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あなたに甘い劇薬を  作者: ノマズ
2,それぞれの揺り籠
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バトニング(2)

 白組マスゲーム団の練習は、月曜、水曜、金曜日の週三回行われる。


 愛美はマスゲームの練習がある日は、七時間目の授業が終わると、まずは図書館の自習室を訪れる。マスゲームの練習は部活動の後なので、少し時間が空く。部活のスタートも、応援団の練習がその前にあるために、通常時より三十分遅れとなる。そのため、部活には入っていない愛美の場合、七時間目が終わってからマスゲームの練習が始まるまでは、おおよそ二時間の時間が空く。


 マスゲームの練習がある日はその二時間、愛美は自習室で勉強をすることに決めていた。成績の方でも愛美は、他人にはあまり負けたくないと思っているので、そのモチベーションから、自習は苦ではなかった。


 その日――水曜日、愛美は自習室で勉強をしたあとは、マスゲームの練習時間が近づくと、近くの更衣室で運動着に着替え、荷物は教室のロッカーにしまって、グランドに向かった。


 人工芝のグランドでは、日ごろサッカー部が活動している。


 サッカー部は、練習の最後はいつもハーフコートかフルピッチの紅白戦をしているので、少し早めにグランドに着いたマスゲーム団の生徒は、試合が終わるまで何となく、その試合を観戦している。愛美は今日も、その一員である。


「凌也君いいよね」


「ね! あ、今こっち見た!?」


 体育館の背にした水飲み場で、愛美はそんな声が流れてくるのを耳に拾った。


 岳斗や拓や、それから先日愛美とカラオケに行った、六組の体育祭実行委員――沢城凌也は女子人気も高い。グランド周りからピッチを見守る女子の中にも彼らのファンがいつも幾人かいる。


「凌也君、ペア誰にするんだろうね!」


「ね! 私立候補しちゃおうかな」


「え、ズルい!」


 愛美は、凌也のファンらしき女子二人組のいる場所から少し離れた。


 それから心の中で、「私も決めなきゃだな」と呟く。


 そこへ、愛美の背後から、ガラガラの低い声があった。


「マナ、お疲れ!」


 愛美が振り向くと、そこには、体育館のシャトルドアから身を乗り出す明日香の姿があった。部活終わりらしく、女子バスケット部の白い練習着に、オレンジビブスを着ている。首にタオルを巻き、頬の汗を拭きながら、明日香は愛美の所までやってきた。


「声どうしたの!?」


「今日の援団で潰しちゃった」


 もともと地声の低い明日香だが、今日はそれに輪をかけた低い声。愛美は、思わず笑ってしまった。


「マナこれからマスゲ?」


「そうそう」


「ペアダンスの相手決まった?」


 明日香もその話か、と愛美は少しうんざりしたため息をついた。さきほどの女子たちや明日香の言う『ペア』というのは、マスゲーム団のペアダンスパートの『ペア』のことである。今はどの組のマスゲ団も、ペア決めの時期なのだ。ペアは男女で組むことになっている。


 そして、マスゲーム団でペアになった男女は、付き合うことが多いというのも、武蔵黒目高校のジンクスの一つである。しかし愛美は、そんなジンクスには全く興味がない。ため息の後で、愛美は明日香に応えた。


「ううん、まだ」


「誰にするの?」


「全然決めてないんだよね」


「え、そうなの? まぁでも、マナの場合誘い待ちか」


「そういうわけじゃないけど――」


「気になる先輩とかいないの?」


「うーん。誘われたら受けるけど、自分からはね」


「まぁそうだよね。でもさ、アイツ、誘われるかもよ」


 と、明日香は顎で、サッカー部が紅白戦をしているピッチを指した。


 明日香の差した『アイツ』が、凌也のことだと愛美はすぐにわかった。金髪で、見つけるのも見つけやすい。ちょうどサイドでボールを受けて、思い切り縦にドリブルを仕掛け――ディフェンスとぶつかりあってもみくちゃに倒れている。


「どうだろうね」


 愛美は、少し笑いながら明日香に応えた。


「あ、そういえばマナ、望が何か気にしてたよ?」


「え?」


「昼ごはん断られるから、何かしたのかなって」


「あぁ」


 愛美は、曖昧な相槌を打った。


 そうしてから愛美は、「しまった」と思った。ここはいつものように、可愛いと評判の高い声で「全然、何も無いよ?」とトボけて、上目遣いなんか見せる所である。


 愛美の反応に、明日香は早速、あれ、と思った。何でもなければ、愛美なら、そう言うはずである。それを、「あぁ」なんて生返事のように濁した。明日香は、愛美と望の間に何かあったとは思っていなかったので、愛美の反応はかなり意外だった。


「え、本当に何かあったの?」


「えぇ? ううん、別に、大したことじゃないよ」


 微かな笑い交じりで、愛美は答えた。


「え、何、どうしたの? ちょっと気になるんだけど」


「気にするほど何かあるわけじゃないよ」


 愛美は、大袈裟だなぁ、という雰囲気の笑顔を作る。


「え、小佐田関係?」


「だから違うって。全然大したことじゃ――あ、そういえば、二人三脚のペア、小佐田君決まったのかな?」


 愛美は、話題を変えながらそんな質問をした。


「まだ決まってないってよ」


「へぇ、そうなんだ」


「望は、明日の放課後まで待って、誘われなかったら自分から誘うって言ってた」


「ふーん」


「あ、そうじゃん、マナ、そっちの方のペアはどうすんの?」


「あぁ、そういえば、そうだよね」


「え、全然考えてなかったの? 誰だっけ、二人三脚。拓と、光輝と――」


「坂田君と大野君」


 愛美は、明日香の発言を引き継いで言った。


「あぁ、そうそう。早くしないと坂田になっちゃうよ」


「でも別に、誰でもいいんだよね」


 愛美は、明日香の失礼な発言を咎めることもなく、そう返した。坂田という男子は、サッカー部に所属してはいるが、岳斗や拓など、いかにも運動部という男子とは全く雰囲気が違う。じめっとした暗さがあるので、女子も積極的に坂田と関わるようなことは無かった。


 しかし愛美は、別に、坂田君でもいいと思っていた。というよりも、本当に誰でも良かったのだ。そんな愛美に、明日香は意外な指摘をした。


「てかさ、マナ」


「うん?」


「光輝って、マナのこと好きなんじゃない?」


「え?」


「私ずっと思ってたんだけど。全然、そんな感じない?」


「えぇ、どうかな」


 と、愛美は少し考えようとした。


 二年に上がり、同じクラスで過ごした一か月少しの間の、光輝の様子を思い出す。しかし愛美は、すぐにその作業を止めにした。思い出したり考えたりする労力を向けるほど、愛美は光輝に興味が無かった。ちょっと思わせぶりをしてからかうにしても、光輝が相手では面白くない。


「わからないよ」


 と、愛美は少し考える振りをした後、応えた。


「あいつもチャラいけど、でもまぁ、悪くないんじゃない?」


「そうだね」


 明日香の言葉に、愛美は半笑いで応じた。




 その日、マスゲームの練習後の全体ミーティングで、ペアダンスの相手を明後日の練習時までに決めておくようにと、マスゲ長(マスコット団のリーダーのこと)から全員にお達しがあった。


「グランドもあと三十分くらいは使えるから、残れる人は、この後ここで決めちゃって下さい」


 マスゲ長は全体にそう言った後、練習はお開きとなった。


 グランドのもう半面では、青団のマスゲームも同じことを言われたようで、解散後もペア決めで賑わっていた。


 愛美は、どうしたものかと、少しの間途方に暮れていた。


 特に一緒に踊りたい男子がいるわけでもない。かといって、できればここで決めてほしいとマスゲ長が言っていたので、それを無下にして、すぐ帰るのも心証が悪い。


 しかし、愛美はそう長い間、一人放っておかれはしなかった。


「マナちゃんペア決まった?」


 そんな風に、少し掠れた声で愛美に話しかけたのは、沢城凌也だった。愛美とは先週の日曜日、懇親会と称してカラオケに行ったばかりである。


 金髪の明るいミディアムヘア。学校ではつけていないが、耳たぶには小さな穴をあけていて、カラオケの時には、そこに銀リングのスタッドピアスをしてきていた。


「え? あ、ううん、まだ」


「俺もまだなんだよね。組まない?」


 さらっと、誘いの言葉。


 緊張している様子が全くない。


 本当に明日香の勘通りになったなと思いながら、愛美はにこりと笑みを浮かべて返事をした。


「えぇ、ホント? いいの?」


「うん。俺もマナちゃんと組みたかったし」


「やった。じゃあよろしくね」


 愛美はそう言いながら、右手の掌を掲げた。


 そうして二人は、パチンと、ハイタッチを交わした。


 その後で、凌也は愛美に訊いた。


「この後は、バイト?」


 愛美は、もともと水曜日にはバイトを入れていなかったが、


「実はそうなんだよね」


 と、さらりと嘘を付いた。


「そっか。今度また飯とか喰い行こうよ」


「うん、そうだね」


「じゃあ、バイト頑張って」


「うん」


 愛美がそう返事をすると、凌也はどこか、友人の所へ行ってしまった。

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