」

「故郷へ帰って、天国のエルさんに素敵な演技を見せてあげてください」

「……っ!」


 シアは目を見開いて、立ち上がったミミリーを見上げた。

 そして震える手で、その巾着袋を受け取った。


「おーい! 姉ちゃん! 飯まだ〜?」

「……ま、待って! 今行く!」


 溢れ出る涙を振り払って、シアは力いっぱい叫んでみせた。教会から覗く子供達の姿は、母親を前にした時のよう。


「……ボクはもう行くよ。お金、ありがと。いつか恩返しするから」

「いいんです。私のことは忘れて、ご自分のお金として自由に使ってください」

「そうするよ。エルのことは許さないけど、あんたはいいやつだ。あんたは……」


 外套を被ったリィナの顔を、薄気味悪そうに見て、一層低い声で溢した。


「クソ野郎だ」



「どうしてあんな大金を渡したの?」


 緑髪のエルフが立ち去った後、リィナが一番に口を開いた。ミミリーは真っ暗な顔をして閉まった目すら開こうともしなかったから。


「これは、私なりのケジメです。私が至らなかったせいでエルさんはああなってしまった。エルさんを助けられなかったのは私のせいです。彼女が生きていれば助けられた人が、私のせいで野垂れ死ぬのを見たくはない」

「ミミリーがそうしたいのなら、あたしは止めない」

「ありがとうございます」

「これで、二人して無一文だ」

「今日泊まる宿代はあるはずです。とりあえず、歩きましょうか」


 脈絡のない提案だと思ったが、何となくそれに従ってみた。

 するとミミリーが、深刻そうな声色でこう言った。


「別れの連鎖を断ち切るには、一体どうすればいいのでしょうか」

「別れの連鎖?」

「そうです。シアさんなら、ご両親やエルさん。ご両親と別れていなければ、そもそもエルさんと出会うことはなかった。私もそうです。母親との別れがなければ、フローラさんにも出会わなかった。人と人との関係が、永遠だったらいいのに……」

「……あたしも、何度か別れを経験した。その度にこの体からある感情が溢れ出してきた。怒りだ」

「怒り……」

「あたしの口調も問題だっただろうけど、シアもさっき、怒りを感じてた。そんな気がする。大河はいくつもの派川がある。怒りの濁流も、いつかは矛先を次々と変えて、大樹の枝みたいに分かれていく。そしたら、あんたもシアもきっと、あたしみたいな恐れ知らずの戦士になると思う。怒りは強さの原動力だから」

「恐れ知らずの、戦士……」

「ああ、ちょうど良かった。パーティーネームは、『ドーントレス』にしよう。あたしとあんたが、この怒りを糧にして、恐れ知らずの戦士になれるように」

「なれますかね……」

「あんたはもう片足を突っ込んでる。復讐なんて、大馬鹿のすること」

「それ、自分に言ってます? うふっ」

「そうかもね、ははっ」


 ひとしきり笑って、顔を赤くした可愛らしいミミリーは、微笑みながら語った。

 

「……仲間って、やっぱりいいなぁ」

「何、急に」

「だってこれから、昼夜をともにするんですよ。同じ部屋に泊まって、同じご飯を食べて、同じクエストを受注して。フローラさんと過ごしたあの時間が、リィナさんとも過ごせるなんて。夢みたい」

「なんだか子供っぽいよ、ミミリー」

「いいじゃないですかっ! 子供だって」

「旅のお守役はあたしかな」

「そ、それはっ……! ぜ、前言撤回です! 子供じゃないですっ! 私のほうが知識あるんですからねっ!」


 一生懸命に言い返す子供みたいなミミリーを見て、くすくすと笑う。気がつけば街の中心にある噴水の前だった。

 陽は傾き夕暮れが赤く地を照りつけている。まるで空一面に血が塗られたようだ。


「もう……リィナさんのいじわる……」

「はいはい。……とりあえず、あたしは野暮用あるからそれを片付けに行くけど、あんたは? なにかやることある?」

「あっ、はい。お買い物をしたくて……。宿も取りに行きます」

「それじゃ、一旦ここで解散しよう。宿は……ギルドの近くにとってほしいから、ギルドの前集合で」

「はいっ! 日の入りまでには戻ります!」

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