1-15 ドーントレス
「あんた、一体どんな神経してたらボクにそんな冗談言えるわけ……!? エルの居場所を知らないなら早く失せて!」
「冗談なんて言ってない。事実は事実」
「はぁ? ミミリー、だっけ? あんたはまともそうだからあんたに聞く。冗談だって言って」
「……いえ、その……」
シアの顔色がだんだんと青さを増し、表情が歪んでいくのが目に見えてわかる。
「ねぇ、嘘だよね。嘘だよね!?」
ミミリーの華奢な肩を揺らすシアは、もう冷静さを失ってしまっていた。
「本当です。エルさんを、守れなかった」
「ごめん。申し訳ないと思ってる」
「嘘、でしょ……」
リィナはエルの腰にあった黒い十字架のネックレスを手渡した。エルが首に巻いていたもので、彼女の死体の側に落ちていた。彼女の名前が刻印されており、それを何度も何度も、シアは確認した。
彼女はその場で崩れ落ち、石段に手をついて涙を流した。
ミミリーはその背中を抱きしめ、必死に介抱する。シアは反射的にその抱擁を拒絶し、「やめてよっ!」と叫びながら地面に号哭をぶつけた。
「本当にごめんなさい……。なんて言ったらいいか」
「エルは……ボクの命の恩人だった。両親は仕事のためにアスランに来たんだけど、奴隷になって。ボクは、一人残されて……。路頭に迷ったところを拾ってくれたのが、彼女だった」
「優しい方だったのですね」
「あんたらのせいで、その優しいエルが死んだ! 見殺しにしたさいっていなあんたらは生きて帰ってきた! エルを返してよ……!」
込み上げてきた彼女の溢れんばかりの怒りは、慟哭と化して古通りの狭きを駆け抜けていった。
「エルはボクが故郷へ帰れるようにって、その身を削ってお給金をくれた……! 自分も貧乏なのに、ボクの夢のためならって、得意な笑顔でそう言ってくれた。もう少しで恩返しができたのに!」
崩れる彼女の傍らに腰を落とすミミリーもまた、同じように顔を暗くしていた。
「あんたらはボクの夢だけじゃなく、エルの良心もぶち壊した!」
「……ごめんなさい」
「帰って。謝罪の言葉はもう、聞き飽きたよ」
突き放すその言葉をリィナは真正面に受け取って、その場から離れようとした。名前も告げなかったし、顔も見せなかったのでもう二度と話すことはないだろう。
「……シアさんの夢を教えてください」
「……夢? どうして」
「私のせいで、夢を台無しにして欲しくないのです」
「……ボクの夢は、劇団の女優。エルが一文無しのボクに、演技の仕事を紹介してくれた。今は小さな舞台で演じるだけだけど、いつかは大きな舞台で演技をしたかった。誰もが憧れる、お姫様になりたかった。……でも無理だ。弟たちを置いて行けないし、お金もない。ボクの演技を認めてくれた唯一の人が、死んだ今じゃ。もうすでに、台無しだよ」
吐き捨てるような一言であった。こんな調子だったら、誰だって宥めるのを諦めて置いて帰るだろうと、呆れながらリィナは二人の背を見ていた。
それでもミミリーは心折れないらしく、腰から巾着袋を取り出した。
「これ、よかったら使ってください」
「え……?」
金属音の鳴る袋であった。
「私が今までの冒険で手に入れたお金の殆どです。残りはギルドに預けていますが、手持ちはこれで全てです。立派な演技のお仕事を続けるには、まだ足りないかもしれません。それでも、故郷に帰って、生活を立て直すのには、十分なはずです。あなたはきっと、素敵な女優さんになれます。だって、あのエルさんが認めた人なんですから」
「金で解決しようったって――」
「もちろん、許してもらおうなんて思いません。……でも、私のできることであなたの傷が癒えるなら、何でもしたい。受け取って、好きに使ってください」
「……こんなの、受け取れない」
「故郷へ帰って、天国のエルさんに素敵な演技を見せてあげてください」
「……っ!」
シアは目を見開いて、立ち上がったミミリーを見上げた。
そして震える手で、その巾着袋を受け取った。
「おーい! 姉ちゃん! 飯まだ〜?」
「……ま、待って! 今行く!」
溢れ出る涙を振り払って、シアは力いっぱい叫んでみせた。教会から覗く子供達の姿は、母親を前にした時のよう。
「……ボクはもう行くよ。お金、ありがと。いつか恩返しするから」
「いいんです。私のことは忘れて、ご自分のお金として自由に使ってください」
「そうするよ。エルのことは許さないけど、あんたはいいやつだ。あんたは……」
外套を被ったリィナの顔を、薄気味悪そうに見て、一層低い声で溢した。
「クソ野郎だ」
「どうしてあんな大金を渡したの?」
緑髪のエルフが立ち去った後、リィナが一番に口を開いた。ミミリーは真っ暗な顔をして閉まった目すら開こうともしなかったから。
「これは、私なりのケジメです。私が至らなかったせいでエルさんはああなってしまった。エルさんを助けられなかったのは私のせいです。彼女が生きていれば助けられた人が、私のせいで野垂れ死ぬのを見たくはない」
「ミミリーがそうしたいのなら、あたしは止めない」
「ありがとうございます」
「これで、二人して無一文だ」
「今日泊まる宿代はあるはずです。とりあえず、歩きましょうか」
脈絡のない提案だと思ったが、何となくそれに従ってみた。
するとミミリーが、深刻そうな声色でこう言った。
「別れの連鎖を断ち切るには、一体どうすればいいのでしょうか」
「別れの連鎖?」
「そうです。シアさんなら、ご両親やエルさん。ご両親と別れていなければ、そもそもエルさんと出会うことはなかった。私もそうです。母親との別れがなければ、フローラさんにも出会わなかった。人と人との関係が、永遠だったらいいのに……」
「……あたしも、何度か別れを経験した。その度にこの体からある感情が溢れ出してきた。怒りだ」
「怒り……」
「あたしの口調も問題だっただろうけど、シアもさっき、怒りを感じてた。そんな気がする。大河はいくつもの派川がある。怒りの濁流も、いつかは矛先を次々と変えて、大樹の枝みたいに分かれていく。そしたら、あんたもシアもきっと、あたしみたいな恐れ知らずの戦士になると思う。怒りは強さの原動力だから」
「恐れ知らずの、戦士……」
「ああ、ちょうど良かった。パーティーネームは、『ドーントレス』にしよう。あたしとあんたが、この怒りを糧にして、恐れ知らずの戦士になれるように」
「なれますかね……」
「あんたはもう片足を突っ込んでる。復讐なんて、大馬鹿のすること」
「それ、自分に言ってます? うふっ」
「そうかもね、ははっ」
ひとしきり笑って、顔を赤くした可愛らしいミミリーは、微笑みながら語った。
「……仲間って、やっぱりいいなぁ」
「何、急に」
「だってこれから、昼夜をともにするんですよ。同じ部屋に泊まって、同じご飯を食べて、同じクエストを受注して。フローラさんと過ごしたあの時間が、リィナさんとも過ごせるなんて。夢みたい」
「なんだか子供っぽいよ、ミミリー」
「いいじゃないですかっ! 子供だって」
「旅のお守役はあたしかな」
「そ、それはっ……! ぜ、前言撤回です! 子供じゃないですっ! 私のほうが知識あるんですからねっ!」
一生懸命に言い返す子供みたいなミミリーを見て、くすくすと笑う。気がつけば街の中心にある噴水の前だった。
陽は傾き夕暮れが赤く地を照りつけている。まるで空一面に血が塗られたようだ。
「もう……リィナさんのいじわる……」
「はいはい。……とりあえず、あたしは野暮用あるからそれを片付けに行くけど、あんたは? なにかやることある?」
「あっ、はい。お買い物をしたくて……。宿も取りに行きます」
「それじゃ、一旦ここで解散しよう。宿は……ギルドの近くにとってほしいから、ギルドの前集合で」
「はいっ! 日の入りまでには戻ります!」




