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あなたに甘い劇薬を  作者: ノマズ
2,それぞれの揺り籠
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そっと貴方の戸口の下に(1)

 翌日、正孝は久しぶりに、気の重い登校になった。


 本当は、学校に行ける気分では無かったが、家にいて、母の心配を誘うのはもっと嫌だった。


とりあえず家を出ようと、正孝はいつもより少し早く外に出た。


 正孝は電車に乗りながら、このまま所沢も越えて稲荷山公園にでも行ってしまおうかなと思った。正孝は、所沢も稲荷山公園も訪れたことは無かったが、公園と名がつくからには、きっと大きな公園があるに違いないと思った。


 そこで今日一日、池などがあればその池を眺めながら、ぼーっとしていたいなと思った。


 しかし結局正孝は、いつもの東久留米駅で降りた。


 ずる休みをする度胸もない小心者なんだ、自分はと、駅の階段を降りながら、正孝は二重に落ち込んだ。


 自分が休んだって、誰も気にすることは無いだろうけれど、昨日の今日だから、佐藤さんは気にするかもしれない。気にして、チャットメッセージなんか、入れてくれるのかもしれない。


 でもそれは、絶対に嫌だと正孝は思った。


 気を使われたままのやりとりを、佐藤さんとはもうしたくない。そんなのは辛すぎる。それだったら、まだ何も言葉を交わさず、接点の無い方が良い。


 ――移動教室のあの佐藤さんの全てが、嘘だと思いたくないんだ。


 正孝はそんな痛みを抱えながらも、いつもと同じように登校し、二年七組の教室に入った。


 教室にはまだ、愛美は来ていなかった。


 その代わりに、岳斗と蓮子が、朝から騒いでいた。


「――いやぁ、俺モテるからさぁ」


「ホントにモテる奴はそんなこと言わないから」


 デレた顔の岳斗と、呆れている蓮子。その近くには静がいて、やはり少し呆れたように笑っている。岳斗は正孝が教室に入ってきたのを見るや、「おう」と手を上げて、それからすぐに、今度は正孝に報告した。


「聞いてくれよ幸谷。俺、後夜祭のダンス誘われちゃった」


「え、そうなの?」


「後輩の女の子」


 隠すつもりのない大きな声。


 岳斗は、からから笑っている。正孝は荷物を自分の机に置いた。


「こいつ馬鹿だよねぇ、真に受けちゃってさ」


 蓮子の言葉に、教室にいた数名の女子生徒が笑った。


「なんだよいいじゃねぇかよ。お前は後夜祭、決まったのかよ、ペア」


「そんな酔狂な男いねぇわよ」


「自分で言うなよ、反応に困るだろ」


 岳斗は、清々しい自虐的な突っ込みをする蓮子に言った。


「じゃあお前、俺が踊ってやるよ」


「は?」


「いないんだろ? いいよ、魔人仲間のよしみで。長谷部は? いるの?」


 突然岳斗にそう訊かれ、静は少し恥ずかしそうにしながら応えた。


「ううん、いない」


「じゃあ俺と踊ろうぜ」


 岳斗が言うと、蓮子が突っ込んだ。


「お前は節操なしか」


「いやいや、そんなフォークダンスなんて、ずっと一人となんて踊らないだろ」


「そりゃそうだけど、なんかムカつくな」


 蓮子が腕を組む。


「幸谷、こっち来いよ」


 と、岳斗は正孝を呼んだ。


 呼ばれた正孝は、岳斗のもとに行き、近くの椅子に座った。


「――これで三人か。あと二人くらいほしいな」


「おい」


 調子に乗る岳斗に、目の据わった蓮子が短く突っ込む。


「ダンスって、そんなにいろんな人と踊るものなの?」


 正孝は、純粋な疑問から岳斗に訊ねた。


「お前、去年出てないの?」


「うん」


「とりあえず決まってなくても、近くにいる奴誘えば踊れるよ。てか、三十分くらいダンスの時間あるから、ずっと踊ってるわけじゃないし、ペアも、普通とっかえひっかえする」


「へぇ」


 と、正孝は頷いた後、少し考えてまた少し落ち込んだ。


 席がいくつかあるにも関わらず断られたということは、自分は男として、佐藤さんの中では落第点なのだろう。フォークダンスを一緒に踊るのも嫌がられれるのだから、相当の赤点だ。


 また明日から、眼鏡、かけてこようかなと正孝は思った。


「お前もまだ決まってないの?」


 岳斗が、正孝の恐れていた質問を投げかけた。


 正孝は、申し訳なさそうに頷き、それから言った。


「後夜祭は、出ないと思う」


「なんでだよ、参加しろよ」


「いやぁ……」


「結構誘えるぜ? 先輩とか、案外踊ってくれるから。俺去年、かなり誘ったけど、断られなかったもん」


「それはそれで、すごいね……」


「大丈夫だって。お前別に、ちょっと気を遣えば見た目悪くねぇんだし。なぁ、長谷部、どう思う?」

「えぇ、私? ええと、うん、幸谷君、髪伸ばしてた時はアレだったけど、今は、結構いいと思うよ。またちょっと伸びて来たから、切ってみたらどうかな?」


 岳斗の指名を受けて、静は戸惑いながらも、正孝にアドバイスまで与えた。


 正孝は、静のその言葉に、思いのほか救われた自分を自覚した。男として自分は、どうしょうもないと思っていたところに、そんなことはないよと、そう言って貰えたような気がした。


 お世辞ではなく、本当にそうかどうか、正孝はもう少し静に突っ込んだ質問をしたかった。


 髪を切るにしても、どんな髪型が良いだろうか。


 他に何か、外見的に気を付けることはあるだろうか、等。


 しかしすぐに、自分にはそんな事は聞けないと、正孝は思った。ところが正孝の考えをくみ取ったかのように、偶然蓮子が、静の正孝評に同意しながら意見を述べた。


「私もそれが良いと思う。やっぱ、清潔感があった方が女子受けはいいよ。あと、幸谷君、ワンポイントあったほうが良いかも。体育祭本番中はダメだけど、ネックレスとか」


「あぁ、確かに!」


 静が激しく同意する。


「ね! 幸谷君みたいなさ、一見なよっとした優しそうな男子がそういうの着けてたら、結構ドキっとするでしょ、世の女子は」


 蓮子の言葉に、うんうんと、静はまた頷く。


「俺は?」


 岳斗が、親指で自分を指しながら、蓮子と静に訊いた。


 二人は顔を見合わせてぷくくと笑い、蓮子が答えた。


「私たちの評価なんていらないんじゃない、モテ男の岳斗さんは」


「はぁ、なんだよそれ」


 岳斗は、自分の先ほどまでの発言を少し後悔するかのように、両手を頭の後ろに組んで天井を仰いだ。その様子を見て、蓮子と静はくすくす笑った。


「でも、去年出てないならさ、今年は出てみたら、後夜祭。折角この高校通ってるんだし。踊りの相手はさ、岳斗の言う通り――あ、私でもいいよ? 幸谷君さえよければだけど」


 蓮子が、正孝に言った。


「え、本当に?」


 正孝は耳を疑った。


 蓮子は確かに、柔道部らしい体躯の持ち主で、女性的な魅力は実際の所、正孝もほとんど感じていなかった。しかしそれでも、女子は女子である。一緒に踊っても良い、と言ってもらえたことが、正孝には素直に嬉しかった。そしてまた、女性的な魅力が云々とは別に、正孝はすでに、桜庭蓮子という人物が、友達という意味で好きになっていた。


「あ、私もいいよ」


 と、静も蓮子の後に続く。


「いいの?」


 と、正孝は、信じられないという風に呟いた。


 静は、蓮子と比べればかなり女性らしい。そんな静からもOKが出ると、正孝は、自分もまだ男として、少しはやっていけるのではないかという気分になってくる。


「なんだよ、幸谷も二人ゲットかよ」


 と、岳斗が、明るい声で茶化す。


 正孝はそんな岳斗の明るさに、救われたような気がした。


 その時、正孝は、強烈な視線を感じて、ぱっと、振り返った。


 ――しかし、誰も自分のことなど見ていない。


 視線は気のせいかと思いつつ、正孝は、いつの間にか愛美が教室にいて、席に座っているのに気づいた。明日香と言葉を交わしている。


 正孝は、愛美と目を合わせたくなかったので、すぐに首を元に戻した。




 どうしてそんな話になってるのっ……――と、愛美は一時間目の授業中、ぎりぎり、むううっと奥歯を嚙み、頬を膨らませていた。愛美が教室に入ってきたのは、蓮子が正孝の容姿を褒めている時だった。


 明日香と話をしながらも、愛美の耳は、ずっと正孝たちの会話を捉えていた。


 髪やネックレスのアドバイス。


 それに、ダンスの相手まで。


 愛美のペンを握る手が、わなわなと震える。それは、蓮子と静に対する、明確な嫉妬心からだった。自分が見つけて、大切にとっておいた宝物を、突然横取りされたような気分なのだった。


 幸谷君が他の女子と踊る可能性を、どうして自分は、全然考えていなかったのだろうかと愛美は今更ながら思った。それに、そのことがこんなに嫌だとは、思っていなかった。


 そんな、怨念のような気持ちを心の中でこねくり回しながら、愛美は四時間目の終わりを待った。昼休み、正孝にもう一度返事をしようと思ったのだ。思えば昨日は、何も返事は返していなかった。

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